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バカな君、バカな僕。

作者: 長久ろあ

「弱っちいくせに、人の喧嘩に首突っ込むからそんなことになるんだよ」


 彼女は男前に仁王立ちしてそう言うと、乱暴に包帯を広げた。

 その調子で乱暴に巻かれるのかと思うと、ちょっとびくびくしてしまう。


「…そうだね」


 弱くたって、なんだって。

 ──僕は君のことが好きで。

 喧嘩に巻き込まれていた彼女の味方をしたいと思ったのも、それは当然だと思う。


「あたしじゃなかったら、あんたみたいな男の怪我、ほっとくよ」

「でも、お前は手当してくれてるだろ」

「そりゃ…あたしのせいだし」


 表情を変えると引き攣る傷口を無視して、笑顔を作る。

 ちょっと、歪な笑みだったかもしれない。

 一瞬動きを止めてこちらを見たかと思うと、表情を変えずに目を伏せ、バカじゃないの、と呟いた。


「ほんとにバカ…」


 うん、そうだね。

 そう思うのに、僕はやったことを全く後悔してなんかいない。





 通りかかったのは、偶然でもなんでもない。

 彼女の姿が見えなくて、気になったから探していた。

 恋っていうのは不思議なもので、何かに突き動かされるかのように彼女の姿を視界に入れようと必死に走って。


「は、ぁ…?」


 自分の荒い呼吸しか聞こえなかった耳に届いた微かな声に、どうして気付けたんだろう。


「…どこだ」


 遠くでも聞こえるそれは、決して穏やかなものではない。

 笑い声もなければ、高い悲鳴もない。

 それが何を示すのか、僕の脳内では処理できなかったけど。


「…っ」


 声にならない声で名前を呼び、彼女の音がする方向へ走る。

 どうしても、体力のない僕にはきついことだけど──気にしていられない。

 それは、多分彼女と長年一緒に居る、勘。

 でもそれもただの勘ではなく、確信を持った、勘だ。


「…っくそ、」


 あのバカ、また一人でふらふらしやがって。

 内心毒づいた時、漸く言語として聞き取れる声量で聞こえた、彼女の名前。

 囲まれているのを見た瞬間、ピリッと肌を駆け巡る、危険信号。

 足元が、ふわりと浮くような、気持ち悪い感じがして。


「唱子!!」


 気が付けば、彼女を取り囲む男に殴りかかっていた。

 人なんか殴ったこともなくて、平々凡々な文学少年を三次元に取り出したような僕に、そんな相手に勝てるわけもないのに。

 震えることもなく、とにかく彼女に触れている男を散らしたくて。


「ちょ、やめ…やめて…!」


 耳を(つんざ)く、彼女の悲鳴を聞いたのはいつぶりだろう。

 そんなことをぼんやりと考えながら、遠い意識の向こうで、男たちが去っていくのが見えた──気がする。





 そこから目が覚めたら、見知らぬ部屋──ということもなく。

 倒れたままの場所に、建物に寄り掛かる形で座らされていた。

 ぐったりとした僕の目の前には、コンビニの袋をぶら下げた彼女。


「しょ…」

「ばっかじゃないの!」


 立っている彼女から、真下に落ちてくる言葉。

 …冷たい。


「唱子」

「バカでしょ、バカなの?」

「…お前、まだ切ってなかったの?」


 何をとは言わないが、とにかく僕が指を通した彼女の長い髪のことではない。

 本人にも通じたようで、すとん、と僕の前に膝をつく。


「…ごめんなさい」

「……そう」


 はあ、と溜め息を吐けば、ビクリと肩が跳ね上がった。

 どうしてそこまでびくびくするんだ。


「僕に後ろめたい?」

「…忠告、されてたのに」

「そう」


 反省したのか。

 そう訊けば、コクリと小さく頷いた。


「ならいいよ」

「ごめん」

「バカ」

「うん」

「って言葉。お互い様だね」


 キョトン、と目を見開いて。

 そこから彼女は、思わず見とれるような笑顔を浮かべた。


「本当」


 よく見れば、彼女も擦り傷があって。

 やはり少し間に合わなかったのだと、自分を呪う。


「バカだな、あたしたち」


 言葉遣いに似合わない柔らかい笑顔に夕日が当たって、ずっと見ていたくなる。

 僕では隣に立つのも烏滸がましいくらい、眩しい君が。

 これからもこんな目に遭うというなら、僕はいくらでも手を差し伸べる。


「バカだね」


 素行の悪い仲間となかなか切れずに今も色んな人に絡まれるバカな彼女と、彼女のためになら世界で一番バカになれる完全な文化系な僕と。

 正反対に同じバカだから、一緒に居て気が楽なんだと思う。


「だけど、僕は誇りあるバカだと思うよ」

「はぁ?」

「ん、こっちの話」

「何言ってんだか…あたしには理解出来ないんだけど」

「バカだからね」

「そこでそれ出す?」


 全くもう、と頬を膨らませていた彼女が、不意にこちらを真っ直ぐ見た。

 え、なに、僕が何かした──


「ありがとう」


 何と言ったのか、一回目は聞き取れなかった。


「…え?」

「ありがとう」

「…でも僕はなんにも…」


 むしろ君の声に助けられましたが。


「あんたが居なかったら、あたしがあんたの状況になってた。ありがとう」


 弱っちいくせに、って言ったのに。

 本心がどちらなのか――はたまた両方本心なのかはわからないけれど。

 礼を言うのが精いっぱいで、耳まで赤くなる君が、僕は愛おしいと思うから。


「そりゃ良かった。文化系バカでも盾にはなれたなら」

「盾って…」


 そんな言い方ないだろ。

 そういう彼女に笑顔を向けると、そのまま彼女は何も言わなくなった。


「唱子が無事なら、僕はそれでいい」


 これが今の精一杯。

 告白なんて出来ない僕の、今出来ること。

 いつか、彼女を守れる騎士になれたとしたら。

 ──その時に、伝えよう。

 それまでは、僕はずっとこのまま。

 ただの、君バカで居させてほしい。








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