大走駒(4)
ララさんとミルッカさんが揃って出陣した。
飾りだ、と言っていた〈紡〉と〈断〉の駒も連れて行ったので、あたしたちの陣に残っているのは、リーダー一人だけ。
敵チームは、思い切りのよすぎる作戦に目をむいていた。
将棋で言えば、王将だけ残して全員が敵に向かって進軍したのと同じ形だ。戦略もへったくれもない、個々の能力に任せたゴリ押し。〈ウー・グーリュネン〉はとても強いから、急ごしらえのチームでは、正攻法じゃ絶対に勝てないんだろう。
「どういうつもりだ。走駒を冒涜するにもほどがある」
「馬鹿にしてるわけやない。思ったよりあんたらが強いから、定石をすべて外さざるを得んだけや」
さらりと強さを認められた事に、青年団長は軽く驚いたようだ。
「ほんま、計算違いもいいとこやで。ミルッカはダン商会の中でも指折りの光術師やのに、あんたはそのさらに上をいっとる。さすがは、ウー・グーリュネンのエースや。敬意を表するわ。あ、せやけど、いくら強てもミルッカはあげへんで? 大事なうちの従業員やからな。それに、東に戻ったら一応、うちの正式なチームの準レギュラーやねん」
「ああ、なるほど。ミルッカ・アララギ。〈アー・ヴァンター〉の副炎駒か。名前はよく聞いている」
ミルッカさんはダン商会のチームに所属してたんだ。
敵チームの将も、ミルッカさんの事を知っているらしい。有名人だったんだなあ。
「ミルッカ・アララギと俺との正面衝突を避けたのは、時間勝負に持ち込むためか? 俺一人が〈宝〉に向く間にお前らは全員で〈宝〉を狙う。時間勝負、物量で宝をねじとる気だろう?」
「まあ、そうやな。時間勝負やとは思ってへんけど」
「どういう意味だ?」
青年団長と、ララさんが盤の中央付近で並んだマスに立ち止まる。
おそらく、双方が望めば交戦に入る距離。
しかし、交戦は開始されず、ララさんは青年団長に背を向けた。
「そう簡単に落とされへん、ちゅうこっちゃ。姫を守る王子は強いで?」
ララさんの言葉で、青年団長はリーダーに目を向けた。
「あんた一人が遊撃したって事は、一人いれば落とせると思てるやろ。甘いんちゃう? ま、あっちの守りをあと一枚でも減らしたらミルッカがあっと言う間に崩してまうやろうけどな」
「ふざけたことを」
青年団長もララさんに背を向け、こちらに向かってきた。
リーダーはあたしの左隣のマスに移動した。
ここなら、あたしが交戦状態に入ると必然的にリーダーも巻き込まれるらしい。
「よほど自信があるようだな。お前も、あの娘も」
青年団長さんは、どうやら馬鹿にされたと思っているらしい。
一歩、前に出た。
交戦まで、あと1マス。
青年団長の腰に携えられた剣を見て、あたしは身を固くした。
「俺の名前はスオラ・リティッキ。〈ウー・グーリュネン〉の正炎駒、兼、主将を務めている」
青年団長のスオラさんの名乗りに、リーダーは肩をすくめただけで返事をしなかった。
名乗ってあげればいいのに。
あたしが代わりに自分の名前を名乗ろうか、と思ったときだった。
青年団長のスオラさんがもう一歩、前に踏み出し、サイレンが鳴り響く。
「後手〈炎〉、先手〈風〉、そして先手の〈宝〉が交戦状態に入ります」
クーちゃんが告げた瞬間、あたしの目の前からはスオラさんの姿が消えた。
代わりに、目の前に広がったのは真紅だ。
いつもの真っ白いケープでなく、ダン商会のチームに合わせて羽織ったリーダーのケープ。
同時に、凄まじい音と閃光が炸裂した。
「な、なに……?」
訳の分からないまま、ぐいっと腕を引かれる。
その横を、あたしの頭ほどもある炎弾が通り過ぎていった。
一瞬、顔が焼けるような熱さに包まれる。
気がつくと、あたしはリーダーの腕の中に収まっていて、目の前には青年団長のスオラさんの姿があった。
会場全体がどよめいている。
交戦開始と同時に仕掛けたスオラさんの攻撃を、リーダーが簡単に受けきったからだ。西の走駒リーグで最高峰の攻撃駒をとどめる光術師の存在に、皆が目を見張った。
文字通り、守るべき姫のようにあたしをかばったリーダーの姿に、女性たちが何人か歓喜の悲鳴と吐息を漏らしている。
「リーネットはそう簡単に渡さねーですよ」
だからさ、そういう! 勘違いしそうな言い方は! やめて!
