表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第三話 『戦いの理由』

 色とりどりの花が咲き乱れる前庭で、二人の男が向かい合っている。一人は鹿野四郎忠正。

体躯は良く引き絞られてはいるが、その背丈はおよそ五尺五寸(166センチ)

戦いに臨むには少々心もとない体つきである。


 対して闖入者である流麗な男は六尺(181センチ)を越える上背である。

その上、何の条理か、その肩には彼の身の丈ほどもある両刃剣を軽々と担いでいる。


 背丈で負け、得物の長さでも負けている。これは戦いの道理で言えば非常に不利だ。


 なにせ忠正がどんなに踏み込んでも、その切っ先が届くのは

二尺五寸(75センチ)に腕の長さを足したほどなのだ。

身体を大きく前傾させて刃を突き出して、ようやく相手の刃渡りを越える程度だろう。

相手に致命打を与えるには深く相手の懐に潜り込む必要がある。


 しかし、やれないことはないと忠正は考える。所詮得物が長いだけの相手だ。

力もあろうがその程度。そういった手合とは何度も剣を交えたことがあるのが忠正という男であった。


 だが、未だ彼の切っ先は揺れたまま。

迷いを生んだ彼の剣が、目の前の偉丈夫に届くかどうか。


 そういった逡巡を見抜いてか、相手の男は大笑し、


「エレノワリオ騎士団筆頭ォ!」


 高らかに名乗りをあげる。


「“琴引き”アウグスタ=ムリエマ・イディウム・マモームゥ! 推してぇ、参るぅ!」


 肉厚の大剣を暴風にように振り回し、改めて剣を肩へと乗せるまるで神代

の荒武者だ。

その見た目とは裏腹な豪腕に、忠正は改めて舌を巻いた。


 挑まれたからには逃げることは選ばない。

どちらにせよ、逃げようとしても追ってくるような男だろうと忠正は嘆息する。


「鹿野無心流大目録、鹿野四郎。真っ向勝負仕る」


 覚悟を決めて、忠正は対手を観察する。

ともすれば子供ほどの重さがありそうな鉄塊を得物とするアウグスタは、振りこそ力強いがその程度だ。

あれだけの剣を構えたままに疾走することはできはしまい。

ならば、恐らく相手はこちらを待ち構えるつもりだろう。


 ならば、こちらも急がずゆるり(、、、)と間合いを詰める。

ああいう手合に対する好機は先の後、或いは後の後だ。

振り回そうと力を込めた直後、或いは振り切って立て直す前。

相手もその程度は熟知しているはずだ。


 ――そのはずであった(、、、、、、、、)


「臆したか、若造がァッ!」


 アウグスタの怒号。それと同時に彼は疾走した。

鈍足ではある、だがそれでも疾走だ。

鎧に身を固め、巨大な剣を担ぎながら突進する様は、むしろ昨晩の蜥蜴よりも常識外だ。


 互いの距離は五間(9メートル)。強靭な足腰で向かって走り来る様は、


「まるで熊が馬上槍を持って襲いかかるようだな……!」


 こうした戦いは彼にとっては未経験の領域だ。

だが、それが逃げる理由にはならない。と、忠正は断じた。


 逃げる理由にならないならば。


 ……それが戦う理由になるのか?


