大走駒(1)
あたしは、クーちゃんの後ろに隠れるようにして付いていった。
ダン商会の店の前にずらりと並んだのは、グーリュネンの自警団だ。国営ギルドから直接依頼を受けて、治安維持活動に励む自治集団。実際に裁くのは共和国だけれど、悪い人を捕らえたり、取り締まったりするのはそれぞれの町の自警団が行っているのだ。
つまりは、地方の警察。
お揃いの黒のケープは、〈断〉の神、『エリステュス』の色。白色の〈紡〉と正反対、一切の慈悲なく断罪することを示しているのだという。
ララさんは、数名の自警団員を相手にしても、全く臆することはなかった。
「で、うちとこが何したって?」
自警団の長らしき壮年の男性に向かって、首を傾げてみせる。
「グーリュネンの商工会、青年団からの通告だ。ダン商が国営ギルドと癒着し、不当に利益を得ようとしているとの情報が入っている」
「不当に、やて?」
「グーリュネンの山から発見された資源を、ダン商会が独占しようとしてるという話だ」
その言葉に、ララさんは一瞬、息をのんだ。
何しろそれはまだ口約束で、外に出ることのないはずの情報だったからだ。
が、ララさんは怯まなかった。
「まあ、まだ正式決定やないけどな。おそらく共和国からの依頼でうちが鉱山開発を行うことになるやろと思うで。せっかく発見された鉱山や。有効活用できるよう、うちの技術は精一杯、投資するつもりや」
「何故だ! あれは俺たち、グーリュネンに住む者たちのものだ! 余所者が勝手に荒らしていい場所ではない!」
大きく声を上げたのは、自警団に並んだ、若い男性だった。ケープの色が黒じゃないから、自警団の人じゃない。日に焼けた精悍な印象を受ける、気の強そうな人だった。
きっとあの人が、商工会青年団の長なのだろう。
「せやかて、あんまようない言い方になるけど、アンタらがあの山の開発をできるとは思われへん。知識も、技術も、全く足りひんやろ」
「それは、今から知識を手に入れていけばいいことだ!」
「アホやな。せやからそれを、うちから提供しよう言うてんねん。技術と知識を提供して、地元の人間が動く。そうすれば、町にもノウハウがたまる。どや? 一石二鳥やろ?」
「しかし、お前たちが俺たちを騙して利益を吸い上げないと、誰が言い切れる? 現に今もそうだ。訳の分からないでかい店を建てて、町の需要を根こそぎ奪って……」
「せやからそれも、うちから資源や流通経路を提供する準備はある。何度も話してるやん。うちは、この町の店をつぶしたいわけやない。一緒に、盛り上げていきたいだけなんや」
「嘘をつけ!」
話は平行線だ。
そういえば、いつだったか、ララさんが店から突き飛ばされて出てきたことがあった。もしかすると、その時も同じ話をしていたのかもしれない。
その様子を見ていたリーダーが、我慢できずに割って入った。
「何をぐだぐだと話してやがんですか。このまま結論がでねーのは目に見えてんだろ」
「せやけど、聞く耳持ってくれへん事にははじまらへん。最初からずっとこの調子やねん。うちの話をちゃんと聞いてくれたら、納得させる自信はあんねんけど」
ララさんは困ったようにオレンジ色の頭をかいた。
そのとき、クーちゃんがのんびりと言った。
「何か勝負でもしたら?」
「勝負……?」
そこでクーちゃんは、ごそごそと四次元バッグを探って、ペンダントのようなものを取り出した。
あの形には見覚えがある。
あたしが最初に捕まったとき、ルースが悪者に突きつけた〈インロウ〉だ。
その瞬間、あたりが静まり返った。
やっぱり〈インロウ〉だ。あのキラキラ光るペンダントは、〈インロウ〉なのだ。
「オレは中央監査のクォント・ベイ。勝負の立会人はオレがやるから、正々堂々、勝負して決めるといいんじゃない? 銃の決闘でも何でもいいけど、双方が利権をかけて勝負するんだ。んで、負けた方は勝った方の主張を受け入れること」
「……クーちゃん、わりと無茶するんやな」
ララさんは呆れ返っている。
対する青年団長は口をぽかりとあけた。
「ええよ、うちは受ける。面白そうやん! 賭けるんは、『話を聞かす権利』や。もしうちが勝ったら、ダン商会がどうやって西に進出しようとしとるか、真面目に話を聞いてもらうで」
「あれ、鉱山の利権を認めるとかじゃなくていいの?」
「ええんよ。それは、話さえ出きれば説得する自信があるさかいな。せやから、うちが賭けるんは『話を聞かす権利』で十分や」
にっと笑ったララさん。
その様子を見ながらじっと考え込んでいた青年団長は、しばらくして口を開いた。
「いいだろう。うちも受ける。賭けるものは『ダン商会がこの町を出ていくこと』だ」
その言葉に、ララさんはぴくり、と眉を動かした。
双方の願いがあまりにも不釣り合いだと思ったのだろう。
「それからもう一つ。勝負の方法はこちらで決めさせてもらう」
腕を組んで睨みつけてきた青年団長に、ララさんは不適な笑みでもって答えた。
「そこまで言うんやったら、アンタらが負けた暁には必ず机に縛り付けて、うちの考えを聞かせたるからな!」
「……じゃあ、その条件でいいね。異論はない?」
「ああ」
「ええで」
一触即発。
燃え上がるような空気があたりを満たした。
あれ、どうしてこんなことになったんだろう?
