大走駒(2)
大走駒は、お祭り広場の真ん中で行われることになった。
もともと広場には9マス四方の版が、埋め込まれたレンガによって描かれていたようだ。ステージを残して店や人がはけると、大きな盤面があらわになった。四角形は一つ3メートルくらいの、白と黒の正方形が整然と並ぶチェスのような盤面だ。
大走駒は1チーム6人で行われるゲーム。各結晶系に属する6つの『駒』を配置し、駒を動かしながら相手の〈宝〉をとったら勝利らしい。
〈宝〉は特に何でもいいらしい。ただ、分かりやすくするために、各チームの旗を置くことが多いと言っていた。
うん、まさに将棋か、チェスのようだ。
ただ、大走駒が盤上ゲームと少し違うのは、そう簡単に駒が取られない、という点にある。というのも、『光術による攻撃で相手を倒さなくては、駒をとることが出来ない』のだ。
もちろん、単純に倒せばいいというわけではなく、細かい規定があるらしいのだが、聞いてもよくわからなかった。もともとあたしは、野球のルールだっていまいち分かっていないのだ。
細かいルールは分からなくても、派手な試合になるから面白いと思うよ、というクーちゃんの言葉を信じて、あたしはその始まりを待った。
広場を見下ろすアパートの窓からは押し合いへし合いしながらたくさんの人がゲームの始まりを待っている。
みんな、このゲームが好きなんだなあ。
あたしは、元の世界で毎年ペナントを競い合う野球のリーグを思い出していた。知り合いにも何人か、毎年狂ったように応援する人たちがいたなあ……。
『穏便に雑談したいなら政治と宗教と野球の話題は禁物やで』と言ったのは他でもない、自身が熱狂的な虎ファンの師匠だった。彼女はよく、シマシマユニフォームを着て高校球児の夢の舞台へいそいそと向かっていた。
このグーリュネンを本拠地とするチーム、〈ウー・グーリュネン〉は、大走駒の西リーグで何度も優勝した猛者らしく、その人気もすごい。
いったいどこから聞きつけたのか、周辺の町からも人が集まり、とても収集がつかない状態になってしまっていた。
そしてその相手が、共和国の東からやってきたダン商会。こちらも、本来なら東には国内最強クラスのチームを擁するのだけれど、決まったのが急すぎて呼び寄せる暇はなかった。
そのため、参加するのはララさんを筆頭に、リーダーと、いつも応対してくれる従業員のお姉さんたち――ミルッカさんとアイリさんというらしい――と、残りの2人は知らない人だった。
ただ、ララさんいわく、戦力はリーダーを含めた4人だけらしい。
リーダーがふざけんなと叫んでいたが、急場しのぎのチームだから仕方ないと言う。
「大丈夫や。普通のチーム相手なら、うちとミルッカとアイリの3人でも勝てるはずやねん。相手がちーっと強いから、ルース兄さんを保険として借りるだけなんよ」
ミルッカさんとアイリさんはそれぞれ〈炎〉と〈水〉の駒。一手で進める範囲が広く、攻撃的に敵陣へと攻め込むための駒。今回は、ミルッカさんとアイリさん、二人の武力で押し込む算段らしい。
リーダーは〈風〉、ララさんは〈雷〉の駒。宝の近くにいて、最後の防衛をするための駒だ。
残り二つの駒は〈紡〉と〈断〉。トリッキーな動きをするこの二つは、勝負の要となることも多いらしいのだけれど、今回は戦力外。
実は本来、小さな盤上で行う〈走駒〉であれば、〈風〉〈雷〉〈紡〉〈断〉がそれぞれ2つずつに増え、10人ずつで戦うのだそうだ。しかし、等身大で行う大走駒では広い場所が必要となるので、減らすのだ。
大走駒の上に〈正大走駒〉と呼ばれるものがあり、それだときちんと10人ずつで戦うらしいのだが、100メートル四方の広いグラウンドが必要らしい。うん、確かにそれはこの町では無理だろう。
「〈走駒〉って言うのは、割と歴史の深い遊びでね。昔から、政治にも使われてたりしたんだよ」
「そうなの?」
「うん。今から40年くらい前の話なんだけど、この国、ハーヴァンレヘティ共和国――その当時は〈ユハンヌス=ルース王国〉か。ユハンヌス=ルース王国が隣国と小競り合いをしていた時期があってね。最初は小競り合いだったのが、泥沼化して20年以上も続いてしまったんだ。その戦争を終わらせたのが〈正大走駒〉なんだ」
「どういうこと?」
「つまり、軍全体をぶつけ合って、いたずらに疲労していくのをやめようとした王様が、〈正大走駒〉で決着をつけよう、って提案したんだ。隣国もその提示を呑んで、国を挙げての一大イベントになった。それが今から20年前の話。最後の走駒が行われた場所は、今でも観光地だよ。機会があったら行く?」
