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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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新鉱山(2)

 光素はこの世界に満ちている――正確には、位相のずれた〈エーテル空間〉が光素に満たされている。

 その光素を使って作ったプロセスを動作させるのが光術。

 もちろん、光術は危険だから、光術製品には必ずロックが必要で、さらには光術を保存できる宝石は流通が規制されている。

 また、光素には種類があって、同じ種類の光素ばかりを扱い続けると、生き物はダメージを受ける。というのも、人間の魂自体も光素で構成されているからだ。

 だから光術製品の生産も同じく国家に管理されている。

 と言う事らしい。

「ルースは炎の光術が得意なんだよね。使いすぎて偏ったりしないの?」

「そのぐらいの調整、常にしている。というより、自動調節する光術を常時展開してある。リーネット、お前の光素が偏ってもすぐわかるから何とかしてやるよ」

 そう言えば、最初の町で捕まった時に『雷の光素が溜まってる』って言ってたなあ。あれを治してくれた感じになるんだろうか。

 まあ、いいや。あたしにはきっと関係ないし、ルースに任せておけばたぶん大丈夫。

 あたしは、つい最近会ったばかりのこの人を非常に信頼していた。弟の相棒だという事実を差し引いたとしても。

「光素のコーディングも、覚えたければ教えるぜ?」

「今はいいよ。クーちゃんと違って、あたしは向いてないし」

「まあ、そうだろうな。光素の種類も覚えられなさそうな顔してたしな」

 そんな当たり前に肯定しないでよ。クーちゃんみたいに頭良くないから、確かに向いてないし、自分で言い出したことだし、確かに仕方ないんだけどさ。

 ちょっと唇を尖らせてルースを見たが、通じなかった。


 もういい。今日の分の写真を現像しよう。そう思い、カメラを手に取った。

 ルースと弟が多大な労力と素材をつぎ込んで作ってくれたこのカメラは、約100枚の画像を保存しておける。解像度はいいのだけれど、写す紙の材質があまりよくないので、自宅で普通紙にカラープリントした程度にしかならない。

 けど、十分だった。あたしが見たものを閉じ込めて、師匠に見せることが出来る。

 クーちゃんに保管してもらっているあたしの写真は、すでに数百枚に達している。

 広大な河床に広がる地層と、そこに記された足跡化石。広がる穀倉地帯。角の生えたカウニス、まるで生きているような街並み、それから――淡い光を放つ花崗岩体。

 カメラとセットで作ってもらったプリンタを動かして吐き出される写真を見ながらあたしは、にまにまと笑った。

 横から覗き込んでいた弟が、ぶつぶつと呟いている。

「やっぱりデジカメみたいに、撮ったその場で確認できるようにしたいなあ。それと、紙の質を上げたい。せっかく解像度を上げたのに、これじゃもったいない」

 うんうん、改良されるのはいいことだ。

「そう言えば、このカメラってどういう仕組みで動いてるの?」

「これ? これはね、水晶をレンズにして、感光部分に藍鉄鋼(らんてっこう)を敷いてあるんだ。藍鉄鋼は光を浴びると変質するから、藍鉄鋼に像を映して、その像を光素の配列に変換して、その配列情報を圧縮して保存してる。その保存用に全属性の巨大な結晶を使ってるんだ」

「現像は?」

「現像は逆で、保存してある圧縮した情報を展開しなおして、光素の配列をもう一回色彩情報に変換しなおして、こっちのプリンタで合わせた絵具の色を出力するんだよ」

「ふうん」

 よく分かんないけど、ややこしいところは光術で置換してるんだろう。

 それだけでほとんど向こうの世界と同じものが作れるなら嬉しい。

「ちなみに、どのあたりが高価になっちゃうの?」

 家が数件分になっちゃうくらいに。

「大きくて平型の藍鉄鋼がほとんどないんだ。感光するとすぐ変質しちゃって品質が落ちるし……それに、保存部分の宝石が高価なんだよね。100枚も保存しなかったら、もしくはモノクロでいいなら、保存部分はかなり簡単になるんだけどね」

「じゃあ、藍鉄鋼を小さくして……つまりは、もっと解像度を落としてモノクロにして、保存枚数を減らしたら安くできるってこと?」

「うん、そうだね。高価だけど量産できないことも……」

「何の相談をしてやがんですか」

 ルースの声で、分断された。

 そうだった。ルースは、ララさんに協力するのを認めてないんだった。

 誤魔化そうかどうしようか、と思った時、プリンタが写真を吐き出した。景色ではないその写真に、ルースが視線を取られる。

「何だ、これ」

「ああっ! ダメ、それはっ!」

 ダン商会の店で、あたしがコスプレしてる写真です!

