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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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新鉱山(1)

 しっかり夕陽が沈み、さらにしばらく経ってから疲れた顔をしたルースが帰ってきた。

「お帰り、ルース。何かわかった?」

「収穫は何ひとつねーですよ。光術関係じゃねーってことだけだな、わかったのは。最近、崖崩れがあった場所がごっそり露出してた事ぐらいだなそのあたりの岩体に見慣れない石があって、それが光ってるように見えたんだが」

 崖崩れの後! 地下の地層が露出!

 その言葉で、あたしは色めきたった。行きたい。ぜひともその場所に行きたい。

 しかも、ルースにも見慣れない石があるって!

「この町では、毎年この時期にお祭りをしてるんだ。町を作った『カーライン』って領主さまの誕生日を祝うものなんだって。それを、3年前の戦争からずっと自粛してたんだけど、今年はそろそろお祭りをしよう、ってことになったんだ。そしたら、その頃から山が光るようになったもんだからさ。神様が『不謹慎だ』って怒ってるんだってみんな言ってたよ」

「神様、ねえ……」

 ルースが肩をすくめる。

「もともと、豊穣を願うお祭りなんだ。このあたりは雨期と乾期のはっきりした気候のおかげで、小麦を育てやすいんだって。領主さまがその小麦の流通の要所としてこの町を作ったんだ。それから穀物を取引する商人たちが集まるようになって、いつの間にかこんなに大きな町になってたらしいよ」

「へえー」

 弟の知識に感心した。

「クーちゃん、いつ調べてたの?」

「ここに来る前と、今日、町で聞いた話かな。りー姉が着替えてる間、従業員のひとやお客さんに聞いたんだよ」

 着替えてる間にって……あ、そうだ。

 カメラに残されてるあたしの写真は、めいっぱい消去しよう。あんな服を着てるところをとられるなんて、恥ずかしい!

「そうだ、クォント。買い物は終わったのか?」

「うん、だいたい終わったよ。あ、そうだ。このリストの光術石を作ってほしいんだけど」

「ああ、ケープを発注したのか」

「うん。割といい素材だったから、ちょっと値が張るけど、いいでしょ?」

「金のことは気にするな。自分の身を守るもんだ。できる限りでモノのいいやつを選んどけ」

 ルースはそう言いながら、クーちゃんのリストを受け取った。

「大した事ねーですよ。待ってろ、後で作っとく」

 ルースは頷くと、腰のポーチから取り出した宝石を、ベッド脇のサイドボードの上に転がした。

 あたしは、ふらふらっとそちらに寄った。

 お守りだというヘアピンと同じだ。エメラルドとアクアマリン。綺麗にカットされてきらきらと部屋のランプの灯りを反射する宝石は、本当にそれ自体が発光しているようにも見えた。

「ねえ、ルース。光術って、宝石を使うの?」

「宝石を使うっつーよりは、宝石に光術プロセスを保存できるんだ。それを主記憶(メモリ)上に展開して、中央処理(プロセッサ)で動作するのが光術と呼ばれるモノだ」

 と、そこでルースはふいと視線をあげた。

「そうだな、そろそろ説明しておくか」

 あたしを隣に座らせ、サイドボードを二人の間になるように動かした。クーちゃんは、少し離れて隣のベッドに腰掛けた。

 そして、腰のポーチからさらにたくさんの宝石を取り出した。

 ころころと転がる宝石。ぞんざいに扱っているけど、これだけでもかなりの価値があるはずだ。


 最初にルースは掌にぼうっと明るい光を灯した。

 何度も見たことのあるあの赤い光は、炎の光術を使うときの光だ。

「これが光素だ。密度を高くすれば、視覚化しやすいだろう? 光素は、『言霊』や『意志』、『感情』に反応して凝集する性質を持っている。リーネット、お前はすでに何度か体感しているはずだ」

