追いかけっこ(1)
「暑い……」
思わず口から愚痴がこぼれた。
この地域はとても乾燥している。どうやら、日本のように温暖湿潤ではなく、プレーリーのように単層の草原が広がる穀倉地帯。昼夜の気温変化が大きく、夜は寒いのに昼は暑い。蒸し暑さでなく日差しが痛い、典型的内陸気候だ。
陽炎の立ち上りそうな凶暴な日射の下、あたしたちはグーリュネンという町に向かっていた。
このあたりでは最も大きな町らしく、多くの商店が軒を連ねているという事だった。
あたしは元の世界に戻る手がかりを探して大陸の果てにあるという大きな研究所を目指すつもりだ。
しかし、カメラの制作にかなりの素材を消費したとの事なので、その供給と、あたしの生活用品の入手のために立ち寄ることになったらしい。
あたしが乗っているのは、馬のような鹿のような、変な生物だった。馬のようにしなやかでたくましく、でも額にはねじ曲がった角が二本はえている。
この世界で馬のような位置に納まるこの生物は『カウニス』と言うらしい。最も、身体能力は高いが気性が荒いので、この辺境の地以外では、馬の方が一般的だと言っていた。
そう、うすうす感づいてはいたが、このあたりはルースたちの属する〈ハーヴァンレヘティ共和国〉の西の果て、国の穀物庫とも呼ばれるようなド田舎らしい。
つまり、ルースと弟のクーちゃんは、ド田舎に派遣された国家公務員――あれ、それってすっごい窓際な感じじゃない? 二人とも、出世街道からはずれちゃってるんじゃない? ホントに大丈夫?
宿での支払いやこの旅の行程を見る限り、二人がお金に困っている様子はなかった。だから、窓際族にも割と支払いのいい国なのかもしれないけれど。
そんなあたしの心配を余所に、見た目だけカッコいい残念な王子様は、カンストレベルの光術師らしいのだ。確かに、この間出会った悪者の光術師とは比べものにならない強さだったけど……口の悪さと好き嫌いのせいで、簡単に信じることができない。
さらに、不思議な事はいくつもある。
たとえば、荷物。
見る限り、ルースは腰に下げてる小さなポーチと両手のじゃらじゃらした装飾品以外、手ぶらだ。弟も、ノートパソコンくらいのサイズの黒いメッセンジャーバッグを下げているだけだ。どこにお金を持っているんだろう。それも、支払いに使っていたのは紙幣じゃなく金貨や銀貨だったから、かなりかさばると思うんだけど。
その上、二人とも毎日着ている服が違う……気がする。毎日似たようなデザインだからちょっと自信ないけど。
いったいどこに荷物を隠し持っているんだろう?
手綱をとる弟の腕の中にすっぽり収まったまま、栗毛のカウニスの背に揺られ、あたしは首を傾げる。
「どうしたの、姉さん。なんか難しい顔して」
頭の真上から弟の声。
その度に、小さい自分が嫌になる。弟は5年でこんなに大きくなったのに。
あたしも5年たったら、もっと大きくなれるかなあ。もう胸はいいんだよ。十分。ほんとは身長が伸びてほしいの!
身長と裏腹に先に育ってしまった胸を見下ろして、ため息。
「クーちゃんもルースも、ぜんぜん荷物持ってないよね。どうして?」
ストレートに問うと、ルースがちらりとこちらを見た。
なぜ?
弟は、声を潜め、あたしの耳元でぼそぼそとささやく。
「ルースが作った〈四次元バッグ〉のお陰だよ! 違法商品だから、大きな声では言えないけど」
低めの声が耳元をくすぐり、あたしは少しだけどきりとした。相手が弟だとわかっていても、ちょっと近すぎると思う。
それに、あたしが知る弟の声は、変声期前だったから、不思議な感じ。
「違法って……それを取り締まるのが二人の仕事じゃないの?」
「そうなんだけどね。だから、内緒」
笑いながら、弟は自分が肩にかけていたメッセンジャーバッグをあたしに渡した。
シンプルなデザインのバッグは、留め金に大粒の宝石がついている。桃色の宝石はあまり見たことがない。薔薇輝石かな?