 そう口中でつぶやくと忠正は視線を一瞬外に逸らした。

その視界に映るのは、こちらに懸命に呼びかけるアナスタシアの姿だ。

決闘を止めろと、アウグスタに呼びかけている。しかし彼も、


『騎士団を預かるものとして、譲れぬものもあります故に!』


 と頑として譲らず、その結果として今があるわけだ。


 忠正は勇者と呼ばれただけだ。この決闘もいわば言いがかりのようなものに過ぎない。


 だが、


「鹿野無心流が背を向けるわけにはいかない!」


 アナスタシアの声に応えるように彼は一歩大きく踏み込んだ。

彼の脳裏には無様に倒れ伏す祖父の姿がちらついた。

あのような姿には決してなるまい。忠正はそう誓い、


「鹿野無心流の汚名を、雪がねばならない!」


 眼前にはアウグスタ。一刀足の間合いまで踏み込んだアウグスタは、肩の大剣を振り下ろす。


 重量の乗った一撃は起こりこそ遅いが以降は速い。

迫り来るというより落ちて来る(、、、、、)一撃を、忠正は地面を蹴るようにして回り込んだ。

その勢いでもって身体を捻る。最早叶わぬ夢を、口から絞りだすようにして白刃を振るう。


 狙うは肩口。鎧で守れぬ体の隙間。大剣を振り下ろしてまさに無防備な場所を狙い打つ。


 勝った、と忠正は予感する。想像通りの、理想の展開。体の中で歯車が噛み合ったような感覚。


 しかし。


「光よ!」


 アウグスタが叫ぶ。その瞬間、忠正の歯車が警告した。


「…………ッ!」


 舌打ちしながら刃を強引に引き戻す。

送り足を前に出して踏み込み、身体を更に大きく回す。その視界の端に映ったのは閃光だ。


 アウグスタの振り下ろした切っ先が眩く爆発(、、)したのだ。


 瞬間、アウグスタの身体を振り回すように大剣が翻る。

忠正とアウグスタに挟まれるような位置に刃が突き立てられた。


 その刃の腹をかすめる寸前で、忠正の刀が手元まで引き戻される。


 予感は正しかった。あのまま切り払っていれば、

刃筋が立たずにこちらの刃が一方的に負けていたことだろう。

忠正はその目の前の異様な光景に思わず飛び退った。


 土煙が舞う。その向こうでアウグスタは歯を見せるようにして笑った。


「どうした、まるで土竜(もぐら)が陽光を浴びたような顔をしくさって」


 忠正は答えない。


「若造、貴様もしや魔法を見るのは初めてか?

