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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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追いかけっこ(3)

 会議室に入り、扉を閉ざした瞬間、ルースは思い切り眉を吊り上げた。

「あのなあ、お前……中央監査っつーのは抜き打ちなんだよ。知られずに調査すんのが大事なんだっつの。あんな大勢いるとこで、俺たちの素性をバラしてんじゃねーよ」

「あ、やっぱ正解やった? おばちゃんの噂やから話半分に聞いとったんやけど、ホンマに男前でびっくりしたわ。な、ポスターの話、考えといてくれへん?」

 話が通じてない。

 ルースはますます眉間の皺を深くした。

 でも、女の子は全く気にしていなかった。

「あ、まずは自己紹介させてな。うちはララアルノ・ダン。気にしんと『ララ』って呼んでくれてええで! 名前のとおり、ダン商会の身内です。中央の人やったら分かると思うねんけど、ダン商会は東では一番大きい商会やと自負してます。それが何で西にいるかっちゅうと、共和国が成立してから3年たったし、だいぶ安定したやろうってことで今回、西にも手を伸ばすことになったんよ。グーリュネンにも一店舗、試験的に店だしとる」

 あとで買いにきてな~、と宣伝を挟みつつ。

「最初に、名前教えてくれる?」

 にっこりと、裏表のなさそうな笑顔で迫った。



「えーと、ルース兄さんにクォントさん、それにこっちのかわいい女の子がリーネットちゃんやね。で、クォントさんがりーちゃんのお兄さん?」

「弟です! クーちゃんは弟!」

 思わず机に乗り出す勢いで反論すると、ララさんはへにゃんと目尻を下げてあたしの頭を撫でた。

 細い指にはいくつか指輪が嵌めてある。もしかすると、ララさんも光術師なのかもしれない。

「リーちゃん、かわいいなあ。このまんま持って帰りたいくらいや」

「ダメだよ。りー姉はオレのだもん」

「つれない弟やな。しつこい男は嫌われんで?」

 ララさんは軽く流して、再びルースに視線を戻した。

「にしても、中央監査の光術師かあ。そりゃあ、そんじょそこらの光術師とはレベルがちゃうやろな。つまり、〈カメラ〉を作ったんはルース兄さんやんな? 3人の中で、光術師なんは兄さんだけみたいやし」

「……ああ、そうだ」

 ルースが渋々と言った体で返答した。

「作ったのは俺だが、提案したのも設計したのは俺じゃねーですよ。俺は本当に、素材の加工とコーディングをしただけだ」

 ララさんの瞳がきらりと光る。

「設計は、誰が?」

「オレだよ。それから、最初に〈カメラ〉が欲しいって言ったのはりー姉。オレもりー姉も、この世界の人間じゃないんだ。異海から落ちてきた。だから、この〈カメラ〉の概念もこの世界にはない製品ってわけ」

「異海から? 自分ら、異海人なん?」

 ララさんは目を丸くし、次の瞬間、爆笑した。

 苦しそうにしながら、ひいひいと笑い声を指の間から漏らしている。

 そんなに笑うことかなあ。本当なんだけど。

「ああ、悪い悪い。せやかて、異海人って……今日び、子供でも信じひんで」

 でも、あたしが元の世界で『あたしは実は宇宙人なんです』って言ったらこんな感じの反応になるかもなあ。

 この世界の人にとってはそのくらいの事なのかもしれない。

「でも、ほんとだよ」

 クーちゃんは穏やかに言ったが、それ以上問答する気はなさそうだった。隠すつもりはないけど、信じさせようという気もないようだ。

「まあでも、この製品がルース兄さん一人で作った訳やないっちゅうんは分かった。つまりは、合作なんやな?」

 笑いを納め、ララさんは一瞬だけまじめな顔をして、机の上で手を組んだ。

「実はな、西の交易に手をだすんは、市場を求めての事でもあるんやけど、それ以上に新しい製品を見つけたり、可能性を探したりするのが大きな目的やねん。たとえば、そこのお嬢ちゃんが見たことない製品を持ってるやん。首都に近い東ではそうでもないけど、西の田舎やと、個人の要求に特化した一個限りの製品を、を才能と技術ある光術師が個人で作成しとる場合がほとんどや。けど、それってもったいないと思わん?」