観客の女性の嫉妬を一心に浴びながら、あたしは冷や汗をたらした。
そして、今度はリーダーが短く詠唱を始めた。
召還術のようにして、空中に見覚えのある剣が現れる。
あれは――
「〈ライトセイバー〉だ!」
クーちゃんと同じ鈍い鉄色の柄。そこから延びるのは、正統派の騎士と呼ぶには禍々しすぎる、赤黒い刃だった。
今ならわかる。あれは、炎と断の光素を凝集させて形作っているのだ。
あたしを小脇に抱えたまま、剣の切っ先をスオラさんに向ける。
「リーネット、力抜いてろ」
そんな事いわれたって、無理だよ! リーダーにかばわれているとはいえ、剣を持った人があたしを狙っているという状況が本当に怖いのだ。
こんな密着した状態じゃ、心臓破裂しそうだし!
その感情を知ってか知らずか、リーダーはあたしの首筋にふぅっと息を吹きかけた。
「きゃーっ!」
背筋がぞくぞくして、全身の力が抜けた。
図らずもぐったりと、リーダーに体重を預けてしまう。
もうだめだ、この人といると、心臓が持たない……これがクーちゃん相手だったら、ぜんぜん平気なのに……
何もかも諦めて力を抜いたあたしを抱いて、リーダーは軽くステップバックした。
「〈デー・コー〉!」
そして、早口で短い詠唱を行った。
ヘアピンのお守りとよく似た青い障壁が、リーダーとスオラさんの間に数枚、展開される。
「攻撃術と障壁を同時に?!」
「どんな高性能の中央処理なんだ?!」
どうやら、こうやって何枚も障壁をはったり、攻撃と防御を同時に行ったりするのはとっても難しいらしい。
観客からさらにどよめきが広がった。
ついでに言うと、この競技盤の操作をしてるのもリーダーだけどね!
やっぱり、リーダーは規格外だ。
「……名を、教えてくれ。名のある競技者ではないのか?」
スオラさんがぽつり、と呟いた。
「俺はルース・コトカ。子供の頃の遊びで走駒をやったことはあるが、本格的な競技をやったことはねーですよ」
ルース・コトカ。
その名を口の中で繰り返したスオラさんは、精悍な顔でリーダーをきっと睨み付けた。
「競技に関しては素人らしいが、その技術は並外れているな。俺も、敬意を表しよう」
そういうと、スオラさんは手にしていた剣を腰に収めた。
そして、朗々と詠唱した。
「〈友よ、鍛冶のイルマリネン 新しい槍を鍛えておくれ 三又の槍に銅の柄を〉!」
炎の光素が収束していく。
これは、先ほどアイリさんを打ち取った技だ。
炎の渦が彼を取り巻き、再び晴れた時、その手に握られていたのは、炎の槍――さきほど、『ロウヒの槍』と呼ばれていたものだった。
あれって、投げるだけじゃなかったんだ。
2メートル以上はありそうな槍をくるくると回し、スオラさんは真っ直ぐにリーダーを見据えた。
「俺も全力でもって相対することを宣言する」




