異世界のお買い物(1)
国営ギルドを出ると、道が揺れるほどに立ち上る熱気があたしたちを出迎えた。
クーラーって本当に素晴らしいよね。
日本のように湿気のある暑さではないが、日差しが強い。日射を避けるように両手で額にひさしを作っていると、クーちゃんが自分の着ていたフードケープを被せてくれた。
「りー姉にも日除けのケープもいるなあ。服も増やさないといけないし、やっぱり先に買い物に行ってもいい?」
「クォント、お前最近、仕事サボりすぎじゃねーですか?」
「でも、今回は『神の怒り』なんでしょ? たぶんエーテル空間の光素関連だよ。オレは全くの戦力外」
「……まあ、そうだな」
『神の怒り』かあ……できれば、関わりたくないです。魔法のある世界だから、不思議な現象はいろいろ起きそうだけど。
ルースの白いケープが太陽の光を反射してまぶしく、あたしは目を細めた。
「分かった、別行動でいい。買い物は済ませて来いよ。それから、できればあのダン商会の女には近寄るな。俺が作るのは自分が必要と思ったものと、誰かが必要としたものだけだ。不特定多数が購入するような製品を作るつもりはねーんですよ」
「ルースがいいなら、オレは別に彼女に協力してもいいんだけどね。不特定多数の人が購入するって事は、不特定多数の人が幸せになるって事じゃん」
「……苦手なんだよ、そういうの」
「ルースは照れ屋だからねえ」
「うるせーですよ。意味わかんねーこと言ってんじゃねーですよ」
黙っとけ、と言われながらも弟は気にしない。
うん、でも分かる気がする。ルースは、口は悪いけどそんな悪い人には見えないんだよなあ。
悪態をつきながら去っていくルース。
すれ違う女性が皆、彼をちらちらと気にしている。いるだけで人目を引くし、すごく見栄えするんだよなあ。
ポスターにしたいってララさんは言ったけど、あたしも映画の俳優さんみたいだと思う。
「さ、じゃあ買い物に行こうか! お店はいっぱいあるし、時間もいっぱいある。ついでにいうと、お金のことは気にしなくていいよ。りー姉の好きなもの、なんでも買ってあげる!」
クーちゃんはそう言ってにこにこと笑った。
「何で? 何でルースもクーちゃんも、そんなにお金持ちなの?」
「それはね……」
「それは?」
あたしが見あげると、クーちゃんはぽん、とあたしの頭に手を置いた。
「秘密だよ!」
「もう! からかわないで!」
ごめんごめん、と謝りながら、弟はあたしをひょいっと抱えあげた。
「さ、行こう」
あたしは反射的に弟の肩に手を回す。
楽ちんだけど、この移動に慣れてしまうのは危険な気がする……
荷物のように運ばれながら、あたしを目いっぱい甘やかす弟に、されるがままになっていった。
メインストリートは左右どちらを見てもお店ばかりだった。ガラス張りのショーウィンドウになっているお店が多い。華やかな印象はないが、にぎやかだ。最初の街と違って大きな荷物を抱えた旅人らしき姿もちらほらとみられる。
武器屋と覚しき店もある。アンティークのような剣や盾を売っている店もあったし、どこか中華風の武器をところせましと並べている店もある。それに、この世界では西部劇のように『銃』が一般的なんだって言ってたな。
なんだか、不思議な文化圏だ。いろんなものがごちゃごちゃと混ざっている。
クーちゃんは、武器屋さんの隣にあるお店に入った。
あまり広くない店内には、壁際にずらりと布が並べられている。ここは手芸屋さんなのかな?
