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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第四章 不明の光化種
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無敵(2)

 抱き上げられ、頬に当てられた手が熱い。

 あたしは瞬きすることも出来ず、目の前に現れたルースを呆然と見ていた。ギオンを閉じ込めた炎の光術の明かりで、顔に影が落ちている。

 表情が読めなくて、あたしは呆然と呟いた。

「ルース、なんで、どうして、もう、さよならって言ったのに」

「あんな最後で別れられるか」

 青風信子石(ブルージルコン)みたいに綺麗な目が、あたしをまっすぐに見つめていた。

 恐ろしく整った顔が無表情を貫いていた。

「……怒ってるの?」

「当たり前じゃねーですか。あんな言い逃げ、許されるとでも思ってんですか」

 言い逃げ。

 そうだ、あたし最後、ルースと通信して、言いたいことだけ言って……!

 一方的に告白したことを思い出して、ぼん、と頭の芯から熱くなった。

「だって、最後だと思ったんだもん。だからどうしても……言わなくちゃって……」

「俺の話は聞かずに? 返事も聞かずに?」

 あたしは口をつぐんだ。

 吐息がかかるほどに近いのに、青風信子石(ブルージルコン)から目が離せない。

 ルースの指先が触れる頬が熱い。感じる吐息も熱い。

 何もかも、熱い。

 でも、今すぐにでも逃げ出したいのに、心はその先を望んでいた。

「リーネット」

 ルースの声が柔らかな響きを帯びた。

 鼻先が触れる。

 もう距離はないも同然だ。

 心臓の音が耳元で鳴り響いている。ルースに聞こえてしまうんじゃないか、って心配になるくらいの音を立てて拍動している。

「返事、いるのか?」

 どうすることも出来ず、小さくうなずいた。

 そして静かに目を閉じたら、待ちきれなかったように唇に熱い感情が押しあてられた。


 まるで噛みつくような熱いキス。

 言葉より何より先に感情が伝わってきた。

 以前、主記憶(メモリ)上にルースがプロセスを展開した時に感じた、炎の光素で胸の内を蹂躙されるような感覚。

 あの時に似た感覚で、ルースの感情が流れ込んできた。

 頭の芯からとろけてしまいそうな熱に支配される。

 息が出来ない。

 まだ、彼がこの場に存在する事さえ現実味がないのに、彼の持つ熱さが無理やり現実に引き戻してくる。脳髄がしびれるような感触が唇から直に伝わってくる。

 一度、唇が離れて額がコツリと当たった。

 あたしは息を整えながら、涙を目にためながら、ルースを見下ろした。

「……ルース」

「リオン」

 あたしの本当の名前を呼びながら、大好きな人が笑う。

 本当に、こんな子供みたいに笑うんだ。

 それが嬉しくて仕方なかった。

 おなかの底がくぅっと持ち上がるような感覚で、胸がいっぱいになった。

 意味もなく、涙があふれ出た。

 ルースはあたしの目元に口づけて、舌で涙をすくう。

 その感触のくすぐったさに口元を緩めたら、再び唇を塞がれた。

 心がつながっているのを感じる。お互いの光素を循環させて、境界も分からないほど。まるで一つになってしまったみたい。

 もう何も考えられない。

 怖いよ。

 全身をルースの存在に支配されて、どうにかなってしまいそう。

 今いる場所も、すべきことも全部忘れてルースの事だけを考えてる。

 もう一度会えるなんて思ってなかったから。心が通じる日が来るなんて思ってなかったから。

 全部、あたしの勘違いのまま終わらせるつもりだったのに。


「愛してる」

 何度も何度もキスした後、ルースはあたしの目を見て、そう言った。

 もう分かってるよ。

 言葉にしなくたって全部伝わってきたよ。

