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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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大走駒(3)

 何故ですか。

 あたしは、隣に配置されているリーダーに恨めし気な目を向けた。

「怒んなよ、リーネット。こうしてお前が目立てば、よそ者の俺とクォントが目立たねえだろ。たぶん、今後もお前を全面に押し出して、俺たちは従者のように静かにしてるから、せいぜい目立てよ、歌姫さま!」

「もうっ!」

 ぷんぷんと怒りをあらわにしたが、リーダーは全く気にしていない。あたしの頭に、ぽん、と手を置いた。

 こうやってあたしを子ども扱いするところ、クーちゃんの悪いくせを真似しちゃいけないと思います。

 盤面を見ると、どちらのチームもすでに配置についていた。

 青のグーリュネンチームと、赤のダン商会チーム。

 リーダーが他の人とおそろいの赤いケープをあたしに被せて、にっと笑った。

「いいから、お前はそこでじっとしてろ。俺が守っててやるから」

 うわあ、うわあ、何それ! 何それ!

 あっという間に顔が真っ赤になる。

 彼の方は何か特別な事をしたつもりはないようで、突然、赤くなって頭をぶんぶん振りはじめたあたしを変な生き物を見る目で見ている。

 絶対そうだよね、リーダーって勘違いする女の子を量産するタイプだよね! 今のだって、全く気負った様子はなく、さらりと出た言葉。そのセリフが似合う人って、そうはいないよ!

 ステージの上でクーちゃんは大きく右手を振り上げた。

「試合、始め!」



 開始の合図と共に、ララさんは懐から〈スカウター〉を取り出した。

 そして、敵方のメンバーに向ける。

「数値を読み上げるで! 〈炎〉1303 – 1067、〈水〉824 – 820、〈紡〉303 – 233、〈断〉233 – 354、〈風〉542 – 522、〈雷〉722 – 567! 以上や! うっわ、炎の駒がダントツで強いなあ。能力値が平均の3倍以上や!」

「ウー・グーリュネンは、〈炎〉〈水〉の双璧の高い攻撃力と、〈紡〉と〈断〉の機動性で宝を奪う、正統派です。今回も同じ手で来るかと思います」

 ミルッカさんが補足する。

 ララさんはにっと笑って指示を出した。

「ほな、先手必勝しかないな。単体の攻撃力だけならミルッカの方が上や。行っくで、ミルッカ、アイリ。守りを固められる前に突破や! こっちは防御に手数を割かへん。一気に突入して、それぞれで〈紡〉と〈断〉を潰してまえ。〈水〉はこっちの捨て駒で足止めしとくさかい、その間に最大攻撃力の〈炎〉を2人で撃破してするんや」

 ララさんの指示で、前衛の二人が、あっという間に敵陣への距離を詰めていった。

 その間、青年団長は守りを固めるべく駒を何手か動かし、向こうの宝である花屋のイレナさんを囲みこむ。

 が、ミルッカさんはあっという間に宝を守る駒に肉薄した。

 その瞬間、広場に警告音が鳴り響く。サイレンのような音と共に、クーちゃんが告げた。

「先手の〈炎〉と後手の〈紡〉が対面。交戦状態に入ります」

 クーちゃんが宣言すると、盤面が淡く光った。ミルッカさんと、相手の駒がいるマス目が光り、一つのフィールドとなる。

 ミルッカさんは腰に差していた剣を抜き、相手の駒に襲い掛かった。

 相手も同様に剣を振りかざし、剣同士がぶつかり合う金属音が響き渡る。

 スポーツみたいな競技じゃなかったの?!

 試合だと分かっていても、いまにも触れそうな刃にあたしは心臓が止まりそうだ。

 守りに手数を割いた敵の攻撃駒は、盤の中央付近を進行中だ。加勢しに戻ろうとしても、少し時間がかかる。

 ララさんの指示した通りの試合展開になった。

 思わず身を縮めると、隣のリーダーの手が伸びてきて、ぺん、と後頭部を叩かれた。

「見てねーで、お前はとっとと守りを発動しろ」

「はあい」

 リーダーから受け取ったヘアピンの守りを発動する。柔らかい光があたしを包み込み、シャボン玉のような壁が展開された。

 よく意識すると、自分の中で光術のプロセスが動いているのを感じることが出来た。

「先手〈水〉と後手〈断〉が対面。交戦状態に入ります」

 その間に、アイリさんが敵駒と共に、光の渦へ入っていっていく。

「すごいね、この広場の盤面。対戦状態に入った駒を認識して勝手に光るの?」

「勝手に発動する光術があってたまるか。いや、存在しても違法だ。その話はしただろ」

「じゃあ、なんで勝手に盤が光るの?」

「俺が操作してるからに決まってんじゃねーですか」

「え、リーダーが?」

「本来は審判の仕事なんだが、クォントには無理だからな。盤面操作は俺がやってる。思考の持ち時間計測やら、交戦状態の表示やら音やら、いろいろとな」

 じゃあ、審判の仕事をしながら試合にも出てるってこと?