「すみません、ケープを仕立てて欲しいんですけど」
慣れたようにクーちゃんがお店の人を呼ぶ。
奥から、はいはい、と声がして、腰の曲がった小さいおばあちゃんが顔を出した。
「どんなものをお探しで?」
「光術にも物理にも強くて、軽くて柔らかい布がいいなあ。値段は別に問わないよ。守りの光術はそれに合わせて持ってくる。腕のいい光術師が仲間にいるんだ」
おばあちゃんは、皺の奥の目をきらりと光らせた。
「そっちのお嬢ちゃん用かい?」
「うん。あ、でもせっかくだからオレもお揃いで新調しようかなあ」
「ほっほっほ。よい仲なのかね?」
「違うよ、クーちゃんはあたしの弟です!」
弟、という単語を主張した。
おばあちゃんは信じたのか信じていないのか、ほっほっほ、と笑っただけだった。
クーちゃんがこれまで使っていたケープを受け取り、おばあちゃんはしげしげと眺める。
「カウニスに、サヴの毛が少し混じってるね。光術防御がないようだが、大丈夫か? カウニスの物理防御は高いが、光術耐性がほとんどないじゃないか。しかも、この織り目は東のものだね。かなり独特だが……」
「首都にある店で仕立ててもらったものだよ。オレの恩人が餞別に仕立ててくれたんだ。もう3年以上前になるけど」
「どおりでずいぶんと使いこんどるわけだ」
おばあちゃんは、奥に向かって叫んだ。
「おい! あんた! あれ出してきな、最高級のヴァルミス織りがあったろう!」
「ヴァルミス?」
あたしが首を傾げると、クーちゃんが説明してくれる。
「ヴァルミスっていうのは、そうだなあ、グリフィンに近い生物だよ。知能が高くてね、光術を使えるものもいる。ごくまれにだけれど、人間と意志疎通して共に暮らす個体もいる。ヴァルミスの背に乗って空を駆け回るっていうのは、子供なら誰でも憧れるんだ」
「へえー」
「ヴァルミス織っていうのは、その生き物の毛を織ったものなんだ。ケープの素材としては、かなりいいものだよ」
グリフィンってことは、空を飛ぶんだろうな。どんな姿をしてるのかな。どんな骨格なのかな。
「……どんな風に、進化したんだろう」
と、そこであたしは進化という考え方自体がこの世界では異端であるという事実に重い至った。
でも、知りたいなあ。
見たことのない生物が、いったいどんな風に進化していったのか。いったいどんな環境に適応して体の形を変えたのか。その能力を変えていったのか。
例えば、翼のある哺乳類は鳥から進化したのか、それとも哺乳類になってから翼を得たのか。後から翼を得たとすると、そのベースは前肢なのかそれとも、もっと別の器官があるのか。
空を飛べるよう進化しなくてはいけないほどの環境の変化とは、いったい何だったんだろう。
ああ、わくわくする!
そうやって妄想の世界にトリップしている間に、注文は終わってしまったらしい。
クーちゃんはヴァルミス織りのケープに見合う、守りの光術リストをおばあちゃんから手渡され、ざっと見た。
「うん、大丈夫。2・3日中には用意するよ」
「驚いたな。ヴァルミス素材に臆さんのもそうだが、それだけの守りを2・3日で用意できるなぞ……何者だ」
おばあちゃんは目を丸くしていた。
正直、あたしもそう思う。この世界に来たばかりのあたしでも分かる。ルースも弟も、いろいろと感覚がおかしい。金銭にしても光術にしても、なんだかとってもずれている気がするのだ。
「守りの宝石を渡す時に寸法を測るとして、縫製はどのくらいでできる?」
「十日もあれば光術縫製しておこう。だが、3日後はグーリュネンの祭りがある。店も閉めるから、持ってくるならそれ以降にしておくれ」
ケープを注文し終えて店を出た。
日差しは全く和らいでいない……はやく夕方にならないかな。
なるべく日陰を選んで、店の際を歩いていると、突然、目の前に何かが転がり出てきた。
「いったぁー。いきなり、何すんねん!」
横の店から飛び出して、地面にお姉さん座りでへたりこんだのは先ほど分かれたばかりのララさんだった。
つくづく、騒がしい人だなあ。
「そんな事を言って、俺たちの店を乗っ取ろうっつー算段だろ! ふざけるな!」
「せやから、違うゆうてるやん。ダン商会の商品と流通経路を貸し出すだけで、別に店がつぶれるわけやない……」
「うるさい! グーリュネンから出ていけ、東のヤツは東に帰れ!」
バタン、と店の扉が閉まる。
けったいやなあ、とお尻の砂をはたきながら立ち上がるララさん。
と、彼女はあたしとクーちゃんに気付いた。
「……みっともないとこ、見せてもたな」
苦笑したララさんは、閉ざされた店の扉を見た。
「商売繁盛にはな、何よりもその町自体の活力が大事やねん。それは、うちとこの商会だけが発展しても無駄でな。みんなが一緒にがんばらへんと意味ないんよ。それを、みんなにも分かってほしいんやけど……あかんね。うちは言葉が足らんわ」
と、いきなり両手で頬を叩いた。
「さ、切り替えていこ! で、りーちゃん、クーちゃん。おそろいでお買い物? 何やったらうちとこの店、くる? 案内すんで~」




