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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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新鉱山(6)

 ダン商会のお店の奥、隔離された客室。

 前回〈スカウター〉を見せてもらった部屋で、あたしたちは向かい合っていた。

 ルースは、前置きなく要件に入った。

「そのうち、国営ギルドから正式に通達があると思うが……グーリュネンで新しく発見された鉱山の開発をダン商会に民間委託する予定だ」

「は?! 自分ら、急に何言ってんの?! 新鉱山?!」

 ララさんは目をむいた。

 いったい何を言っているかわからない、そんな表情だった。

 しかしルースは一切の説明を省いた。

「言葉通りだ。新鉱山では多くの希少石が産出する。その中に、藍鉄鋼(らんてっこう)があるんだが、それが〈カメラ〉の主材料だ」

 訳が分からず慌てていたララさんだったけれど、そこでルースの言わんとするところを正確にくみ取ったようだ。

「……なるほどな。その鉱脈が見つかったお蔭で、ルース兄さんもやる気になってくれたってことやんな? で、その鉱山は手土産?」

「手土産というよりは俺たち専用にしてくれ。あれだけの鉱山を好きに使っていいなら、やる気も出るしな。ダン商会があの山を手に入れた後、あの高山すべてを『共和国西部での光術製品開発用』として提供してくれるっつーなら――俺は、お前に協力してやってもいいってことですよ」

「……兄さん、割と腹黒いな。そうやって自分専用の山を手に入れるんやな。それも、その口ぶりやと、今後も西部の鉱山検索をすれば、さらに増やせると思てるやろ。何しろ西は穀倉地帯。ほとんどの山が手つかずや。莫大な資源が眠っとる。ダン商会を巻き込んで、それを全部手に入れる気やろ」

「さあな」

 話を区切ったルースは、とんとん、とテーブルを指で叩いた。

「さ、どうする? ダン商会の宗主、トトアルノ・ダンの一人娘、ララアルノ」

「どうするも何も……ここで兄さんらに会えたんは、僥倖や。おそらく、西の文化を牽引していくんは兄さんらやろうしな。せやったら、うちに選択肢はあらへん」

 ララさんは手を差し出した。

「よろしく頼むわ。ダン商会の独立した企画開発部になる。製品の目途が立ったらダン商会で買い取る、っちゅう方式でどうや?」

「別にお金はいらないんだけど」

「あかんあかん。クーちゃん、その考え方はあかんで! その辺は、ちゃんとしとかなあかん。例え、クーちゃんとルース兄さんがうちの商会より大きい資金源を持ってたとしてもな、労働には相応の報酬が必要やねん。その前提を崩したら、経済は一気に破壊される」

 ふるふると手を振ったララさん。

 従業員の一人に言って、契約書の準備をするようお願いした。

 その契約書を準備している間、ララさんはルースに問う。

「ほんなら、名前はどうする? 兄さんらの作品やっちゅう、目印があった方がええ。印をつけて、このシリーズの製品やって分かりやすぅなるようにな」

「ああ、それなら、これがいいよ」

 クーちゃんはあたしの持っていたカメラをくるりとひっくり返し、そこに記されたマークを見せた。

 翼を広げた鳥のようなマーク。クチバシが鋭いように見えるから、猛禽類だろうか。

「ルースは自分の作ったものにいつも、この印を入れるよね。〈ライトセイバー〉もそうだし、〈四次元バッグ〉もそうだ」

「ええな。シンプルやし、分かりやすい。これは鷲? 神話でも、鷲は土地開墾の象徴や。縁起がええ。ここに、雷の神印(メルッキ)を入れさしてもろて……こんな感じでどうや?」

「いいんじゃない? ねえ、ルース」

「何でもいい。勝手にしろ」

「ほな、決まりやな。ダン商会の鷲印(わしじるし)。共和国の西で発見される鉱山を主に作られる一連の製品群。よしよし、ええ感じやで!」

「先に言っとくが、俺は作りたいモノしか作らねーですよ」

「十分や。兄さんらは割かし普通やないからな。簡単に、時代を超える製品を作っていくやろ。うちの目に狂いはない!」

 ララさんがにっこりと笑った。

「で? その話を持ち込んできたっちゅうことは、すでに一つや二つ、企画があんねやろな?」

「うん、あるよ。さっき言った、〈カメラ〉の話なんだけどね……」

 と、話そうとしたところでクーちゃんはあたしに向かって笑った。

「オレが話すより、姉さんが話してよ。考えたのは姉さんだし。設計は俺がして、ルースが作るからさ」

「なるほど、りーちゃんとクーちゃんとルース兄さん。それぞれ企画、設計、製造担当やな。リーダーはルース兄さんでええ?」

「うん、いいよ。ルースは『リーダー』って感じするし」

「はあ?」

 いやそうな顔をしたルース。

「ああ、確かにリーダーっぽいな」

「これからルースは『リーダー』だね」

 リーダーと呼ばれて不機嫌そうなルース。

 でもきっと、モノ作りが好きな彼だから、なんだかんだ言っても、自分専用の鉱山と、作りたい製品を言えば、難題であればあるほど気合を入れて取り組んでしまうのだろう。

 うん、きっとルースはいい人だ。

 意外と気を使ってくれるし、光術は得意だし、あたしの怪我を治してくれたり、何より、かばってくれたり……と、思ったところで、真っ白になった視界を思い出した。余裕がなかったとはいえ、あたし、思いっきり抱きしめられたような……。

 燃えるように熱かった手を思い出して急に恥ずかしくなる。

 ふっと横を見ると、ルースは恐ろしく整った顔であたしを見ていた。

「何だよ、リーネット。人の事をじろじろ見て」

「……リーダー」

 恥ずかしさを紛らわすように、あたしはそう呼んだ。

 うん、確かに似合うね。

 あたしはくすくすと笑った。

 人を放っておけなくて、優しくで、でも口だけ悪くて好き嫌いの多い、見た目だけ王子の残念なヒト。あたしはこの人を、きっと思うよりずっと信頼している。

 不機嫌そうなルースが書き上げた契約書を、ララさんは大切そうに守りつきの木箱にしまい込んだ。

「ほな、ダン商会の新シリーズ『鷲印』の旗揚げや!」


 こうして、共和国の西の端の小さな商業都市で始まった、小さな企画開発部。

 国の全土でその名が知られるようになるまでは、まだもう少しかかりそうだ。


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