異世界のお買い物(3)
「おかしいなあ。うちの技術部のオススメ品やってんけど……ごめんなあ。動いたら、また勧めるさかいな」
うち自身で動作確認するわ、と言って、ララさんは懐中時計のようなソレを懐にしまい込んだ。
その様子を見て、クーちゃんは少しだけ目を細めた。
「でもそれ、あんまりよくないんじゃない? 〈個体検知〉のプロセスで勝手に相手を探るのは、光術師の間じゃ失礼に当たるんでしょ。ララさんも光術師なんだから、分かると思うけど」
「あ、うちが光術師って分かっとった?」
「うん。何となくだけどね」
「まあ、そうやな。相手の強さを知る光術プロセス、〈個体検知〉を予告なく他人に使うのは失礼やと言われとる。でもな――時代は、変わるで」
ララさんは、胸元をぽん、と叩いた。
「考えてもみい。20年前、うちらは今から考えたら信じられんくらいに原始的な生活をしとった。馬を駆って手紙を届けて、人ひとりがおらんようなっても誰も気づかんような世界や。せやけど、10年ほど前に『鬼才』ギオン=メラルティンの働きで、生活は劇的に変貌した。彼一人で時代を数十年進めたとも言われとる」
「……それは、東の人の言い分だよ。西では、まだ戦争よりずっと前の生活を続けてる」
「せやけど、3年前の共和国設立、国営ギルドによる全土の治安網羅。国全体で大きく変わろうとしとる。それも、これだけ交通が発達してしもたら、東と西を分断しておくことなんか不可能や。大陸横断船の航路が出来てもた。ここはまだやろうけど、窓口になっとる西の都『オウル』なんかは、もうずいぶんと東の文化を取り入れてんねやで」
ララさんの瞳には力があった。
大きな時代の流れを自身の目で見極めていこうとする者の強さがあった。
「時代は変わる。おそらくやけど、個々の情報が道徳によって秘匿される時代は、近々終わると思うんよ。これからはおそらく、情報さえも自ら守らなあかん時代が来る。その時代を、うちは誰より先に走りたいねん」
あたしはその強さに息を止めた。
自分の情報を自分で守る。そんな単語を、あたしは元の世界で聞いたことがあった。
ララさんはきっと、ここより文明の進んでいた、あたしたちの世界と同じ視点で未来を見ている。
「強いね、ララさんは」
まるであたしの心を代弁するかのように弟はつぶやいた。
「ねえ、ララさん。オレはさ、個人的にはララさんに協力していいと思ってるんだ。オレ自身は光術がすっごい苦手で何にも出来ないけど、設計するのは得意なんだ。もしそれが誰かのためになるなら嬉しいな」
クーちゃんは、穏やかに笑いかけた。
「何の役に立たないと思ってたけど……オレでも、世間の役に立つことが出来るなら、頑張ってみたいと思うよ」
「ほんまに?!」
ララさんは弟に詰め寄った。
「うん」
でも近いよ、とララさんの額を押し戻し。
「でも、オレって光術が苦手でさ。設計だけしてもルースに実装してもらわないと動かないし、そのあと人に広めることもできない。それって、寂しいんだよね」
「商流なら、任しとき! ダン商会以上に広く商品を流通させとる団体はないはずやで!」
ララさんはどん、と胸を叩いた。
豪快な人だなあ。
「ただ、オレの設計って、ルース曰く、かなり無茶らしくて。ルースじゃないと実装できないかもしれないんだ」
「うーん、その辺は、見てみんと分からんなあ……もしかしたら、うちの技術部でも対応できるかもしれへんし」
ララさんが腕を組んで眉間に皺を寄せる。
「でもやっぱり、オレはルースと一緒がいいなあ。オレが設計して、ルースが作る。ずっとそうしてきたから、これからもルースと協力して作りたい」
「何や、自分ら、えらい仲良しやな。でも、うちが交渉する相手はルース兄さんだけってことやんな?」
「そうなるね。でも、たぶん大丈夫だと思うよ。ルースって、押されると断れないし、流されるし、ああ見えてすっごいお人よしだから」
「よっしゃ、分かった! 新製品が壊れたか思てヘコんでたけど、元気出たわ!」
「うん、あと、それだけどね。たぶん、壊れてないよ?」
最後の言葉だけは聞き流されたようだ。
弟は、光術の素養ゼロ。あたしは、どうやらルースと同じくカンストしてるようだ。
もちろん、あたしはこれから光術を使うつもりははない。
いろんな小説で、異世界から勇者が召喚されるけど、みんなこんな気持ちなんだろうか。莫大な魔力を持ってる事を示唆されても、あんまり実感はない。あたしはあたしでしかなく、分不相応な力は意識の外に放り投げてある。