「観光地?!」
戦争の跡がそんなでいいんだろうか……と思ったが、あたしの世界でもそうだった。戦争の爪痕が残る場所には、人が集まるのだ。その悲惨な記憶を忘れないために。
「20年前の、その正大走駒〉の結果はどうなったの?」
「……負けちゃった。ユハンヌス=ルース王国は戦争に負けて、土地を取られて、莫大な違約金を払うことになるんだ。それからだね。ユハンヌス=ルース王国の国庫は傾いて、税収が厳しくなって、それから――3年前に、クーデターが起こって、共和国になったんだよ」
何十年もの歴史を、ほんの短くまとめて解説した弟は、そこで話を切った。
「ほら、始まるよ。ルースも出てきた」
あたしは弟から視線を外して広場に戻しながら、彼の瞳に悲しみの影が降りるのを視界の隅に見てしまった。
大観衆が見守る中、〈ウー・グーリュネン〉のチームが入場した。
おそろいの青のケープに身を包んだ彼らは、確かに強そうだった。先頭に立つのは、精悍な容姿の青年団長だ。どうやら、彼が向こうのチームのリーダーらしい。
その後ろに続くのは、自警団のヒトたち。やっぱり、この競技が強い人は光術師としても優秀だから、自警団のメンバーになってるんだろう。
「ほとんど一陣のフルメンバーじゃないか!」
「ウー・グーリュネンの試合がタダで見られるなんて、ラッキーだったわぁ。私、スオラさんのファンなの!」
「ムスティッカ! よそ者なんぞ叩き潰せー!」
選手たちもかなり有名人らしい。6人それぞれに声援が送られている。
そして、追いかけるようにララさんのチームも広場に入ってきた。おそろいの赤いケープ。ララさんのオレンジの髪には、赤い色もよく似合う。
でも、いつも白いケープを羽織っているリーダーが赤いケープなので何だか不思議。ただでさえ目立つのに、余計に目立つ。
ああでもほら、観衆の女性たちから歓声が上がってる。彼女たちだって、〈ウー・グーリュネン〉を支持してるはずなのに。
広場の盤面の中央に、青年団長とララさんが歩み寄っていった。
クーちゃんもステージを降りて、二人の間に入った。
ここまでは聞こえないが、ルールの確認やチームメンバーの確認などを行っているようだ。
最後に二人を握手させて、クーちゃんはステージに戻ってきた。
クーちゃんがすっと手を挙げると、ざわついていた観衆たちが静かになった。
すごい。
そして、バッグをがさがさと探って取り出した〈インロウ〉を掲げながら、クーちゃんは静かに告げる。
「立会人、兼、審判のクォント・ベイです。すでにみなさん、ご存じの事かと思いますが、今回、グーリュネンの山中で希少鉱石の鉱脈が発見されました。共和国への申請中ですが、近日中に採掘の認可が下りるでしょう」
抑揚なく、淡々と告げるクーちゃん。
でも、弟をよく知るあたしには、とっても楽しそうに見えた。
きっと誰よりこの勝負を楽しんでいるのはクーちゃんなのだろう。
「国はその採掘権を、採掘や流通のノウハウを持つダン商会に民間委託する予定でした。が、グーリュネン商店街の青年団がそれに待ったをかけました。採掘は、グーリュネンに住む者がすべきである、と」
そこで大きな拍手が巻き起こる。
みんな、青年団の味方なのだ。
クーちゃんは、騒がしくなった広場を再びおさめた。
「これが採掘権を賭けた、正式な決闘であることを中央議会が承認します」
でも、中央議会承認って……試合に出てるリーダーも中央監査なんだよね? ほんとはどっちかに肩入れしちゃダメなんじゃない?
「と、ここで、盤面の〈宝〉ですが――折角なので、『人』を配置しようと思います」
クーちゃんが観客に向かって、ひらひらと手を振る。
そうすると、とってもかわいい女の子が前に出てきた。ぱっちりと大きな目に、緩く波打つ栗毛。ピンクのワンピースに白いエプロンをしている。
「先ほど、3年ぶりのミス・グーリュネンに選ばれたイレナ・リミッタさんです。イレナさんは、お花屋さんの店員で、今年は断トツの得票数で優勝しました! 彼女には、グーリュネン側の宝になってもらいます」
大きな拍手が巻き起こった。
「そして、ダン商会の宝は――」
クーちゃんはにっこり笑ってあたしを見た。
「オレの姉さん、リーネット・ベイにお願いします。広場にいた方は目撃した方もいるかもしれませんね。彼女こそ、〈豊穣の紡ぎ原〉に舞い降りた、異海の歌姫です」




