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第十一話 『不覚』

 クレイア帝国直轄領アルテスラ。

いわゆる帝都であるこの都市は、小高い丘の上に広がる星形の土地だ。

帝都の周りを囲むように城壁が建てられているが、何よりも特徴的なものはその壁の形である。

壁の上部が外に向かって大きく反り返り、

丘の下から見ればまるで空を塞ぐように城壁が大きく広がっているのだ。

 どう見ても無茶な作りである。城壁に支えはない。

本来であれば自重によって瓦解するような形状であり、忠正もこれを見て呆然とした。


「これも魔法故か」


 過去に話で聞いた武者返しのようにも感じられるが、それとはあまりにも違いすぎる。

外へと広がる城壁は、空から見ればまるで花びらにも見えるとマリーエが付け足した。


「なんでも、魔法による一斉攻撃が丘の下から加えられた時に

それを敷地のに入れないような仕組みなのだとか」


 丘の下へと至る街道を歩みながらマリーエが解説した。

 威圧的だ。まるでこちらを睥睨するようなアルテスラの外観に、忠正は一度だけ唸った。



 ● ● ● ●



 むむむ、とマリーエは手元の封書を見つめながら唸った。

これをアルテスラの城へと届けなければならないために、

忠正たちとは別行動を取らなければならないのである。

城の事情に明るくない二人を連れて行っても

トラブルの種にしかならないというのが彼女の判断だということだ。


 大通りの雑踏を歩きながらも、その視線は封書に向いている。

やはりどうにも気になるのは忠正だ。

先日の戦い以来、その感覚が増している。

彼はひどく不安定で、何か大きく踏み外している人間なのではないかという不安が胸を過っていた。


 辺りの音も聞こえていないかのようなその様子に気付いて、

エンキが速度を落として歩調を合わせる。


「大丈夫か、どうした?」


「あ、いや、深い意味はないんですよ、ほんと」


 エンキが居れば大丈夫だろう、とマリーエはひとまず安堵する。

なんにせよこの帝都で面倒が起きることだけは避けたい。

マリーエから見て忠正は決して気性が荒い方ではなかったが、それでも、

異世界人であるが故の無知さでトラブルが起きる可能性は否定出来ないわけであるし。


「なんにせよ、色々とよろしくお願いしま、」


 視線を動かして前を見る。


 手元の封書を見つめていたのはそれほど長い時間ではない。

三十を数えるか数えないか、その程度である。


 であるにも関わらず、マリーエの視界から、前を行く忠正の姿は忽然と消えていた。


「って、なんでですかー!?」


 マリーエは世の理不尽さに絶叫した。



 ● ● ● ●



「…………む」


 忠正がふと歩みを止める。

帝都の大通り、その雑踏は彼が思っていたよりもよほど賑やかであった。

であるからこそ、むしろ気配には気を配っていたはずであったが、

いつの間にやら横を歩くエンキも後ろを歩くマリーエも姿を消している。


「珍妙な」


 大通りは一直線で、忠正も格別歩みを速くしていたわけではない。

賊の襲撃によって分散されていたならば気づかないわけはないはずなのだが、


「一体どこに……」


 立ち止まった忠正の横を多くの人が横切って行く。当然、その中に二人の姿はない。


 彼らが目指していたのは、帝都の中央に鎮座しているアルテスラ城だ。

そして、その城はこの大通りを道なりに行けばとりあえずはたどり着けるらしい。


 ならば、とりあえず進むが吉だろう、と忠正はまた足を動かし始めた。


 こうして通りを眺めていると、自分は真に見知らぬ土地へ来たのだと忠正は実感する。

見かけも、文化も、風習も全てが異なる場所だ。

そんな場所に来てからそれなりに時が経った。

自分の胸ほどの大きさもない、樽のような身体付きのドワーフたちも見慣れてきたほどだ。


 それほどの時間をここで過ごし、あまつさえ刃すら振るってきた。

異形の妖との斬り合い、野武士のような男たちとの立ち合い。

それらの出来事に、忠正は一切の躊躇を覚えなかった。


 その経験は正しく己の剣の肥やしとなるだろうと、そういった確信が胸中にある。

だが、それを己の道場へと還すことができないことに、彼はわずかに郷愁の念を覚えた。


 恐らく故郷では仕事の運びに仕損じて脱藩したか、

或いはどこかで斬り殺されたことになっているだろう。

不名誉だ。間違いなく道場の名に(きず)が付けられたことだろう。

帰ることができれば汚名を返上することもできようが、今のところその手段もない。

それは悔しくもあったが、不思議と普段にそれが表出することはなかった。


 今の自分は平静ではないと忠正は思う。この世の中で平静を保つことができていないのだ。

だがいずれにせよ思うことは、少なくとも飯と寝床の恩義は果たさねばならないということであった。


 忠正の目に大通りで親と手をつなぐ幼子の姿が映った。

あの時分に祖父は負けた。実はあの後、幕府が道場を援助したらしい。

道場存続のための口利きがあったのだ。

そうでなければ、地位の失墜した道場の息子などどうなっていたか分かりはしない。

