不明の光化種(1)
濃いワインレッドのケープをふわりと揺らし、将軍は地面に降り立った。これだけの巨躯なのに足音がしないのは、何か特殊な光術を使用しているに違いない。
キルヴェス将軍の後ろからは、微妙な表情のキャンさんと、口元を手で覆ったマリルおばあちゃんがついてきた。
キャンさんの視線で、船の中で話していたことを思い出す。
――歌姫様が事実上、災厄児の配偶者である事を差し引いたとしても、共に行動することはお勧めしません。いつか露呈した時に、共和国の元首は厳格な措置をとるでしょう
見つかった。
見つかってしまった。
しかも、あたしはルースの腕の中で、通信はつないだまま。言い訳のしようもない。
目の前には大袈裟に鎮座する古代兵器、元の世界へ帰ろうとする歌姫、東へ入る事を許されていなかったはずのルースとクーちゃん、そして、ルースとあたしが真名で結ばれている事実。
どれもこれも、キルヴェス将軍が動くために十分すぎる理由だ。
「何から問えばよいものか」
将軍は、ため息でもつきそうな勢いでこぼした。
「ユルキスタ、お前はどこまで把握している?」
「えっ、何故、私が把握しているとご存じなのですか?」
あああ、もう、キャンさん墓穴……。
将軍にじっと見つめられたキャンさんは、ものすごーく目を泳がせた後、観念したように話し出した。
「ええと、これはおそらく古代兵器でしょうか。50年ほど前に放棄の街ユーカにて発掘されたものと酷似しています。ああ、発掘されたことは極秘事項ですが、将軍はご存知ですよね? 未発見の古代兵器がここに存在する事は知りませんでしたが、安置場所を鑑みるに王族が秘匿していたものでしょうね。だからルースさんがご存じだったと考えるべきです。なるほど、歌姫様が元の世界に戻りたがっていることはなんとなく感じておりましたが、このような手段で帰るおつもりだったとは知りませんでした。と言う事はこの光術機械は『吟遊詩人の方舟』だと断定してよいでしょうね。もっとも、これは把握していたわけでなく、現状からの推察です。なお、この古代兵器に関してですが」
「……ユルキスタ。お前は頭はいいが話が長いのが欠点だ。考察はいい、把握している事柄だけにしてくれんか」
キルヴェス将軍は呆れたように言った。
「ええと、それでは、簡潔に言いますとですね……古代兵器の事は知りませんでした。そして、ルースさんとクォントさんがこの場にいるとも思いませんでした。しかし――」
おしゃべりな共和国の研究者はそこでいったん、言葉を切った。
「……歌姫様とルースさんが恋仲だと言う事は知っていました」
裏切者ー!
あたしが目で訴えると、キャンさんは『これは私のせいじゃありませんからね!』と視線であたしに向かって返してきた。
「……なんであいつが知ってんですか」
ルースの怒りを含んだ声が上から降ってくる。
「ごめんなさい」
不可抗力です。目の前で通信してたら気付かれました。
素直に謝ったのに、あたしを抱きしめるルースの腕にはますます力がこもった。
痛い痛い、しまってる、しまってる!
