楽園の果実
エポニーヌと僕がエクス中心街に入ると、予想通りに街の街頭はオレンジ色の暖かな光を辺り構わず撒き散らし、片付けに入っている露店のリンゴとホワイトアスパラを同じ色に演出していた。
「あそこにしましょう!」
とミラボー通りに大きくせり出すプロヴァーナという立派なビストロをエポニーヌが指差した。
その指は細く長く、エクスの暖かな街頭で何色がわからないマニキュアが塗られていた。
そうしようと僕は頷き、最愛の人をエスコートするようにエポニーヌの手を取りビストロの扉を開けてエポニーヌを店内に誘導した。
その行為を全面的に受け取ったのだろう、エポニーヌは店内に入るとエスコートした私の左手を両手で包み、二三度手の中で揉んで微笑した。
店内の一番端のテーブルに僕たちを給仕が案内して僕がイスを引くとエポニーヌはレストルームに行きたいと言い給仕に案内され歩いていった。僕は引いた椅子に座りボーッとテーブルの上のナプキンを眺めた。
すると突如一種の陶酔感に包まれた。その陶酔感にひたりながらエポニーヌをたぶらかしている自分を考える。なにか熱烈な賞賛に包まれているような気がしてきた、女性を夢中にさせるという点においては存分にポテンシャル以上のものを発揮しており、自分という人間が体の方々から、二度と見られないような素晴らしい光を放ち、豊満で甘美な男性としての魅力を発散しているように思えた。
今日僕は彼女と寝るのだろうか。父を帰らせ自由になり、出会ってから僕への好意を裏刺繍のようにに時折チラとみせるエポニーヌと寝るのだろうか。
僕には彼女を好きになる理由はなかったが、彼女と寝る理由はたくさんあった。エクスでの高揚している初日の一番楽しい夜、そしてそこに現れた美女エポニーヌ、彼女が僕に送る熱い好意、これから2人が沢山空けるであろうワインのボトル、そして夜になれば若者は愛を語るイタリア人になる。
これらを考えればどんなバカであろうと朝に2人は神の隣の家の、まだ幾分埃っぽいベットで目を覚ますことは分かる。
僕はエポニーヌとは一晩だけの関係になろうともかまわなかったし、なにせ恋愛感情はとうの前に冷めてしまっていたから、彼女が明日からいくらせがんでも、この夜が最初で最後の夜になることを僕は分かっていた。
僕はこのときレアと出会ったことがずいぶん前で何日も前の出来事で、ずいぶん前からレアを好きでいたような錯覚に陥っていた。
僕はエポニーヌがレストルームからこちらに歩いてくることを確認して席を立ち、イスを引きエポニーヌに微笑んだ。
私の肩に軽く触れ席に座ると私も自分の席に座り、懇切丁寧にこのディナーを君と一緒に過ごせることをどれだけ幸せで嬉しいか、そして今日という奇跡的な運命的な出会いの日が2人にとって記念になることを語る。
エポニーヌは頬を赤らめ伏し目で、
「あなた本当に口が上手ね。わたし、まだワインを口にしていないのに酔っちゃいそうよ」
「それじゃあ食事をしようか、実は君の好きなものを想像して幾つかは頼んであるんだ。ワインも頼んである。」
僕は彼女がレストルームにいる間に、彼女の好みだろう料理を頼んでおいた。彼女は退屈な教会での祈りに疲労していただろうし、なんだかんだで距離も歩いたのでお腹は空いてるだろうとおもったからだ。
そして彼女の好みがわかっていたのは、彼女の標準的なフランス語はパリの育ちからくるものだ、なぜならフランスという国はパリから少しでも出ると多種多様な訛りになる。標準的なフランス語を話すということはそれだけでパリの人なのだ、だから料理も主に首都パリの趣向にそって頼めばいい。
僕の手回しを、飲み込むように笑うエポニーヌの表情は恍惚にも近いものがあった。
