第6話 「夜闇の遭遇」
”異世界”で過ごす最初の夜。俺は夜闇に紛れて周囲を探る。
そこで出会った”彼”に、俺は”何か”を感じずにはいられなかったのだった…。
「さて…。どうするか…」
あの後、俺は客間へと案内されていた。
客間…というよりは空き部屋といったところか?
俺のことが正式に発表されるのは明日からだそうで、今日は身体を休めてくれとのこと。
とりあえずはこの部屋を自室として使っていいそうだ。
俺の立場は一応”アリエル及びこの国の協力者”という名目になっている。
故に寝泊りする部屋や食事、資金といったものはある程度は援助してもらえるらしい。
「ま、住む場所に関してはありがたく使わせてもらおうかな…」
その気になれば全部どうとでもなる問題だが、今のところはとりあえずあの姫さんの厚意に甘えておくとしよう。
コンコン…。
「ん…?」
『し…失礼します…』
不意に聞こえてきたノックの音───と、同時に扉は開かれ、そこから1人の少女が入ってきた。
「はっ…初めまして! 私、本日よりシン様の家事手伝いをさせて頂きます、リーゼと申しますっ!」
リーゼ…。そう名乗った少女はぎこちなく頭を下げた。
黒いショートカットの髪がさらり、と揺れる。
”あっち”でも見る典型的なメイド服を着ている辺り、言うまでも無く”使用人”なのだろう。
(ん…? …あ~。コイツがさっき姫さんの言っていた…)
そもそもなんで使用人が俺の所に来るのか。その理由を考えて、すぐに先ほどの姫さんとのやり取りを思い出した。
話も終わり、城の部屋を1つ自室として使っていいと言われた俺は、早速踵を返して部屋に案内されようとしていた。
『…と。少し待たれよ、シン殿』
が、そこで姫さんに呼び止められた。
『あん?』
『この城に住むにあたって、1つ伝えておく事がある』
『…なんだよ?』
『他の代表者もそうなのだが、”この城での生活において苦労をかけないように”と、各代表者につき1名ずつ”使用人”を就けることになっているのだ』
…と、言う事は…。
『…俺も例外じゃない…ってか?』
アリエルは頷いて答える。
『自室でしばらく待っていてくれ。すぐにそちらに向かわせる』
「…で、その”俺担当の使用人”ってのがお前さんなワケか」
「はい! ”代表者”様の使用人に選ばれるなんて、とても緊張するのですが…精一杯頑張らせて頂きますっ!」
彼女はそう言って再び頭を下げた。
…うん、意気込みは十分なんだな。
「シンでいいっての。その呼ばれ方はあんま好きになれねぇわ」
俺はヒラヒラと手を振って言う。
別に”代表者”なんてものになったわけでもないしな。
俺の言葉に、リーゼはきょとん、としていたが、やがて緊張した面持ちで
「でっ…では、シン様、と」
そう、小さく呟いた。
「おう。…でもまあ、折角来て貰ってアレだが、お前さんの仕事は無いかも知れねぇなぁ…」
俺は”向こう”では当然ながらハードな仕事の日々を過ごしていた訳で、当然養ってくれる人間など存在しなかった。
もちろん1人暮らしである。
用は炊事、洗濯、掃除…。”家事の類は基本的に全部出来るようにはなっている”…と、いうことだ。
「だからまぁ…お前さんが手伝わなくても全部できちゃうって言うか…」
「そ、そんなぁ…」
俺の言葉に、困ったような…というより最早泣きそうな顔をするリーゼ。
「そんな顔するなって…。家事まで手が回るかどうかもわからねぇんだ。とりあえず何かあったら頼むから、な?」
俺のフォローに、リーゼは多少不安そうな雰囲気を残しながらも「はい…!」と頷いてくれた。
「では、もう夜も遅いですので、私はこれで」
リーゼはそう言って一礼する。
そのまま扉に手をかけたところで───
「あっ! そうでした!」
何かを思い出したらしく、慌てて俺の方に向き直る。
「どうした?」
「えっと…。まだこの城全体にシン様のことが広まっていないので、”混乱を防ぐためにも今日はなるべく部屋の外を出歩かないように”、とのことです」
…なるほど、確かに知らない奴からしてみれば俺は不振人物だわな。
「…あいよ。”なるべく”出歩かないようにしとくよ」
俺は”一応”そう返答して、ひらひらと手を振った。
俺の妙に含みのある言い方も、リーゼは全く気にした様子もなく
「それでは、おやすみなさいませっ」
そう言うと、そのまま踵を返して部屋を出て行ってしまった…。
「…ピュアな奴だなぁ」
そんなことを呟きながら、少し妙な罪悪感を感じる俺だった。
………。
……。
…。
「さて…と」
再び静まり返る部屋。
俺はそっと扉に近付き、耳を当てて外の気配を探る。
…。
(こいつはご丁寧に…)
扉の脇に2人、誰かがいる。
僅かに聞こえる金属音から、恐らく鎧を身に纏った兵士だろう。
わざわざこんなトコにいるってことは…見張りか?