「では私の役目はここまでいいですか? あの方がかの〈鬼才〉ギオン・メラルティンなのですよね? 私、非常にあの方に興味がありましてですね、どうしてもお話してみたいと思うのですよ」
「ああ、もういい。ユルキスタ、お前は好きにしていろ」
キルヴェス将軍があきらめたように手をひらひら振ると、キャンさんはいそいそギオンに向かって行った。
爆弾だけ落として行っちゃわないでよ。キャンさんひどいよ。
残されたのは、口元に手を当て、心配そうな顔をしたマリルおばあちゃんと、厳しい表情でこちらを見据えるキルヴェス将軍だ。
ルースはあたしを腕の中にしっかりと捕えたまま、クーちゃんは武装解除して無表情で向かい合っていた。
「まずは現状での問題点を挙げよう」
キルヴェス将軍が切り出した。
「まずは、ルース・コトカとクォント・ベイによる不可侵協定の破棄。これは重罪だ。が、本件については既知の問題であり、後程いくらでも、どうにでも出来ることだ。中央監査として、西地域での目覚ましい働きも聞いている。いったん置いておこう」
キルヴェス将軍は、話し合える、と言った。
いきなりルースとクーちゃんを断罪するような感じではなく、これまでの功績を加味してくれそうでよかった。
「つぎに、この古代兵器だが、これもユルキスタに任せよう。ギオンの所在も分かったところで、あいつに任せてもいい。地下道の探索は必要だが、それも後回しでいい。それよりも早急に重要なのは、リーネット、お前の存在だ」
どきりとした。
心臓が早鐘のように鳴り響いている。
ルースがあたしを離そうとせず、むしろますます離すまいと抱きしめるので、キルヴェス将軍が今、この瞬間、どんな表情をしているのか分からなかった。
「ルース・コトカ。他意はない、正直に答えてくれ」
「何だ?」
「リーネットと真名を交わしたのか?」
「ああ、そうだ」
ルースは間髪入れず答えた。
「……そうか」
将軍は苦々し気につぶやく。
「ヴァンの息子とイルタの娘が結ばれたのだ。これ以上に嬉しいことはない。個人的には心から喜び、祝福したいところだ、が――ユルキスタから、リーネットが広大な主記憶領域を持つことは報告を受けている。それをルース、お前が持つ意味は分かるな」
キャンさんから忠告を受けたことが現実になろうとしている。
「別に俺はこの世界を破壊したりしねーですよ」
先回りしてルースは言った。
「だが、絶対ではない。俺は三年前に起きたユマラコティ山脈での大虐殺を忘れたわけではない」
ユマラコティ山脈での大虐殺。信じたくはないが、革命直後、ユマラコティ山脈を越えて西の穀倉地帯へ逃れようとしたルースが、共和国からの数千の追っ手をすべて虐殺するという、災厄児の名を世に知らしめた出来事だ。
今のルースからは考えられない。
たとえ命を狙われても、ルースならもっと別の方法を選択しそうなのに。
それなのに、何故そんなことをしてしまったのだろう。
あたしを抱くルースの手が震えた。それは恐怖か、絶望か、それとも別の感情か。
「するかしないか、という意思の問題ではない。お前にその力があるという事が問題なのだ。個人が持つにはあまりに大きすぎる力だ。その存在が知られれば、国中が恐怖に陥ることになる。何より、万が一にでも力が暴走したとき、どうする? とても看破できるものではない」
災厄児として恐れられたというルース。あたしはその時代を知らず、実際に恐れられているところを見たわけでもない。
でも、キャンさんが言った――今のように、信用を盾に放置という事は出来ないと思います。それほどまでに彼の力は大きすぎる。
あたしはルースが絶対にそんなことしないと信じている。
でも、知らない人にとってはそうではないのだ。
「違うんだ!」
そこへ鋭い声が飛んだ。
はっとしてルースの力が緩む。
あたしはその隙に、あたりを見回せる程度にルースの腕を抜け出した。
「違う。あの虐殺を起こしたのは、ルースじゃないんだ……」
叫んだのはクーちゃんだった。
言葉の調子と裏腹にほとんど無表情で。
「あれをやったのはオレだよ。全部、オレだ。ルースはそれを隠すために遺体を焼いて、雪崩を起こして現場を埋めただけだ」
クーちゃんは無表情で、言葉も淡々としていた。
あえてあたしの方を見ないようにしていたと思う。
おそらく、驚愕に落ちるあたしの表情を見たくなくて。
「ルースが感情に任せて光術を暴走させた事なんて一度もないよ。いつだってルースは最後の一線まで冷静で、絶対に我を失ったりしなかった。だからあの時も、キレて暴走して皆殺しにしたのは、オレの方だ」
「クォント、それは」
「事実だよ」
ルースを遮った抑揚のない声から、クーちゃんの苦しみが伝わってくるようだった。
「だから信じろ、とはオレは言えない。だから、せめて」
クーちゃんが両手を広げると、その空間に現れたのは真っ黒なハイリタの光化種だった。