カトラリーとワインが運ばれワインの説明が始まると、ランチと同じ光景に軽いデジャヴを僕は感じてまたレアを頭に浮かべた、レアはおそらく今もディナーの客を相手にこうやってワインの説明をしているのだろうか。
ワインが注がれると僕はレアを頭から追い出してエポニーヌに笑顔をむけグラスを持つ、
「今日の出会いは雨と影だ、出会うことのない2つが出会うありえないことだ。でもそれが起きたのだからこれは奇跡としかいいようがない、この奇跡の出会いに」
エポニーヌは笑って
「雨と影に!」
僕とエポニーヌが小さなロゼグラスを、あっという間に空にするとウェイターが慌てて次を注ぎにきた、僕たちは目を見合わせて笑った。
その後は、料理を楽しみ、慎ましい話からどんどんと飛躍し互いを知っていったが一点してエポニーヌに対する僕のスタンスは変わらず、お酒がはいるにつれてエポニーヌという果実を抱きたいという気持ちはおおきくなっていった、オブラートに包んでいた愛の言葉も次第に直接的になる。
ボトルを1本と半分程あけた頃には顔を突き合わせて僕は「愛してる」とエポニーヌに囁き、エポニーヌは嬉しそうに「誰にでも言ってるくせに」と返していた。
二時間ほど食事を楽しんだだろうか、夜は9時近くになり外では人々が屯して楽しそうにしていた。
「そろそろ店を出ようか。エーヌ(エポニーヌ)、店を変えるかい?」
「そうね!ナアン(ナギが砕けてこうなったもの)名案よ!次にいきましょ!」
僕とエーヌは店をでて、ミラボー通りをロトンド大噴水の方へ向かった。ミラボー通りはまだ活気あふれベンチや石造りの階段には若者らが身を寄せ合って楽しそうに騒いでいる、大きな街頭も小さな街頭も全てがなにかを暗示しているかのように暖かく光り、噴水の色は街頭の色となりシャンパンが吹き出しているようだ。
ロトンド大噴水をみながら僕がエーヌの肩を片腕で抱くとエーヌはうっとり嬉しそうにシャンパンのような泡立つ水をみて鼻歌を歌っていた。
僕は片腕を肩に回し、エーヌは僕の腰あたりに腕を回しながら歩くとエーヌの髪の芳醇な果実の香りが僕の鼻を急襲し、僕はその場でエーヌの唇を奪いたい衝動にかられた。エーヌがしばしば、うつろに見つめてきたり僕の顔を触ったりキスのトリガー(引きがね)を作っているが、僕はそれをあえて引かずにいたのでこの時はグッと視線を逸らしその衝動を押さえ込んだ。
二件目の店はギャルソンの近くにある、
フェンメ•ア•デクヴィア(見つける女)というバールに入った。カウンターに2人で寄り添って座り、同じワインを頼み一件目と同じように
「雨と影に!」
とグラスを掲げて、一気に飲み干した。
この形がエーヌは気に入ったらしく、私の肩に額をつけて笑っている。
「わたしが雨?ナアンが雨?」
「僕が雨さエーヌ。君は影だよ、君というか男にとって女性は影のようなものなんだ。」
「あら、どうして?その答えが女性蔑視だったらあなたの頬をつねるわよ!」そう言うとフフフ…とエーヌは笑う。
「男にとって女性が影っていうのはね、男が逃げれば追いかけてくるし、男が追いかければ逃げるからさ。」
「なるほどね!手に入らない思い通りにならないってことね、でもね本当にその人がいい男なら逃げないわよ、どっちの意味でもね。」エーヌは僕の頬を細い指で這わせた。
僕は誘うようにエーヌの唇を見た。
「君は逃げる影なのかなエーヌ。それとも雨の僕からなら逃げないのかな。」
「ためして、みる?」
今度はエーヌが僕の唇を見る。
興奮している僕にはこのトリガーを引かないことは不可能だった。
僕が果実香るキレイで柔らかな髪を触るとエーヌは音のない吐息を漏らし、そして顎を持つとエーヌは目を閉じ口元を自然に緩ませた