「うん。前に、怒ったときに集まってきたよ」

 ルースはあたしの言葉でこくりと頷いた。

「最初に言っておくが、感情にまかせて光素の凝集を起こすなんざ、子供のすることだ。子供でも、意識的、無意識的にその制御を学ぶ。リーネット、おまえが最初に出来るようになるべきは、無意味に光素を集めないようにする事だ」

「分かった」

 こくりと頷いたあたしを見て、ルースは軽く唇の端をあげた。素直でよろしい、といいながら。

「じゃあ、この光素っつーのはどこにあるのか。実は、この世界は、現実世界ともう一つ、〈エーテル空間〉と呼ばれる光素に満たされた空間が重なって出来ている」

「〈エーテル空間〉?」

「そうだ。そして、この世に存在する物体は、例外なく〈エーテル空間〉に魂を持っている。それは、生き物だけでなく、地面も、植物も、この服や机、ベッドもすべて、〈エーテル空間〉側にも光素体を持つんだ」

「じゃあ、この光ってるように見えるのは、この世界と違う場所にある光素が見えてるって事?」

「そうだ。俺たちは無意識的に、現実世界の目で見る景色と、魂で見ている〈エーテル空間〉の景色を重ねている。たとえば、遠くを見たり近くを見たりするときに、意識してピントを合わせたりしねーだろ? それと同じだ。二つの空間を、自然に重ねて見ることが出来ている」

 つまりは、あんまり気にするなってことだね!

 あたしが適当に流したのが伝わったのだろうか。ルースは掌の光を霧散させた。

「……じゃあここからは、光術の話だ。本来はかなり信仰的なものと絡むんだが、今は一切の信仰を排除する。本来は神が与えたもうた力ってことになるんだが、それは、今はいったん忘れろ」

「はあい」

「光術の系統は6つある。『炎』、『水』、『(つむぎ)』、『(ことわり)』、『風』、『雷』の6つだ」

 そう言えば、教会の祭壇は6つだったな。

 ぼんやりと、そんな事を思う。きっと、光術の系統と神様は連動しているのだろう。

 そしてルースは、ころころとサイドボードの上に転がる宝石たちを6つに分けた。

「そして、宝石も6つの種類に分けられる。そして、それぞれの属性の光術のプロセスは、それぞれの属性の宝石にのみ保存することが出来る。たとえば、炎なら風信子鉱(ジルコン)金紅石(ルチル)。水なら翆玉(エメラルド)藍玉(アクアマリン)。たとえば、お前のヘアピンに使ったのは守りに長けた水の光術だ。コンパイルした状態のプロセスを翆玉(エメラルド)に保存した」

 ころころと転がる宝石。

 その分類を見て、あたしはふと気づいた。

「……もしかして、6つの分類って、結晶系と関係ある? 炎って言ったのは〈正方晶系〉、水は〈六方晶系〉だよね?」

 そう尋ねると、ルースは感心したように眉を上げた。

「ほー、よく知ってるじゃねーですか」

「だってあたし、地質学者だもん。鉱物の結晶系なんて、基本中の基本だよ!」

 結晶系、と呼ばれているのは、鉱物の結晶の形によって7つに分類される集団のことだ。

 そもそも結晶というのは、ある一定の法則に沿って原子が空間に配列されたもの。分子同士の距離や角度によって、結晶は7つに分類されるのだ。

「あれ? でも、6つ? 一つ足りなくない?」

 あたしの知る結晶系は7つだ。一つ、足りない?