 ほんとにさあ、こういうのって出来レースって言うんじゃ……あ、でも、別に八百長なんかをしてるわけじゃないからいいのかなあ。

 うーん。

 と、思っていたら、前方で派手な炎が上がった。

 ミルッカさんの光術だ。

 ずいぶん派手に戦っているらしい。

 と思ったら、光っていた盤面がすっと元に戻った。

「先手〈炎〉が後手〈紡〉を撃破。交戦状態を解除します」

 開始3分で、〈ウー・グーリュネン〉の駒の一つがあっという間に落とされた。

 観客からは悲鳴のような歓声が沸き上がる。簡単に勝てるだろう、と踏んでいたダン商会が、思った以上に強いのではないかという疑念と共に。

「ミルッカさん、すごい……!」

「武力で押し込む、っつーのはあながちウソじゃねーんだな」

 本来、駒の動きや交戦の組み合わせで、頭脳戦になるはずのゲームが、武力によるただの喧嘩になってしまっている。

 最も、これがララさんの持ち込んだ作戦なのだろうが。

「だが、こんなでうまくいくか? 相手は西でも上位のチームなんだろ?」

 その時だった。

 警告音が鳴り響く。

「先手〈水〉と後手〈断〉の交戦に、後手〈炎〉が追加。交戦マスが拡大します」

 クーちゃんの声と共に、交戦状態のマス目が拡大した。

 3メートル四方のマスが3つ、光に包まれる。

 交戦って、一対一だけじゃないの?!

「あー……ありゃ、まずいな。敵方の〈炎〉は向こうのエースだ。全土でも屈指の攻撃駒だ」

 敵チーム二人に囲まれたアイリさんは、青い光の防御を展開した。

 半球状の盾が全方位からの攻撃を防ぐ。

 しかし、敵チームのエースだという青年団長は、アイリさんから距離を置く。

「アイリ! 離脱や! ミルッカとチェンジ!」

「そんな時間は与えん」

 青年団長は、短い詠唱で光術を発動した。

 両手に集まる〈炎〉の光素は、みるみる収束して槍の形をとった。

「『ロウヒの槍』だ!」

「こんな大技、もう使うのか!」

 会場全体が沸き上がる。

 青年団長の必殺技らしい。

「アイリ! 避け……」

 ララさんの言葉は間に合わず、アイリさんの青い盾が槍に貫かれる。

 そのまま、アイリさんの体をかすめ、地面に突き刺さった。

「後手〈炎〉が先手〈水〉を撃破。交戦状態を解除します」


 アイリさんがやられてしまった。

「思ったより敵の戻りが早い……立て直すでミルッカ、いったん戻ってきぃ!」

 ララさんの声でミルッカさんが即、戻ってくる。

 その間に、敵は陣形を整えてしまった。

「くっそー、〈雷冠(らいかん)囲い〉の陣形が完成してもた。あれを崩すんは大変やで」

「仕方ねーだろ。突貫しすぎだ。向こうの〈炎〉の方が一枚上手だったな。突貫してくることを読んで〈紡〉を囮に〈水〉を落とした。こちらの駒二枚が飾りである以上、戦力ダウンだっつーのは否めねーですよ」

「でも、どないしたらええねん。ミルッカは中央処理(プロセッサ)主記憶(メモリ)も千オーバーやけど、さすがに一人ではあの〈炎〉を落とされへんし、ましてや〈宝〉を取るなんて」

 弱気になりそうなララさんに、リーダーは当たり前のように告げた。

「お前も行けばいいじゃねーですか。守りは俺一人で十分だ。こっちに〈炎〉をひきつければ、残りはお前ら二人でなんとかなるだろ」

「せやかて、ルース兄さん……」

 言いながらララさんは、リーダーに〈スカウター〉を向けた。

「ルース兄さんの能力値は、312 – 256や。普通の光術師と変わらへん」

「……やっぱ、勝手に測ってやがったな」

 リーダーがじろり、とララさんをにらむ。

 そう言えば、勝手に相手の能力を見るのは道徳的によくないってクーちゃんが言ってたような。

「個体検知への対策くらいしてないはずねーだろ。その数値は忘れろ。少なくとも、敵の〈炎〉を足止めするくらいはわけねーですよ」

 対策ってなんやねん、個体検知を誤魔化すプロセスでも展開してるんか、そんなん作れるんか、教えてー! と問いただすララさんに対し、リーダーはしっし、と手を振った。

「とっとと行って来い。なんなら、飾りでもいいから〈紡〉と〈断〉も連れてけ。攪乱くらいにはなるだろ」

「せやかて……」

 ちらり、とあたしの方を見たララさん。

 うん、リーダーなら負ける気しないよ。

「大丈夫だよ、ララさん。あたしも、自分の身を自分で守るくらいは頑張るよ!」

「リーちゃんは健気で可愛いなあ……」

「それこそ気にすんな、リーネットには指一本触れさせねーですよ」

 リーダーがそういうと、ララさんはぽかん、と口を開けた。

「何なん、それ。ルース兄さん、リーちゃんのこと、めっちゃ好きやん。どんな口説き方やねん。クーちゃんもやけど、それ以上に過保護やなあ」

「はあ?」

 眉根を寄せたリーダー。

「何なん? 自分、無自覚なん? 勘弁してや」

 溜息をついたララさんは、気合を入れなおすように自分の頬をぺちん、と叩いた。

「なんや、気ぃ抜けてもた。うちら二人が動けば、〈炎〉は単独でこっちを落としに来るやろ。行こか、ミルッカ」

 ミルッカさんは、はい、と静かに頷いて、再び敵陣を睨み付けた。

「頼むで、ルース兄さん。リーちゃんは任せたで」


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