 安易に感情を光素に変換しないよう、自分を厳しく律してきたルースが、これだけあたしを全力で愛してくれたのだ。伝わらないはずがない。

 あたしも気持ちを全部込めて、ぎゅうっと抱きついた。

「素直なお前は本当に可愛いな、リーネット」

 ルースがそう言いながらあたしの背中をぽんぽん、と叩いた。

 そんな言い方しないでよ。

 恨めしく目を向けると、ルースは心から楽しそうに笑っていた。

 ダメだ。

 反則だよ。

 ずるすぎるよ。

「……なんでミルッカさんの振りしてたの?」

「そりゃ、そのままの姿じゃ山脈を越えらんねーからな。ザイオンに頼んで呪術クラスの〈具象級〉光術で姿を変えてもらってたんだよ。真名でないと解けないからな、お前に会えなかったらヤバかった」

「ヤバいって?」

「一生、あの姿だったってことだ。ミルッカ・アララギの影武者として生きることになったろうな」

 なんてこと!

「謝ってー! 今すぐミルッカさんに謝って!」

 悲鳴のような声でそう言うと、ルースはまた笑った。

「会えたからいいじゃねーですか」

「よくない!」

 地下で会った時にはもうミルッカさんじゃなくてルースだったんだ。だからやっぱり、ミルッカさんにしてはちょっと乱暴だなと思ったんだ……!

 ルースはそこで、ギオンを閉じ込めた炎の柱をちらりと見た。

 少し勢いが弱まっている。

 もう時間がないかもしれない。

「リーネット」

 ルースがあたしの目を見て、今度は小指を差し出した。

 もしかして。

「大事な約束をする仕草なんだろう? お前の世界では」

 意地わるそうに、にやにや笑いながら。

 あたしが騙したこと、ちょっと根に持たれてるかも。

「そうだよ」

 そうだけど、違うんだよ。

 あたしは一瞬、躊躇した。

 でも、これは無理だ。あたしの負け。

 いない間もルースの事を思い出して、ピンチになったらルースが来てくれるって思いこんで、最後にはルースが来てくれて心から安堵してしまったあたしの負けだ。

 あたしは知ってしまった。

 この世界における小指の意味を。

 そっと、ルースの長い指にあたしの小指を絡ませた。

 ちらりと見ると、ルースは楽しそうに笑っている。

 全部思い通りで悔しい。

 そう思って唇を尖らせたら、ついばむようにキスされた。

 頬がかあっと熱くなる。

 もうダメ……抵抗する気も起きません。

 絡めた小指をそのまま、握りしめるように手をつないだ。指が絡まって掌が温かくなる。手の熱も全く不快じゃない。

 この熱は、災厄児と呼ばれ、ひどく抑圧された環境で育ったのに、驚くほど真っすぐな気性を得たルースの魂そのものが持つ熱だ。

 これまで生きてきた道のりが育てた心根も、これから生きていくであろう道を選ぶ意思も。

 この人の持つ、全てが好きだと実感した。

「約束しろ……もう、どこにも行くんじゃねーですよ」

 それでも、ルースの言葉に返答はできなかった。

 いつも一番にあたしを助けてくれた、あたしのヒーロー。優しい手であたしを撫でて、大丈夫だって何度も繰り返してくれて、もっと甘えろって叱ってくれた。

 本当は、隣にいたかった。

 あなたと一緒に生きていきたかった。どんな選択をしていくのか、見ていたかった。

 全部終わらせて、決心して、ここまで来たはずなのに、また迷ってしまうじゃないか。

 異海を渡る方舟は目の前にあるというのに。

 一緒に生きよう、って言ってしまいたくなってしまうじゃないか。


 でも――


 西の都オウルを出た時に一度切れてしまった通信が再びつなぎ直される。あたしの中に、ルースの操作するプロセスが展開されていく。

「大丈夫だ、リーネット。お前がいる限り、俺は無敵なんだからな」


 ――無敵だからこそ、あたしはあなたの隣にはいられない


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