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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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お祭り(1)

 色とりどりの布が翻り、町中を飾り付けている。

 万国旗のように、道を渡されたロープにくくられた6色のハンカチが風になびている。バグパイプのような楽器を吹き鳴らす旅の楽士が町を練り歩き、中央広場では大道芸人がそれぞれに芸を披露する。

 いつもならショーウィンドウに引っ込んでいる商品が軒先に並べられ、鮮やかな露店として商店街を彩っていた。

「すごい! すごいすごい! クーちゃん、リーダー、早く行こう!」

 あたしは興奮して駆け出そうと――した、けれど、すぐに弟に捕獲されて腕に座らせるようにして抱えあげられた。

「危ないよ、りー姉。人もいっぱいいるのに、はぐれたら大変だよ?」

 クーちゃんは弟のくせに、姉であるあたしの事を子供扱いするのだ。

 ちょっと大きくなったからって、ちょっと調子に乗りすぎだと思います!

 甘やかしてくれるのは嬉しいけれど、それだけは受け入れられない。

「クーちゃん。せっかくだから、中央広場をぐるっと回って行きたいなあ。いろんなイベントをやってるかも!」

 ダン商会へ行く為だと言って、一緒に宿を出たルース、あたらめ、あたしたちのリーダーは、あたしの提案に眉間の皺を増やした。

 そんな顔してると、男前が台無しだよ。

 でも、リーダーが文句を言う前にクーちゃんが進路を変え、強制的にお祭りの中心へ向かって歩き出す。

 今日はここ、グーリュネンの一年に一度のお祭りだ。この町を開いた領主様を称え、豊穣を祝うためのお祭りだそうだ。

 町を飾る六色のハンカチは、〈ユマラノッラ教〉の六柱の神様を示しており、中でも数が多い白色のハンカチは、豊穣や癒しを司る〈(つむぎ)〉の神『ラウレケヘル』の色らしい。

 豊穣を願うお祭りだというのだから、納得だ。


 中央広場が近づくに連れ、人通りも多くなってきた。

 子供たちがルースの足下を転がるように走り回り、危うく蹴りとばしそうになっている。

 と、その子供たちのうちの一人がルースの両手を見て、あっと叫んだ。

「この人、光術師だ!」

 その声で、どこにいたのか、子供たちがあっと言う間に集まってきた。

 背の高いルースの腰くらいの身長しかない幼い子たちが取り巻いて、身動きがとれなくなっている。

「すごいすごい! 宝石がキラキラだ!」

「これ全部本物?」

「あたし、光術が見たーい」

 口々に騒ぎだす子供たちに、リーダーは呆然となっている。いったいどうしたらいいのか分からない、そんな表情だ。

「おい、光術使ってみろよ、光術師!」

 中でもやんちゃそうな赤毛の男の子がはやし立てる。

「がきんちょども、いい加減にしやがれですよ」

 最初は戸惑っていたリーダーも、散らないどころか言うことも聞かない、さらにはまだまだ集まってくる子供たちにだんだんと苛々してきたようだ。

 それでもなお、まとわりつく子供に対し、リーダーはぴっと指を振った。

「〈エルル〉」

 目眩まし用のプロセスが展開される。

 無詠唱の半自動プロセスが、リーダーの周囲に静電気のような磁場を発生させた。近くにいた子供は、バチっという大きな音と共に閃光が走ったのを見ただろう。怪我をするほどではないが、多少痛みはある、と言っていた。

 ばちん、という大きな音と共に、周囲の子供らが尻餅をついた。

 子供たちはなにが起きたのか分からず、目をぱちくりとさせる。

「……リーダー、大人げないよ」

「うるせーですよ。こういうやかましいガキはいっぺん黙らせんのが一番なんだよ」

 ところが。

 次の瞬間、俺は目を輝かせた子供軍団に、さらに群がられた。

「今のって〈光術〉?」

「すごいすごい、もっとやって!」

 リーダーの両手に嵌められているのは、光術師にとっては商売道具とも言える宝石を埋め込んだ装飾品。指輪、腕輪、篭手にも大量に仕込んであるこれらの宝石には、〈光術〉のプロセスが保存されている。

