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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第四章 不明の光化種
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首都ヘルシンガ(3)

 次の日、聖司教様と会った時にじぃっとその姿を見つめてみた。

 確かに周囲に分厚い光素を纏っているみたいだけど、それが祝福なのか、意図的な光術なのかあたしには判別がつかなかった。

 でも確かに、纏う〈紡〉の光素以上に、〈水〉の光素が凝集して壁のようになっているのが見える。鏡みたいに、ってオンちゃんが言ってたから、幻の姿を映す光術は水の系統なのだろうと思うけれど……

「どうされたのですか、歌姫様」

 目を細めて観察するあたしに、聖司教様は可愛らしく小首を傾げてみせる。うん、やっぱり小さな女の子に見えます。ごめんね、オンちゃん。

 でも、あたしにはそう見えなくても、オンちゃんが言うなら聖司教様は姿を偽っているのだろう。あたしは弟を心の底から信用しているのだ。

 それでも聖司教様を変な目で見るのは失礼だよね。

「何でもありません。ごめんなさい、聖司教様」

 確かに、この年頃の女の子でオンちゃんに興味を持たないのは少し変わっているかもしれないけど。

「さあ、参りましょう、歌姫様」

 昨日と同じように手を差し出した聖司教様だったけれど、オンちゃんが阻んだ。あたしの頭の上に乗っかったオンちゃんが、わん、と鳴いて威嚇したのだ。

「私は歌姫様の護衛のハイリタに嫌われてしまったのでしょうか」

 物憂げな表情で頬に手を当てているところも、女の子にしか見えない。

 仕方ないなあ。

 あたしは聖司教様に謝り、オンちゃんを、めっと叱った。そうすると、子犬の耳がしゅんと垂れるのが可愛い。

 悲し気な表情の聖司教様は、ほう、とため息をつくように言った。

「仕方ありませんね。〈紡〉と〈断〉はあまり相性がよくありませんから。私と〈断〉の光化種は反発するのでしょう」

「そうなんですか?」

「ええ。お互いの光素が打ち消し合うので、潜在的に避けてしまう事があるのではないか、と言われています……もっとも、光術学的な根拠は一切なく、女の子の占い程度のお話ですけれど」

 くすくすと笑いながら聖司教様は続けた。

「〈紡〉と相性がいいのは〈炎〉です。神話のお話でも、炎の神獣と紡の神獣は仲がよいでしょう? 〈風〉と〈雷〉もそうですね。共に循環を作り上げた神獣同士です。同じように、〈水〉と〈断〉も同時に扱う事が多いのですよ。それと反対に、炎と水、紡と断は互いを打ち消し合う関係にあり、あまり仲がよくないと言われていますね」

「そうなんですね」

 確かに、防御光術に使われるのは主に〈水〉と〈断〉の光素だ。その二つは相性がよさそうなのはよく分かる。攻撃は〈炎〉と癒しの〈紡〉は互いを補い合うし、自然を操るというよく似た特製を持つのは〈風〉と〈雷〉。

 それぞれに特徴があるようだ。

「同じように占いであれば、それぞれの属性の光術師の性格もよく揶揄されますね」

「性格?」

「はい」

 聖司教様は教会の廊下を歩いて聖堂に向かいながら簡単に教えてくれた。

「例えば、攻撃に徳化した〈炎〉の光術師は単純明快で真っ直ぐな気性の方が多いと言われます。炎のように熱血だとも言われますね。防御に優れた〈水〉の光術師は穏やかで知性的、思慮深いとよく言われます。走駒(シャッキ)でも、最も冷静に状況判断し作戦を立てるのは水の光術師です」

 炎の光術師、と言われて思い浮かんだのはリーダーだった。単純明快で、真っ直ぐ。うん、確かにそうだ。

 水はザイオンさん。知性的、かは分からないけれどとても冷静な判断が出来る理知的な人ではあると思う――見た目を気にしなければ。

「風の光術師は非常に自由な感性の持ち主です。ですが、一度心に決めた主にはとことん尽くすという一面もあります。雷の光術師は普段はもの静かな方が多いのですが、怒らせるととても怖いと言いますよ」

 あたしは雷という単語でカイくんを思い出していた。普段は、普段はもの静か? どのあたりが?

