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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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新鉱山(5)

 第七番目の神を信仰する集団『遊戯人(レイッキヤ)』。

 あのでぶりんオジさんが、いったい何者だったのか、ほとんど分からないままだ。

 でも、あの人のボスだという人が、どうやらあたしの元の世界の情報を持っていそうだという予感はあった。もしかすると、元の世界に帰る手がかりになるかもしれない。


 それから、でぶりんオジさんが口にした『災厄児』と『異海の玩具』――彼らを容赦ない殺戮者に変えてしまうその言葉の意味を、あたしは知らない。

 そして、彼らは共和国の追手、と言った。

 共和国の中央議会に所属し、監査人として働いているはずの彼らが、なぜ、共和国の追手を警戒しているのか、その理由もあたしは知らない。

 彼らの様子を見ていれば、簡単に聞いてはいけない事だともわかる。

 だから、あたしは口を閉ざす。



 ルースは早速、国営ギルドに報告を行った。

 非常に珍しい――それこそ、これまで発見されていなかった――鉱石があった事。その鉱石が日中、太陽の光を吸収し、夜になるとその光を放出するという珍しい性質を持っていた事。

 鉱脈の大部分はあのでぶりんオジさんにとられてしまったけれど、かろうじて残っていた小さな結晶をいくつか、ギルドに提出した。

「どこにでもありそうな石に見えるが……中央監査サマがおっしゃるなら、確かに新鉱石なんだろう。これまでとは晶系が異なる、と言ったな。具体的にはどういうことだ?」

 グーリュネンのギルド長、コレント・サヴさんが、蛍石の小さな結晶を掌でころころと転がしながら言った。

 ルースがあたしに目配せする。

「あたしが説明してもいいですか?」

「?」

 コレントさんは首を傾げたが、くぃっと顎で壁の黒板を示した。

 あたしはチョークを手にとって、黒板に図形を描いていく。これは、結晶格子を単純化したものだ。

 正方晶系は、底面が正方形で、高さが底面の辺の長さと異なる、長方形のような形。

 三方晶系は、縦横高さが同じ長さだけれど、でも3つの辺が90度で交わらない菱形で形作る6面体。

 六方晶系は少し特殊で、高さのある三角形を6つ、円になるよう並べた形。まるで、ケーキを切るように。

 直方晶系は正方晶系とほとんど同じだけれど、底面が正方形でなく長方形になっている。

 単斜晶系は、縦横高さが形作る角度のうち2つが90度になるもの。

 そして、三斜晶系はそれ以外のものを指す。

 あたしが描いた6つの図形を見て、コレントさんは頷いた。

「なるほど、神印(メルッキ)か」

「めるっき? って、この図形の名前ですか?」

 そう問うと、コレントさんは目をむかんばかりに驚いた。

「何を言ってんだ、この娘。〈ユマラノッラ教〉の経典を知らんのか?!」

「ああ、ええっと、ごめんなさい、知りません」

 きっぱりと言い切ったあたしに、コレントさんは絶句する。

 気づかない振りをして、あたしは6つの結晶系にもう一つ、純粋な立方体をかき足した。

 正方晶系に近いけれど、12本の辺がすべて等しくすべてが90度で交わる、完璧な正立方体。サイコロと同じ形のきれいな結晶格子。

「これが、等軸晶系です。あたしの世界では当たり前だった、7番目の結晶系。この世界でなぜ認識されないのか分からないんですが……

「まあ、こうして並べると、理論上『ありそうだ』っつーのは分かるが、本当にそうなのか? だったらなぜ、これまで発見されなかった?」

 ギルド長、コレントさんが首を傾げる。

 その疑問にはルースが答えた。

「この結晶には、俺たちの知る光素が配置できませんでした。19種類、すべて試してみましたが、全く保存できません。そうなると、存在はしていたが、認識されなかったというのが正解かもしれませんね」

 見つからなかったのは、19種類の光素がどれ一つとして配置できないから?