あたしは、のんびり地質図を書きながら元の世界に帰る方法を探して、とっとと帰って師匠と一緒に発掘調査の続きをするのだ。
買い物を終えて店の外に出ると、すでに辺りは薄暗くなっていた。
従業員を二人ほど引き連れて店の外まで見送りに来てくれたララさんにバイバイ、と手を振りながら宿への道を辿った。
道の脇には、等間隔でランタンが灯っていた。よく見ていると、トーチを持った子供が順番に灯りをつけて回っているようだ。まだ暑さの残る夕刻の空気の中、汗を拭きながら駆け回っている。
薄暗い道の先に、急峻な山がある。砂山を作った後にあちらこちら、スコップでえぐられたような、かなり独特の形をしている。そして、端だけ不自然に尖った山系。
あれが、町と同名の山――グーリュネン、という山なのだろう。
だからこの道は白い砂を固めた道なのか。
「あの山、花崗岩の岩体だね。左右が山頂として残ってるのは接触変成岩かな?」
花崗岩なら崖崩れも多いだろう。あのおかしな形も納得だ。
「カコーガン? 姉さん、何のこと?」
「中学で習わなかった? 地面から上がってくるマグマに種類があるって」
花崗岩、安山岩、玄武岩。中学では、少なくともその三つを習ったはずだ――もちろん、本当はもっと詳細に分けられるのだけど。
「花崗岩って言うのは、石英と長石が主な構成鉱物の白っぽい岩石だよ。なんだけど、その主要鉱物のうち、長石がすごく弱い鉱物でね。すぐに変質して崩れちゃうんだ。だから、野外ではどんどん風雨で風化して崩れていく、っていう現象が起きるの。そうやって崩れ集まった砂の事を『真砂土』って呼んでる。グーリュネンの道もほとんど、その砂を固めて作ってあったね」
道の白い砂をつまむと、ほとんどが崩れかけの石英だった。
「その『真砂土』は、とっても崩れやすいの。だから土砂災害が起きやすい山なんだと思うよ」
スコップでえぐられたようなあの形は、崖崩れの跡だ。
そして、花崗岩の左右が山頂になるのは、花崗岩が陥入してきたときに周辺の土が数千度で熱せられて、カチカチの焼き物のようになってしまうからだ。
そうして熱せられた岩の事を接触変成岩と呼んでいる。
接触変成岩は固いから、崩れやすい花崗岩ばかりが削れ、周辺部が残ってしまうのだ。
「へえー。遠くから見るだけで、そんなことも分かっちゃうんだ」
「もちろん、ちゃんと調べてみたいとわかんないけどね」
あたしはもう一度、その山に視線を戻した。あたしの視線の反対側に夕日が沈んでいって、山は既に黒い影となっている。どこか赤みがかったその空の色。
そして、狭い日本では絶対に見られない、広大な花崗岩体。
あたしはカメラを構え、ファインダーを覗き込んだ。肘を固定し、一瞬、息を止めてシャッターを押してその景色を閉じ込める。
今日の分も、プリントしておかなくちゃいけないな。見たことのない景色がたくさん、あたしの手の中に納まっていく。最初にこのカメラを手にできたのは、とても幸運だった。
デジカメのようにとった写真を確認することはできないけれど、撮った景色は脳裏に焼き付いて、すべて覚えている。
その景色を一つずつ思い出し、ああ、遠くへ来たなと思った。
山の形を見てその成り立ちを推察する方法を教えてくれた師匠は、あたしがいなくなったらまた一人で調査をしているんだろうか。
それとも、少しはあたしの事を考えてくれているだろうか。
と、その時、周囲の人々が足を止め始めた。
あたしたちもそれに釣られ、歩みをやめる。
「今日も山がお怒りだ」
「やはり、今年から祭りを復活させようとしたことに怒っておるのでは?」
ざわざわとざわめきだす周囲。
ふっとその視線の先を見て、あたしも息を呑んだ。
なんと、影のようだった山体が、うすぼんやりと光っているのだ。静電気のような、淡い紫色の発光が見て取れた。
「何、あれ……!」
「ああ、もしかして、ルースが調べに行ったのって、あれ?」
「そうだろうね。でもオレにもハッキリ見えるってことは光術関係じゃないのかな? だとするとあの光、いったい何なんだろ?」
「ホントに神様の怒りってこと、ないよね……?」
おそるおそるクーちゃんのケープの裾を握ると、にっこり見下ろしてくれた。
「とりあえず、そろそろルースが帰ってくることだから、報告を聞こうか。もしかすると、ルースなら簡単に正体を見破っちゃってるかもしれないし」