「〈紡〉の光術師はマイペースで穏やかな気性の持ち主です。歌姫様もそうですが、神職に最も向いているのは紡の光術師だと言われています。そして、〈断〉の光術師は、そうですね、凝り性で変わり者、と言われますね。研究者には断の素養を持った光術師が多いと聞きます。例えば現在、共和国の正断駒と国立光術研究所の所長を兼任しているキャン・ユルキスタ将軍もそうですし、かの『鬼才』ギオン・メラルティンもそうであったと聞いています」

 断はちょっと変わり者……たぶん、オンちゃんの主成分は断だから、クーちゃんも必然的にそうだと思うんだ。うん、きっとそうに違いない。

 変わり者の研究者肌な弟にぴったりだ。

「いずれも何の根拠もない、経験則ですけれど。第一印象を決めるのに、覚えておいても楽しいかもしれません」

 根拠がない、ってことは、血液型占いみたいなものなんだろう。

 なにより、あたしの経験にも少しばかり符合するのがすごい。

 ミルッカさんが炎の光術師って事は、ああ見えて猪突猛進な部分があるのかな、とか。ララさんは何の属性だろう、とか。メリィは水の光術師だからやっぱり賢いよなあ、なんて。

 これまで出会った人たちを思い出しながら、あたしは綻んだ。


 しかし、のんびりと聖司教様と話していられたのは早朝のお祈りの前だけ。

 明日から大変ですよ、とキヴァさんに言われたとおり、あたしはあっと言う間に巻き込まれた。

 教会関係の人たちだけでなく、教会への寄付が多い出資者だとか、町の有力者だとか、何かにつけてあたしに挨拶にいらっしゃるのだ。

 偽物とは言わないけど、にわか歌姫のあたしに取り入ったって、何のいいこともないのにね。

 純粋に『歌姫』が好きな方もいらっしゃって、それは嬉しいことでもあるのだけれど、歌姫様に取り入ろうとしているのがミエミエの人もいて、面倒になってしまった。

 もちろん、必要以上に近づこうとした人はオンちゃんに弾かれ、余計な贈り物をしようとした人は見つかって中央聖堂への寄付として没収され、歌姫の加護を無理に得ようと迫った人は聖司教様の取り巻きによって連れ出されていった。

 加護の意味も分からないまま、ここまで来てしまった。

 だけど、例えばもし、共和国に加護をくれって言われたら、あたしはどうしたらいいんだろう。

 あたしの感情的には、すべての加護をリーダーとクーちゃんの元に置いてきてしまったのだ。オンちゃんを除けば、あの二人以上にあたしが加護を与えたい人なんてこの世界には存在しない。

 たとえそれが共和国の元首だったとしても感情的には無理だろう。

 断れるならいいけれど、もし断る事が許されなかったら――

 でも、その事について考えていたら、眠くなっていつの間にか眠ってしまっていた。



 次の日、共和国の中央議会へのご挨拶当日。

 昨日採寸してお直ししてもらったばかりの服が早朝には部屋に届けられた。

 きっと夜なべして繕ってくれたんだろうな……担当してくれたオウルのシスターさんに心の中でお礼を言う。

 聖司教様が着ているような純白の衣装に、金糸で刺繍が入っている。タペストリーでもよく見るこの文様にはきっと、宗教的な意味があるのだろう。襟首には多くの宝石が縫い止めてあり、その宝石一つ一つには何か光術が込められているのがわかった。その光術が何なのか、あたしには分からなかった。

 翠玉(エメラルド)が多いから、水の光術――つまりは防御光術が多いのだろうという事くらいしか分からない。

 しかも、この服に着替えてしまうと、クーちゃんとお揃いでかってもらったケープが着られない。着られない事はないけど、ちょっと合わないからファッションセンスのないあたしから見てもカッコ悪い。さすがにケープを着る事ははばかられた。

 あたしに残るのは額のヘアピン、リーダーにもらった防御光術だけ。

 これも外せって言われたらどうしよう……でも、これだけは外したくない。これがあるだけで、リーダーに守られてる気がするから。

 さりげなく髪の中にヘアピンを隠しながら、あたしは部屋を出た。


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