「まあ何にせよ、”ココ”から出るのは無理か…」
リーゼには悪いが、俺は”この部屋を出ようと”していた。
理由は簡単。”落ち着かないから”である。
ここは”向こう”の常識がほとんど通用しない世界。
つまり俺は今右も左もわからない状態なのだ。
そんな状況からいきなり知らない場所で”身体を休めろ”なんて…いくらなんでも無茶な相談だった。
別にこの場所について深く調べる必要は今のところ無いが、とりあえず周囲の情報を得て安心できないと落ち着いて休む事もできやしない…一種の”職業病”というヤツなのかもしれない。
「とりあえず…外に出るか」
わざわざ見張りがいたんじゃ扉から出るのは不可能。ならば次は…と、俺が目をつけたのは”窓”だった。
窓の外はベランダになっており、俺はまずそこから下の様子を伺う。
ちなみにここは城の4階。眼下には、さきほどまで俺がいた”あの”石造りの祭壇がある。
見たところ、どうやらここが中庭らしい。
「…」
俺は目を凝らし、耳を済ませて周囲の気配を探る…が、中庭はその静けさを保ったままだった。
どうやら誰もいないらしい。
最も…その少し先に見える高台には何人かの見張りがいるみたいだが…。
「ま、暗くて見難いのは向こうも同じ…ってね」
俺は1人呟くと、袖口に隠して着けている腕輪から金具を引っ張り、ワイヤーを引き伸ばす。
それをベランダの縁の柱に括り付け、先端の金具を括り付けたワイヤーの根元に取り付けて固定…と、これで外れる事はないだろう。
「じゃ、降りますかね…」
俺はそのワイヤーを伝いながら慎重に、ベランダをするすると降りて行った…。
………。
……。
…。
「ふぅっ…」
あっという間に中庭に降りる事ができた。
俺は姿勢を低くして周囲を警戒しつつ、腕輪のスイッチを押す。
その操作に反応してワイヤーの先端の金具はカチリ、と外れ、そのまま腕輪の巻き取りに引っ張られてこちらに戻ってきた。
「んじゃあ、とりあえず中庭をぐるりと回ってみましょうかね…」
ワイヤーの巻き取りを終えた俺は、周囲を警戒したままこの区画を出た…。
祭壇のあった区画を出て、しばらくは薄明るくライトアップされた中庭が続いていた。
ライトアップといっても、”向こう”にあったような電気のライトというわkでもないらしく、何か水晶のような物が淡い光を放っているようだった。
「これは…機械…じゃないよなぁ」
ライトアップされた中庭に咲く花も、見たことあるようなものから初めて見るものもあって、俺はそれらを興味深く眺めていた。
「やっぱり、色々と驚かされることばかりだよなぁ…」
改めて、ここが”異世界”なんだと認識した。
さて、そろそろ次へ…。
そう思い、奥に続く道へ視線を移したところで───
「こんな夜更けにどうしました?」
「ッ!?」
不意に背後から聞こえた声に、俺は太股の短剣に手を掛けながら振り返る。
「あ、誤解しないでくださいね!? 僕は別に貴方に危害を加えたりはしないので!」
そこには、1人の青年が立っていた。
美しい金色の髪に…尖った耳。
これは…最初に会ったレフィリナという少女と同じ特徴だ。
「道に迷ったのですか? それとも散歩でも?」
青年は微笑を浮かべつつ聞いてくる。
どうやら俺を”侵入者”とは思ってはいないらしい。
「まあ…そんなところだ」
俺は短く答えた。
「そうですか…。まだこの城には貴方のことを知らない人もいるので、ほどほどにして下さいね?」
青年はリーゼと同じような事を言うと、俺の脇を通り抜けて奥へと歩いていく。
…ん? ”これ”は…。
「待て。アンタ、名前は?」
俺は慌てて振り返り、青年の背中に声を掛けた。
青年は歩みを止め、ゆっくりと振り返ると、相変わらずの微笑で
「自己紹介は明日にしましょう。では、お休みなさい、”シンさん”」
そう言って、夜闇の中に消えていった…。
「…あいつ…」
…見つかったな。仕方ない、そろそろ戻るか。
俺は十分探索した、と自身を納得させると、再びベランダから自宅に戻るために踵を返したのだった…。
正式な顔合わせは次回に持ち越し。
とうとう受験云々の波に飲まれそうだ…。