「実際は四次元空間じゃなくて、首都近くにあるでっかい倉庫に繋がってるんだ。だから容量に限りはあるよ。空間をねじ曲げて、つないでるだけ。で、倉庫側には使用者の求めるものがこの鞄の入り口に近くなるようなソート処理を設置してあるんだ」
「ふーん」
いまいち理解できなかったけど、四次元バッグと言うより、とりよせカバンに近いようだ。
「で、どこが違法なの?」
「ええと……光術って、普通は動かないようロックがかけてあるんだ。誰でも使えたら、たとえば何も知らない子供たちが使えちゃったりしたら危ないものも多いからね。どんな小さな製品でも必ず、ロック解除しないと使えないようになってるんだ」
「これはそのロックがないってこと?」
「うん。この宝石に、ロックのかかってない常時展開型の具象級プロセスが入ってる」
……だめだ弟の言葉が半分以上わからない。
「つまり、光術を使うための安全装置がついてないから、違法なんだね?」
適当にそう解釈すると、クーちゃんはにこりと笑った。
「そうそう。ちなみに〈ライトセイバー〉もそうだよ。オレが光術を全く使えないからさ、ロックの解除がいらないように、ルースが特別に作ってくれたんだ」
ああ、それならわかる。
あんな武器が誰でも使えるのは怖い。取り締まろうとするのは当然だろう。
なるほど、光術製品には安全装置が必要なのか。
「じゃあ、ロックの解除をするのも光術が必要だってこと?」
「うん。この世界に住む人たちはみんな、誰でも、子供でも大人でも、必ず光術が使えるはずなんだ。程度の差はあるけどね。得意な人が光術師って呼ばれたりするんだ。ただ、異海から落ちてきたせいなのか、オレが特殊なだけ」
「でも、あたしは使えるんだよね」
「それが不思議なんだよねぇ」
のんびりとしたあたしと弟の会話を聞いていたルースが、頭痛を催したように額に手を当てる。
「おい、クォント、リーネット。そんな会話、絶対に町中ですんじゃねーですよ。違法製品なんて持っていれば、中央監査だろうと何だろうとあっと言う間にお縄だからな。そうでなくとも、光術が使えるだの使えねーだの、面倒な人間に聞かれたらそれまでだ」
「はぁーい」
弟の間の抜けた返事に、ルースは大きくため息をついた。
到着したグーリュネンの町は、とてもにぎやかだった。
舗装はされておらず、白っぽい砂を踏み固めただけの道路。そこを鹿のような馬のような『カウニス』が引く馬車が通り、人々もたくさん行き交っている。
借り物だった二頭のカウニスを町の入り口で返却し、あたしたちは町に歩み入った。
最初に迎えてくれたメインストリートの左右は商店が並び、武器や防具、日用品、服に靴と食料品など、いろいろなものを売っているようだった。
そして何より。
「宝石屋さんだ!」
多くの女の子のように――とは言いがたいけれど、あたしは宝石屋が大好きだ。
何しろ、宝石は鉱物で、鉱物は石だ。岩石だ。
その土地の地質を知る上で、欠かせないものなのだ。
あたしはすぐに宝石屋のショーウィンドウに駆け寄った。
「うわあ、うわあ、大粒のペリドットだ! それにこっちは桜石! 嘘みたい、すっごいきれい……」
すると、後ろからルースがすっ飛んできてあたしの頭を後ろから叩いた。
「早速目立ってんじゃねーですよ」
ちょっと最近、ルースがあたしに足して遠慮なさすぎる気がします……。
叩かれた後頭部をさすっていると、不意に通行人の一人が立ち止まった。
ぱちり、と目が合う。
いや、目が留まったのはあたしじゃなく、あたしの手に収まっているカメラかな?
立ち止まったその人は、あたしに詰め寄ってきた。
「ね、ね、ね、それ、なんなん? そんな商品見たことないんやけど……光術製品やんな?!」
そばかすの散った、元気そうな女の子。あたしと同い年か少し年上に見えるその少女は、中の見えそうなミニスカートを気にもせず、大胆にしゃがみこんだ。癖のあるオレンジ色の髪を高い位置に束ねてポニーテールにしている。
快活そうな印象どおり、はじけるような笑顔を見せた。
「うんとね、これは〈カメラ〉って言って、景色とか人とかの画像を保存できる機械だよ」
そういうと、少女はきょとん、と目を丸くした。
が、すぐににぃっと笑う。
「なんやそれ。儲け話のにおいがする」
少女は立ち上がった。
小柄なあたしより頭一つ文大きい。それに足が長くて顔が小さくて、モデルさんみたい。
「うちは、ララアルノ・ダン。そこで店出しとる、ダン商会の身内や。その製品、ダン商会で売ってみいひん?」