「何言ってやがんですか。炎が正方晶系(せいほうしょうけい)、水が六方晶系(ろっぽうしょうけい)、紡が三方晶計(さんぽうしょうけい)、断が直方晶系(ちょくほうしょうけい)、風が三斜晶系(さんしゃしょうけい)、雷が単斜晶系(たんしゃしょうけい)。6つだろ?」

「……等軸晶系が足りない」

「等軸晶系? お前の世界には7番目の結晶系があるのか?」

 ルースは眉を寄せた。どうやら知らないらしい。

 等軸晶系は、金剛石(ダイヤモンド)に代表されるもっとも対称性の高い結晶系だ。存在しないはずないんだけど。

「まあ、世界も違うんだから、違う結晶系もあるかもしれねーですよ。少なくともこっちの世界では、結晶体と光術の系統に6つの種類があって、連動してる。そこまではいいな」

 あたしはこくりと頷いた。

「そして、光素にも同じように種類がある。そっちは19種類。光素はそれぞれ3つずつ、6つの系統に属している」

「3個ずつで6つに分けたら、一個余るよ?」

「細かいこと言ってんじゃねーですよ。断だけ〈ゲー〉〈エヌ〉〈エム〉〈ウー〉の4つだ。それで19種類。炎なら〈アー〉〈イー〉〈エルル〉、水なら〈デー〉〈コー〉〈エス〉だな」

 あっ、絶対無理だ。覚えらんない。だって19種類もあるんでしょ?

 口を噤んだあたしを無視して、クーちゃんが助け舟を出してくれた。

「光素の名前はアルファベットみたいものだよ。アルファベットを並べて、光術プロセスをコーディングするんだ。向こうの世界で、プログラミングするみたいにね」

 プログラミング……あたしからは程通り世界だけれど、PCとよくコミュニケーションをとっていた弟なら、お手の物なんだろう。

 さすが、本を読むのが好きで勉強家だった弟だ。この世界にきてもそれは変わってない。

「光素を結晶の隙間に並べて言葉にしていく感じかな。だから、違う結晶系には違う光素が対応するんだよ。結晶の隙間の形は結晶系によって変わるから、そこに埋め込まれる光素も、結晶系によって違うんだろうね」

 クーちゃんの話で何となく分かってきた。

 と、そこであたしはふと気づく。

 光素の名前は聞いたことがある。たとえば、〈エルル〉、そして〈エス〉。〈デー・コー〉も知っている。

「そう言えば、もしかしていつも、ロック解除に使ってるのって、光素の名前なの?」

 翆玉(エメラルド)藍玉(アクアマリン)が埋め込まれたヘアピンのお守りを強制発動する時は〈エス〉って言えばいいと教えられた。

「ああ、そうだ」

 ルースは小さく〈エルル〉とつぶやいた。

 すると、ルースの掌の上にぼうっと炎が燃えあがった。

「うわあ、すごい」

「俺は炎の光術が得意だからな。〈エルル〉のロックをかけてあるものが多い」

 掌を握りなおすと、炎は消えた。

「もちろん、便利ではあるが、危険な部分もある。まず、光術製品にロックをかけないのは違法だというのは知ってるな?」

「うん」

「それ以外にも、いろいろな規制がある。使い方によってはとてつもない武力に換算することも出来る。宝石自体が武器になるから、宝石の流通もすべて国が握っている」

 ああ、そう言えば、最初の町で出会った組織は、宝石の密売って言ってた。

 あれも違法だったんだ。

「何より、光素っつーのは一つの種類だけを連続して浴び続けると、あまりよくない。というのも、人間の魂自体も光素で出来ているからだ。だから、光術師や光術製品の技師はよく、光素の汚染にかかりやすい。だからこそ、俺やクォントは国から派遣されて、この田舎で光術製品を規制して回ってるっつーわけだ。光術製品を作るときは、それが人体に与える影響を調査した上で、共和国の許可をもらったものにしか製造できないようになっている」

 と、そこでルースはサイドボードに転がしてあった宝石を集め、再びポーチに戻した。どうやら講義はそろそろ終わりらしい。

「ややこしい話をしたが、すべては最初に言ったとおりだ、リーネット」

 あたしの頭に、ぽん、と手を置いて。

「お前は無意味に光素を集めないようにしろ。ただでさえお前は、光素を集める器が大きいんだ。何の意図がなくとも、誰かに危害を加えてしまう事もあるっつーことを覚えとけ」


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