笑わせる、魔法も知らずに勇者だとは!」


 呵々大笑と声を上げるアウグスタとは対照的に、忠正は押し黙ったままだ。


 呆然としているわけではない。いつの間にか彼の中で、何かが切り替わった。

未知の戦いに身を投じ、彼は今の不条理に対する戦法を組み立て始めたのだ。


 一度振り下ろされた大剣を横に払うなど、本来ならば腕が引きちぎられてもおかしくはない。

そのような強引な戦い方をするものは先ず居まい。


 飛び込むことを躊躇する彼を見て、アウグスタが一歩踏み出した。


「どうした、来ぬのか! 臆したか! ならば来れるようにしてやろうか!」


 言うや否や、踏み出した足からどうと光が吹き出した。光は彼の身体を纏うように煌めいた。


 拙い、と忠正の身体が咄嗟に動く。同時に、アウグスタの纏う光が竜巻のような風となり、


「風よ! 断ち割れぃ!」


 突き立てていた大剣を振り上げた。


 瞬間、先ほどまで忠正が居た位置に暴風が吹き荒れる。

地面は砕け、まくれあがるように草花が散った。


「おのれ、避けるな! 庭が汚れるだろうが!」


 振り切った刃を改めて肩に置き、己のやったことを棚に上げて猛るアウグスタ。

それを見て、忠正は知らずの内に口の端を上げる。


 異常だ、と忠正は思う。

アウグスタの振り切った剣閃、その延長線上の大地が全て切り裂かれていたからだ。

怪異の残り香か、微かな風がふわりと忠正の袖を揺らした。


 目の前の偉丈夫は“来られるようにした”といっている。

あれを連続で繰り出せば、こちらを近づけずに消耗させることも可能だろうに。

駆け引きもなく、ただ真正面からこちらを打ち倒す武人気質。

忠正にとって、彼のような人間は、


 ……闘争で生き残ることのできない人間だ。


 しかし、今の自分はどうだ。迷いのある、生き方を知らない人間に何を成せるというのか。

そんな彼の思考とは裏腹に、彼の切っ先は立ち上がる。

感覚もまた細く鋭く突き出されていった。


 それを見て、アウグスタは今度は楽しそうに笑う。


「何も知らない若造かとも思えば、身体は戦いに反応しおる。

臆病と罵ったことは謝罪しよう。貴様はれっきとした戦士よ」


 その言葉を聞いた忠正は不思議な心持ちであった。

己の切っ先に迷いが乗っている今の状況が、何故そう言われるのか。


 ……敵意を叩きつけられ、咄嗟に刀を抜いた。


 ……予感のままに刃を引き戻した。


 ……そして今、迷いを残すままに相手を如何に打倒するかを考えていた。


 そうだ。手はある。これを実行できる機会は恐らく一度。

故に一度で戦いに決着をつけなければならない。狙うは喉だ。

一撃で貫き通して蹴りをつける。


「……そうだ、己はどこまでも、戦いしか出来ぬ人間だ」


 自身に向けるかのように彼は呟く。


 そんな彼の横を一陣の風が吹き抜けて、巻き上がった花弁が頬を撫でた。


 うむ、と一度だけ頷くと、


「ならばそれだけでいい。戦いしか出来ぬのなら、戦うしかあるまい」


 それが理由だ、と彼の中で無理矢理に決着をつける。


 まっすぐに突き出した切っ先を後ろへ流す。

脇構えと呼ばれるその構えは、本来相手に己の間合いを悟らせぬためのもの。

切っ先が後ろへ向く以上、突きには向くまい。


 だが、それでいい。


「鹿野無心流」


 改めて己の流派を告げて彼は踏み込んだ。


「その意気や善し! 頭から叩き割ってくれるわ!」


 その様を見て、意気揚々と剣を頭上高く掲げてみせるのはアウグスタ。


 単調な直線移動。これならば、間合いに優れるアウグスタならば一方的に切り裂くことが可能だろう。

しかし、そこで忠正は更に身体を前傾させた。


 まるで地面と並走するかのような角度だ。

膝からの力を抜いて倒れ込み、その勢いのままに大地を蹴る。


「小癪な!」


 そこまで沈まれては刃が到達するまでの時間が長くなる。

なるほどこれで間合いを狂わせるつもりなのか、とアウグスタは考える。

だが、それも浅知恵。光の爆発によって大剣を移動させる彼の業ならばそれでも十分に対応可能だ。


 よって、彼は自信とともにその剣を振り下ろす。


 が、忠正はこの段になってその足を更に加速させた。


 疾い、とアウグスタは唸りをあげる。恐らく刃は間に合うまい。

ならばここは守りの一手だ。


「光よ!」


 光が炸裂し、己の身体を揺らしながら大剣を振り回す。

これで相手の刃では己の身体を狙えまい、と。


 しかし。その段になって忠正は己の愛刀を捨てた(、、、、、、、、)