 でも、ルースとあたしじゃ腕の長さが違う。奪われた写真を取り戻すことはできなかった。頭を押さえられ、それでもじたばたと腕を振り回すけれど、全然届かない。

「これ、お前か?」

「……あたしです」

「ふーん。似合ってるじゃねーか」

「えっ?」

 さらりと言ったルース。

 でもそんなストレートに褒められると余計に恥ずかしいよ! お願い、じろじろ見ないで!

 いや、嬉しいけどさ。ルースってあんまり気にせずに女の子褒めちゃう人なの? もしかして、勘違いする女の子を量産しちゃうタイプの王子なの?

 内心でジタバタするあたしにはお構いなし。何枚かある写真をぺらぺらとめくっている。

 けれど、その次の写真を見たところで眉根を寄せた。

「……おい、何だこれ」

 あれ、変なの混じってたかな?

 ルースが目の前に突き付けたのは、最初に着たメイド服のような姿の写真だった。

「何で、ここにあのダン商会の娘がいるんだよ」

 ルースが指さしたのは、あたしではなく、あたしの後ろに映りこんでいるララさんの姿だった。

 あたしは弟と顔を見合わせる。

 誤魔化すことは、出来なさそうだ。



「なるほどな、この〈カメラ〉が流通すれば、こうやって、悪事を動かぬ証拠として提示することが出来るわけだな」

 『あれだけ近づくなと言っただろうが』と叱った後、ルースは感心したように写真を見た。

 悪事じゃないよ、街中で偶然会って、そのまま流されて店に行って買い物しただけだよ!

 あとできればそのメイド服の写真をじろじろ見るのはやめてください。恥ずかしいから。

「まあ、これが『絵』じゃなく、現実を写し取ったものだっていう共通認識は必要だけどね。オレたちの世界では、犯罪の証拠として使われることも多かったよ」

「なるほど。確かにリーネットの趣味だけにとどめとくには、もったいないかもな。監査が持っていれば役に立つこともあるかもしれん」

「なら、多少高価でもいいよね」

 弟がさりげなく、商品化を促そうと画策している。

 よし、あたしも援護しよう。

「それよりも、あたしたちの世界だと、もっと『思い出』を残すものとして使ってたよ」

「思い出?」

「そう。たとえば、家族みんなが集まった時、記念に写真を撮るの。その写真を見ながら、その日の楽しかったことを思い出すんだよ。子供の写真を見ながら、小さかった頃の事を思い出したりね」

 ルースは腕を組み、何かを考えているようだった。

「一枚だけ撮れる〈カメラ〉があってもいいと思うよ。特別な日に、一枚だけ残すんだ。きっとみんな、欲しがると思う」

「そうだよ。せっかくルースが画像の光素変換部分を作ってくれたんだから、応用すれば割と簡単に出来ると思うんだよね。解像度と彩度部分をなくせばかなり素材を減らせるしさ」

 クーちゃんの言葉で、ルースがぐらぐらと揺れ動いているのが分かる。

 もしかしてこの人、とっても流されやすい?

 というか、きっと基本的にモノを作るのが好きなんだろう。効率がよいものや、製品として優れたものを追求したがる性質なのだ。

「……集光と保存部分は解像度を下げれば何とかなるが、藍鉄鋼だけは何ともならねーぞ。あれは希少石だからな。それも、感光するとあっという間に使えなくなっちまう」

「そうなんだよねえ。カメラ専用に、新しい鉱山でも作らない限り無理かもね」

 藍鉄鋼――単斜晶系に属する鉱物だ。感光性があり、光に当たった部分は変質していく。地中では無色なのだが、光に当たると青や緑に変わっていくのだ。

 その時、あたしの脳裏に閃いた。

 あれ、確か、藍鉄鋼が採れる場所って……。

 あたしは、記憶の片隅からその知識を引っ張り出す。

 グーリュネンの花崗岩体。発光する山。そして、藍鉄鋼。あたしの頭の中で、何かが繋がっていく。

 ああ、そうか。もしかして、そういう事か。

 全部、分かってしまったかもしれない。

「ねえ、ルース。明日は、あたしも山に連れてって」

「はあ? 何言ってやがんですか。こっちは仕事なんだ。お前を連れてくわけねーだろ」

「でもあたし、分かったかもしれない」

「何が」

「あの、光る岩体の正体が」


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