とうに実力を蓄えていた兄らはともかくとして、

世間も知らず腕も未熟な忠正など吹けば飛ぶような存在だったろう。


 だからこの世界にあっても筋は通す。

自らを庇護してくれる者が居るというのなら、そのために刃を振るう。

異世界による生活の激変の只中に居る忠正にとって、

その選択だけがただの一つも変わらずに実行できる信念なのであった。


 その時である。


「かえ……!」


「……ん?」


 誓いも新たに剣を強く握った忠正の耳にひとつの音が届いた。

人の声、それに踏み荒らすような足音だ。争っている。数からして、三か四。


雑踏に紛れてしまいそうなそのかすかな音が胸にひっかかり、忠正は自然とその足を向けていた。



 ● ● ● ●



 大通りは賑やかな帝都も、建物の密集するその隙間には闇が差す。

路地の奥で一人のエルフの少女が、三人の男に囲まれていた。


「返せ!」


 少女は手に持った杖を振り上げながら叫ぶ。

男の一人が、にやつきながら手の中にある透き通った水晶を弄んだ。


「随分上等な細工モノだ。水晶の中に水でも入ってるのか? 

こりゃ。売ればそれなりの金になりそうだ」


 中に液体を閉じ込めた水晶のネックレス。

少女はそれを奪い取られ、肩を震わせていた。


 杖を握りしめ、


「もうどうなってもしらないぞ……!」


 少女が声を荒らげた瞬間、少女の眼前、

ネックレスを弄んでいた男が地面に倒れ伏していた。


「な、なにぃ!?」


 驚愕の色が男たちから漏れ、通りの表側へと視線を向けた。


「幼子に大の男が三人とはな」


 転倒した男の向こうから、声が響いた。

腰に異国風の剣を差した背の低い少年、忠正だ。

彼は水晶を手に取ると残る二人を見据えた。


 気配を感じることもなく地を舐めた男、そしてそれに気づくこともなかった仲間の男たち。そ

の事実を正しく認識できず、残った二人が動揺のままにナイフを抜いた。


「野郎ぉ!」


 自尊心を貶められた男たちは黙ってなど居られない。

怒号と共に突き出されるナイフのうち一本が忠正に絡め取られる。

焦って引き戻そうとした腕の動きを利用され、忠正が巻き込むようにして身体を捻り上げた。

そのまま、もう一方のナイフを男の身体で凌いだ後に地面へと引き倒す。


「一人」


 倒れた男の顔に踵を叩き込み、蛙を轢き潰したような声が足を伝う。

それを意にも介せず忠正が踏み込んだ。


「て、てめえ……ッ! ち、近寄るんじゃねえ……ッ!」


 既に腰は引けている。今の一瞬、それだけで既に勝敗は明らかだ。


「…………」


 少女はその姿をただ見つめていた。

その動きは、明らかに帝国の教練するところの体術と一線を画している。

少年の異質な動きに息を呑むばかりであった。


 その気に中てられているのは相対する男だ。

にじり寄る忠正の姿に恐れおののくばかりで、ナイフの切っ先は定まらない。


 それでも切っ先を向け続ける暴漢を沈黙させるべく、忠正が足を開いた。


 瞬間、


「もらった!」


 目の前の男が快哉をあげた。忠正の視界が下へと滑走する。足だ。

開いた足を、最初に転倒させた男が引き込んでいた。

膝を落とす形となった忠正に向かってナイフが迫る。


 しかし、忠正にとってそれは想定の内であった。足を引く力に逆らわず屈みこんだ。

鞘が固定され引き抜けないことを一度確認して舌打ちすると、強引に身体を回す。

ナイフに向かって背を向けた形となった忠正は、そのまま柄ごと鞘を後ろへ押し込んで、

身体ごとこちらへ突っ込んできた暴漢のその喉を突きこんだ。


「二人」


 男のかすれた呻きが漏れる。自らの突進の勢いが喉へと収束し、男は悶絶する。

足を引いてなお打倒し得なかった最初の男もまた、混乱のまま掌底を叩きこまれ、


「三人」


 またたく間に三人の男が倒れ伏した。足を掴んだ手を強引にこじ開けて忠正は埃を払う。

最早暴漢たちは身動ぎもせずに地面を這っていた。


「すばらしい……!」


 少女はそれを見て喜色を露わに忠正へと駆け寄る。


 忠正はその少女の様子を見て戸惑いながらも、おもむろに右手のネックレスを差し出した。


「ありがとう!

暴漢をなんとかすることはできたんだが、私が手を出すと罰則がきつくてな!

さりとてこれを奪われては面倒なことになりそうで困っていたのだよ……!」


 ネックレスを受け取った途端、彼女はまるで風車(かざぐるま)のように舌を回し始めた。


「良い腕だ。実は君のことを待ち受けていたのだがね、

その途中でこんな輩に絡まれて困っていたのさ。

私はマリーエの居場所を知っている。さあ、いこうじゃないか!」


 少女の態度の急変に虚を突かれた忠正は、意図せぬ内にその手を掴まれていた。


「な、お、ちょっ……っ」


 慌てたように声を上げる。振り払おうと思っても、

妙に気になる言葉を並べ立てられてかどうにも上手く振りほどけない。

そのまま強引に手を引かれ、忠正は不覚にもどこかへと連れ去られていったのであった。

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