 宝石などの結晶体に〈光素〉をコーディングし、コンパイルしたプロセスを詠唱によって起動するのが〈光術〉と呼ばれるもの……らしい。

 らしい、っていうのは、あたしがあんまりまだ理解してないせいだ。

 弟の解説から、どうやらあたしたちの世界での『プログラミング』に近い形態を持つその術は、修行さえ積めば誰でも使えるらしい。

 でも、この能力を生業にできるほど研磨すのは簡単ではなく、もって生まれた才能とその後の研究努力が必須の分野だとのことだ。

 〈光術師〉というのは、子供たちが幼い頃に憧れる職業の一つといってもいいのかもしれない。

 最も、〈光術〉というのは手段でしかなく、〈光術士〉もまた厳密に言えば職業ではない。

 傭兵になったり、芸能活動をしたり、闘技場で剣闘士になったり、リーダーのように役所勤めだったり、または〈光術〉を用いた製品開発に携わったり、様々な職種があるようなのだ。

 たとえば、ララさんがあたしたちを光術製品の企画開発部として契約したように。

 あれ、そう言えばクーちゃんもリーダーも、副業って大丈夫なの?

「いいから、散れ! ガキども!」

 がーっと怒鳴ったリーダーの剣幕に押され、でも楽しそうに子供たちはそれぞれ人ごみに散って行った。


 子供たちが解散しても、リーダーはとっても不機嫌だ。

 中央広場で行われている出し物にも、あんまり興味がないみたい。

 その広場には今日のお祭りのために組み立てたんだろう、昨日までなかった大きなステージが出来ていた。そしてそこでは、一人の女性が歌を歌っている。

 マイクもないのに、よく通る声は広場の端から端まで響いて、人々の耳を楽しませていた。

 柔らかなメロディーと独特のテンポの歌詞。

「……あれ?」

 ふと、気付く。

 あたしはこの歌を知っている……?

 ステージに釘付けになったまま黙ってしまったあたしに、ルースは不機嫌そうな視線を向ける。

「どうした、リーネット。口開けて間抜け面してんじゃねーですよ」

 そう言われ、慌てて口を閉じた。

 けれど、この曲の既視感は消えない。

 あたしは、つられるように口ずさんだ。

 唇から紡がれ、流れ出すメロディーは、まるでそうやって並べられることを定めづけられていた音符の列。すんなりとあたしの口からこぼれ落ちた。

 大地の実りを願う歌。神様に願う歌。

 そして、口に出してみてわかった。

 この曲を歌っていたのは――今は遠い世界にいる、母だ。

 思い出してしまうと止まらなかった。

 懐かしさと嬉しさで、胸の奥から熱い感情が溢れ出す。

 温かな光が全身を包み込み、柔らかな螺旋を描きながら拡散していく。

 広場がまばゆい光に包まれ、静まり返るまでそれほどの時間はかからなかった。


 最後まで歌い終え、満足して息をついたあたしが最初に気付いたのは、ルースが驚いた顔でこちらを見ているという事だった。

「あれ? どうしたの、ルース」

「どうしたって……リーネット、お前」

「え?」

 首を傾げると、ルースは呆然とつぶやいた。

「変だとは思ってたが、お前、歌姫(ディーバ)だったのか……」

 あたしはそこでようやく、自分が注目を集めていることに気付いた。

 ステージで歌っていたはずの女性も、伴奏の男性も、それに聞き入っていたはずの観衆も、大道芸人も、すべての視線があたしに注がれていた。

「えっ?」

 急に注目される理由が分からない。

 うろたえるあたしに、ルースはゆっくりと告げた。

「光術は基本的に、〈言霊〉に反応して動く。だが、ごく希に、その〈言霊〉ではなく旋律を持つ〈歌〉を契機に光術を発動する人間がいる。その人間を、女性なら『歌姫(ディーバ)』、男性なら『吟遊詩人(ミンストレル)』と呼んでいる」

 珍しく真面目な顔で説明したルース。

 つまり、あたしは〈言霊〉じゃなく〈歌〉で光術を発動するって事?

「何も悪い事じゃねーですよ。多少、珍しいだけで、全くいないわけじゃない。ただ、何も考えずに歌っちまっただけで周囲の光素が反応するのは、多少面倒かもしれねーが。それに、これまで歴史上に現れた歌姫は、例外なく莫大な器を持ち、その歌で人々を癒してきた。だから、歌姫というだけで尊ばれることも多い。特に、教会からはありがたがられるかもしんねーですよ」

 説明したルースは、ざっと周囲を見渡した。

「……まあ、この場合、一曲くらいは歌わねーと納得しちゃもらえねーだろうな」

 ふと視線をあげると、ステージの上にいた歌い手の女性が、こちらに向かって軽く頭を下げていた。

「行ってこい。減るもんでもなし、何か歌ってやれ」

 ルースがしっし、と手を振り、あたしを抱えたクーちゃんをステージに追いやった。


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