提案した当本人であるクーちゃんは、楽しそうにその様子を見ていた。
「で、勝負方法は?」
クーちゃんが訪ねると、青年団長はにっと笑って答えた。
「〈大走駒〉だ」
シャッキ?
あたしは首を傾げたが、ララさんは得心したように頷いた。
「ええで。勝敗も分かりやすいし、何より、楽しいしな」
「それから、商工会チームのメンバーは自警団を含む町人から選ばせてもらう」
「ちょい待って、自警団は卑怯やろ!」
ララさんは言ったが、青年団長は首を横に振った。
「自警団もグーリュネンの町人だ。そこは譲らん」
ぐぬぬ、と押し込まれたララさんに、青年団長はドヤ顔だ。
「西リーグの一陣で戦う、ウー・グーリュネンの力を見せてやる!」
そう言い残し、自警団を引き連れて、青年団長は去っていった。
その後ろ姿を見送り、ララさんはぱっと顔を上げた。
隣に立っていたリーダーの腕をがっしと捕まえて。
「ルース兄さん!」
「何だっつんだよ」
「お願いや、うちのチームに入ってぇ!」
「嫌に決まってんだろうが」
ララさんのお願いを即刻却下したリーダー。
しかしララさんはあきらめない。
「せやかて、〈ウー・グーリュネン〉っちゅうたら、西リーグで何度も優勝しとる、西の英雄や! うち一人やと勝ち目ないねん!」
「だったら何で勝負を受けんだよ」
「あの状況で引きさがれるわけないやろー!」
すがりつくララさんを振り払い、阿呆か、と言い放ったリーダー。
「でも、ルース兄さん、うちが負けたらここから手を引くんよ? そうなったら、あの鉱山はすべて放り出すことなってまう。開発もなにも、ルース兄さんにも素材ははいらへんでー!」
素材が入らないと聞いた瞬間、リーダーは眉をあげた。
あ、揺れてる。
本当にリーダーは分かりやすいな。
あたしはララさんの味方だ。もう一息、押してあげよう。
リーダーのケープの裾をちょいちょいと引っ張った。
「リーダー」
「何だよ、リーネット」
「ララさんを助けてあげて? あたしもあの山の宝石、ほしいもん」
上目遣いに懇願してみる。
うっ、とリーダーが詰まったのがわかった。なんだかんだ言ってもリーダーは優しいから、あたしの言うことだって、ララさんの言うことだって、最終的には無碍にできないはずだ。
一緒にお願いすれば、きっと聞いてくれる。
「……宝石なんか強請ってんじゃねーですよ。俺はおまえの彼氏じゃねーですよ」
額に手を当てて、溜息をついたリーダー。
「分かった、分かった。出てやるよ。だが、俺がやるのは〈風〉か〈雷〉だけだ」
「え? ルース兄さん、〈炎〉の光術師ちゃうの?」
リーダーは、ララさんの頭を叩いた。
「ダン商会の勝負だっつのに、俺が先頭で戦ってどうする。最後にやられそうになったら動いてやる」
そのまま、誰が出るのかを打ち合わせ始めたリーダーとララさんを置いておき、あたしはクーちゃんの腕を引っ張る。
「ねえ、クーちゃん。シャッキ、って何?」
「走駒、ていうのはね、将棋みたいな盤上ゲームだよ。人間を駒に見立てて、大きな広場でやる局を、〈大走駒〉って呼ぶんだ。もうほとんどスポーツ。盤上競技の頭脳戦と、派手な光術戦が見られるから、きっと楽しいよ」