 熱意を込めて答弁を重ねるララさん。

 対するルースは非常に冷たい反応だった。

「思わん」

「兄さん、冷たいな! せめて最後まで聞いてや! ダン商会が西にきたんは、市場と、新製品と、それから新製品を生み出す人材を求めてのことや。たまたま最初にうちが見たんは〈カメラ〉やったけど、見る限り、他にもいくらでも作ってそうやんな」

 ララさん、鋭い。

 実は、上から下まで、叩かれると違法製品しかでてこないですよ。

「最終的なうちの結論としては――」

 ララさんは、ばん、と机を叩いた。

「きみら3人の作るものを、ダン商会の西方進出の要として買い取りたい」

「却下」

「はやっ! おかしいやん。うちがこんだけ力説してんねんから、もうちょい考えるとかしてくれたってええやん!」

「……この〈カメラ〉にしても他の製品にしても、クォントとリーネット、個人のために作ったものだ。他の奴にさわらせる気は一切ねーんですよ」

 とりつく島もないルースに、ララさんはぐぬぬ、と唇を噛む。

「そもそも、〈カメラ〉は高価すぎて製品化なんざ無理だ。一つ作ろうと思ったら、その辺の光術製品技師がコーディングで10人がかりで半年、素材だけで家が数件は建つ程度にはつぎ込んでんだ。ダン商会みたいに日用雑貨を扱う商会が、簡単に売り物に出来るようなアイテムじゃねーよ」

「家?! 数件?!」

 あたしは絶句した。

 このカメラって、そんなにお金がかかってたの?!

 手にしたカメラが急にずっしりと重みを増した気がした。

「もしかして、ルースってお金持ち?」

「そうだよ。別にルースもオレも、働かなくても別に困らないんだ。仕事してるのは、ただの趣味だよ」

「趣味で中央議会直属の監査て……それ、盲目的な共和国信者、特にキルヴェス将軍を信奉してるヤツらに殺されんで」

「いいんだよ、オレたちは。田舎担当だしね」

 クーちゃんはそう答えると、立ち上がった。

 ルースも静かに立ち上がる。

「話はここまでいいか?」

「うーん、そないきっぱり断られたら、誘いづらいなあ。何より、金で動かへんっちゅーところが厄介や……よっしゃ、今日のところは引き下がらしてもらお。でも、うちは諦めへんで! 覚えとき!」



 嵐のような襲撃が去って行った。

「なんか、すごい人だったね。元気いっぱい、って感じ」

「冗談じゃねーですよ。何の恨みがあるっつーんですか」

 ルースは完全に不機嫌になってしまっている。

 でも、あたしは少しララさんに興味を持っていた。口調、それに人の話を聞かない雰囲気、有無を言わせない話し方。なんだかとっても、元の世界の師匠に似ている。

 もう少し、仲良くなってみたいなあ。

 でも、正直にそういうと、ルースがさらに爆発しそうだったから、黙っておいた。


 と、ララさんが出ていった扉が開いて、先ほどの男性が顔を出した。

「終わったみてえだな。お疲れさん」

「ああ、こちらこそ、会議室を貸していただいてありがとうございました。助かります」

 ルースが軽く頭を下げた。

 あ、ルースって、目上の人にはちゃんと敬語も使えるんだ。

 何となく見直した。

 というか、あたしもルースをバカにしすぎなのかもしれない。

「ダン商会の針鼠(ヒーリ)娘は、3か月ほど前に東からやってきて、この街を拠点にずいぶんと勢力を広げてるらしい。店を増やすのも、仕入れ先を交渉するのも、ほとんどあいつだ。急激な変化だったからな、敵も多い。ま、性格的に味方も多いがな」

 国営ギルドで一番偉いだろうおじさんは、頭をかいた。

「中央監査であることを触れ回られるのは、正直きついですが」

「ま、分別はある娘だ。触れ回ったりはせんだろう」

 その人は、そこで手を差し出した。

「紹介が遅れた。グーリュネンの国営ギルド長、コレント・サヴだ」

「中央議会から派遣された、光術師のルース・コトカです。こちらは同じく中央監査のクォント・ベイです。よろしくお願いします」

 ルースはにこやかに笑って握手を受けた。

「とはいえ、今のところ、中央監査の方に調べてもらうような事件は……ああ、一つだけ、困っている事件があったな」

 コレントさんは、ぽんと手を打った。

「グーリュネンの傍に、同名の山があるんだが……まあ、少し不思議な現象が起きていてな。『神の怒り』などと言われている。町で三日後に大きい祭りがあるんだが、それまでに何とか解決できんもんだろうか」


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