そのまま前に転がり込むようにしてアウグスタの横を過ぎ去っていく。


「な、にィ!?」

 そのまま、空手になった左手で腰の脇差しを掴み、その柄を右手で支える。

そのまま剣と足の間に差し込むようにして、アウグスタの足を強打した。


 鎧で固められたアウグスタの足に痛手を与えることはできまい。

しかし、光の爆発によって態勢を崩しているアウグスタの足を強く叩けば、


「足が!」


 態勢は崩れる。忠正は転がりながらも強く地面へと落着し、

その回転の勢いで地面を強く踏み抜いた。


「踊り燕」


 踏み抜いた足を軸にぐるりと忠正の身体が伸び上がる。

後は居合の要領だ。腰を回して脇差しを抜き払い、一息でその首を狙い打つ。


 その僅かな間断に、


「ま、参ったぁあーッ!」


 首に刃が届くその前に、アウグスタは降参した。



 ● ● ● ●



 あの後決着がつくなりアウグスタは、


『飯だ、飯! 儂ゃ腹ぁ減ったわ!』


 と足を踏み鳴らして屋敷に入っていってしまった。その様子にアナスタシアなど、


『庭が……』


 と嘆いたものであった。

さすがの忠正もこれには悪いことをしただろうか、とばつの悪そうに頬を掻くばかりであった。


 ともあれ決闘を終え昼食の時間とあいなり、忠正が食堂への扉を押し開くと、


「こ、これは……」


 そこには山があった。


 一つの辺に十人は座れるかというクーデリア家の食堂、

その長机に三皿ほどのパンが山として積まれている。


 見れば恐らく厨房へと続いているであろう扉の隙間から、

四十過ぎの料理人が熱っぽい眼差しでこちらを見つめている。


「おお、来たかカノよ。さーあ、此度は無礼講だ。飲めぃ飲めぃ!」


 ぐわははは、などといったように大口を開けて笑うアウグスタの様子に、


「シロー様に決闘などを仕掛けておいてなんという言い草を!」


 と両手を下に突き出しながらアナスタシアが非難の声を上げている。


「いやいや姫様。儂も勇者なんぞという言葉を聞いたのは久方ぶりでしたのでな。

つい熱くなってしまった! この気持ち、姫様にも理解いただけませんかな」

 などと、手の中の盃を弄びながら言うこの男は、

やはりこの語気の荒ささえなければ美男子といって通じるだろう。

見たところ、齢は二十四、五といったところだろうか。


 だが、


「生を享けて百余年。まさかこのような敗北をするとは思わなんだわ!」


 アウグスタはとんでもないことを言い放った。


 彼に勧められるまま席に座りなおした忠正は、


「今、なんといった?」

 目を見開いてそう問い返した。すると、ん? とアウグスタは盃を鳴らして、


「そうか、貴様は魔法も知らんのだから儂等のことを知らずとも当然か。

儂はエルフという種族でな、ほれ、この耳がその証明よ!」


 そう示したのはアウグスタの耳は、普通ならばありえざる、

上端が長く鋭いまるで鳥の羽のように伸びた形状をしているのが見えた。


「エルフは長命でな、儂も三百年は少なくとも生きるだろうよ。

貴様や姫様のようなものはヒューマン、他にも背の低い樽のようなドワーフという種族も居る。

全てひっくるめて人間(、、)よ」


「そうですか……シロー様の居る世界では、エルフもドワーフもいらっしゃらないのですね」


 二人の言葉に頷くと、忠正は驚きのままにパンを手にとった。

世の中は広い、と痛感する。魔法もまたそのひとつだ。世の中つくづく面白い。


「世界には、お前たちのような不可思議が広がっているわけだな」


 と言葉を漏らすと、


「シロー様からすると、そうなのかもしれません」


 と、眉尻を下げるようにしてアナスタシアが応じる。


 ふむ、ならば、そう言ってから忠正はパンを口の中へ詰め込んだ。


 ……………。


 …………………。


 ………………………。


 たっぷりと時間を掛けてパンを胃の中に収めると、

「パンも美味い。戦いも興味深い。

やはり、当分の間は厄介になろうと思うが……構わないか?」


 そう。この世界に来てしまった以上、生きる理由を失った。戦う理由すらもない。

だが、自身には戦うことしかできはしない。ならばそれでいい。

どうせ戦うしかできないのならば、戦いに理由を求める意味もない。

そのついでに、飯も出るならば最高だろう。


「もちろんです!」


 忠正の言葉にアナスタシアは歓喜し、アウグスタは忠正の口にワイン瓶を突っ込んだ。

なかなか難しいところですが、魔法対剣術、エルフ対剣客。

自分の最初に浮かんだ対決を書ききった次第です。

ここである意味、一区切りでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