 でも、本当にそれだけだろうか、とあたしは思う。

 光術に使えない、というそれだけでこの重要な結晶系を欠くなんて、おかしい。それより何より、この美しい結晶が光素を配置することに向いていないとは思えない。

――もっと別の理由で、みんなに知らされていないんじゃないだろうか。

 そう思ったが口を閉ざした。

 きっと、『神獣』と同じようにこれも禁忌(タブー)だ。

 あたしは等軸晶系の説明が終わったところで、ルースにバトンタッチした。

 そしてルースは事の顛末を説明する。遊戯人(レイッキヤ)と名乗った男がいたこと。その人が、七番目の結晶系の鉱石だと分かった上でその鉱石を根こそぎ奪っていったこと。

遊戯人(レイッキヤ)……ね。七番目の神を信仰する? どんな反乱だ、それは。共和国だけじゃなく、〈ユマラノッラ教〉すべてを敵に回す気か?」

「それは俺たちにもわかりません。ただ、中央議会への報告だけは行おうと思います」

 〈ユマラノッラ教〉に敵対する者たちへの裁きは、自分たちの領分ではない。ルースはそう言い切った。

 そして最後に、グーリュネンが素晴らしい鉱山であることを報告した。

 あくまでルースが、知らない鉱石が何かを知るために検索した時に、偶然(、、)いくつかの鉱脈見つかった、という体で。

 あたしが異世界の手法でもって発見したことは伏せていた。

藍鉄鋼(らんてっこう)電気石(トルマリン)翆玉(エメラルド)……希少石ばかりだな、おい」

「グーリュネンが豊富な小麦の生産と流通で十分、潤っていたため、これまで気づかれなかったものと思います」

 検索結果を記した宝石を一つと、そのリストを記した紙を一枚。ルースはギルド長のコレントさんに渡した。

 眉間に皺を寄せ、うぬぬ、とうなるコレントさん。

「……しかし、発見したからといってすぐに採掘はできんぞ? 少なくとも共和国中央議会への申請に2・3ヶ月はかかる。その後、採掘体勢を整え、流通経路を確保し……忙しくなるな、これは」

 面倒くさい。

 そう思っているのが丸わかりな表情でリストを放ったコレントさん。

「それについては、提案があります」

 それまで黙っていたクーちゃんが挙手した。

「何だ?」

「ちょうど、国内最大規模の流通手段を持った商会がグーリュネンにきているでしょう?」

 にっこりと、笑いながら。



 国営ギルドを出たあたしたちは、その足でダン商会のデパートへ向かった。

 ふと見ると、街灯には色とりどりの布で飾りがつけられ、大通りではテントを広げたりテーブルを並べたりと露店の準備も始まっている。心なしか、街を行く人の数も多いような。

「そう言えば、明日はお祭りなんだね」

 街角の様子を写真に収めながら、きょろきょろと周囲を見渡した。

 お祭りというだけで心が騒ぐ。

「中央広場のステージでもいろんな出し物があるみたいだよ。りー姉、一緒に行こう!」

「うん、いいよ。お祭りなんて、おばあちゃんに連れていってもらって以来だね」

 そしてあたしはルースを見上げる。

「ルースも一緒に行こう?」

「阿呆か。お前とクォントと一緒に歩いてると、どう見ても俺が邪魔者なんだよ。お前たち姉弟が仲よすぎるせいでな」

「でも」

「気にすんじゃねーですよ。俺は新しく見つかった藍鉄鋼の鉱脈からとってきた素材で、一枚限りの〈カメラ〉を作る方が、人混みに紛れてわざわざ疲れるよりずっと好きなんですよ」

 ひらひらと手を振ったルース。

 カメラの商品化に乗り気になってくれたのは嬉しいけど、お祭りはみんなで一緒に行った方が楽しいんだけどなあ。

 そんなことを考えているうちに、ダン商会の店の前まで来ていた。

 案の定、あたしたちを見つけたララさんが三階の窓を開けて大きく手を振りながら出迎えてくれた。



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