第4話 「前代未聞の救世主」
それは、”異世界”からの俺に対する呼びかけだった。
俺の知らない世界。俺の知らない人々。
その人々からの呼びかけに、俺はひとつの答えを下したのだった…。
「…どうか我々に力をお貸しください。”異界”の”代表者”様」
彼女は一歩こちらに踏み出し、凛とした口調でそう言った。
”代表者”…。確かさっきも俺をそう呼んでいたな。
代表者ってのは…用はアレか? こういう小説とか漫画で言うところの”勇者様”とか、そういうポジションなのか?
…ってことはアレか、”俺”がそういうポジションだってのか?
「…」
…。
「…アホらし」
俺の口からは、そんな呟きが漏れていた。
残念ながら俺はしがない便利屋だ。こういう展開に胸を躍らせる年齢はとっくに過ぎて、いい加減現実を見なきゃいけない年齢である。
そうでなくとも俺は職業柄、とことん現実主義な考え方になっちまってるってのに…。
「悪ぃが、俺はアンタ等が思ってるほどの人間じゃねぇぞ?」
だが、目の前の少女は俺のそんな言葉を首を横に振って否定する。
「分かんねぇ奴だな…。俺は───」
「フフ。自身の”力”を過小評価するのは良くありませんよ? 代表者様」
俺の言葉を遮って響く声。それは目の前の少女から発せられたものではない。
俺は声のしたほうに視線を向ける。そういえばもう1人いたんだったな…。
視線の先には若い女性…と言っても、さっきまで話をしていた少女よりはずっと大人びている。年齢は恐らく俺と同じくらいなのだろう。
「アンタは?」
俺の問いに、彼女は会釈する。
「申し送れました。私は神殿の導師。エンフェル・エストールと申します」
エンフェル…そう名乗った女は言葉を続ける。
「彼女───レフィリナは未だ修行中とはいえ神殿の巫女。彼女の選定に選ばれた貴方には確かに”力”を感じます…。そう、”心器”の担い手として相応しい力が───」
”心器”…また新しい単語が出てきやがった。
怪訝そうな顔をする俺に、再びレフィリナが口を開く。
「今、この国は───いえ、”この世界は”今、”影の異形”の脅威に晒されているのです」
”影の異形”…。それはさっき聞いた”この世界の成り立ち”についての話にも登場した単語だ。
”神々の戦乱”によってぶつかり合うこととなった双神の力の成れの果て…だったか。
「かつて封印され、この世界から消滅した”影の異形”。それが近年復活の兆しを見せ、それと同時に世界中で再び”影の異形”が現れ始めたのです」
ふむ…こいつらの話を全て真実と仮定するのなら、その”双神”とやらですら苦戦した”影の異形”の存在はこの世界にとって相当な脅威となっているんだろうな。
「この世界には多数の種族が存在しています───それは先ほどお話した通りですが───我が国では、その各種族から1人ずつ”心器”の担い手となる人物を選定し、その種族の”代表者”として”影の異形”と戦ってもらう…という計画を実行に移しました」
「”1人ずつ”…ってことは、俺以外にもその”代表者”とやらがいるってのか?」
俺の問いに、少女は頷く。
「”代表者”として選ばれた皆様には、”心器”を用いて”影の異形”と戦ってもらい、この国に平和をもたらした者は”救世主”として後世までその名を遺すこととなりましょう」
「…」
おいおいおい…。
なんだか想像以上に面倒な事に巻き込まれたんじゃねぇか? 俺。
俺が思わず頭を抱えていると、そんな俺の気持ちなんざ気付くことも無く
「貴方は”異界”の”代表者”として選ばれました。…突然のことで混乱されているとは思います。…ですが、どうかこの国のために、”この世界”のために…、力をお貸しください…!」
少女は真剣な面持ちで、深く、深く頭を下げた。
と、同時に、エンフェルと名乗った隣の女性も頭を下げる。
「…」
目の前の少女も、その隣の女性も、真剣だ。
これまで話を聞いていたが、彼女が嘘を吐いている素振りは微塵も感じられなかった。実際に彼女の言葉には嘘は含まれてないんだと思ってもいい。
さっきから得体の知れないことだらけだ。この周囲の雰囲気を含めても俺が”異世界”とやらに迷い込んだという話はあながち嘘ではないのかもしれない。
普段の俺なら一蹴してしまうような話。それがこんな風に自然と受け入れられてしまうのは、目の前の少女が真剣で、必死に訴えかけてくるからなのだろう。
「…そうだな。ここが”異世界”だという話。信じてやってもいい」
気付けば、俺はそんな言葉を口にしていた。
「…! そ、それじゃあ…───」
俺の言葉を聞いて、レフィリナは嬉しそうな声色で顔を上げる。
が、
「だが協力する気はねぇよ」
俺は、はっきりと拒否の返事を叩きつけていた。
「え───」
俺の発言がよっぽど予想外だったのだろう。彼女はおろか、隣にいるエンフェルも、周囲で様子を伺っていた人々でさえ固まってしまっていた。
しっかり耳では聞いたが、脳の理解が追いついていない、そんな感じだった。
「ていうかお前等な、熱意とか気持ちは認めてやってもいいが…いきなり人を呼びつけといて”協力してください”なんて虫が良すぎると思わねぇのか?」
未だ固まっている周囲の状況もお構いなしに俺は続ける。
「しかも内容は”影の異形”なんて化け物と戦えって? 国が総力挙げて手こずるような相手と殺し合えってか。何で見ず知らずの他人のためにそこまで命張らなきゃいけねぇんだよ? 俺はそんなお人好しじゃねぇっつーの」
「な───」
これには流石の2人も予想外だったのか、若干笑顔が引きつっている。
「挙句の果てに報酬は”救世主”の名声だけか? 割に合うかアホ。んなモンより金とか宝石とかそういう”身になる”モン用意しろや」
「も…もちろん。国を救った”救世主”様には相応のお礼を───」
レフィリナは俺の言葉を聞いて、慌ててフォローを入れる。が…
「だからさぁ…”割りに合わねぇ”って言ってんの。ここが”異世界”なら、ここで有名になろうが俺が”元の世界”に帰っちまえば意味ねぇだろうが。ていうか、いくら俺でも命張ってそんな化け物と戦う気はねぇよ」
俺は”便利屋”だ。だが、ヤバい仕事をしているだけに依頼主はよく吟味している。
そして何より、こういう仕事は”等価交換”が原則。
少なくとも、国が手こずる化け物に”こっち限定”の名声や大金じゃ割に合わなかった。
「そ…それじゃあ、貴方さえ良ければこの世界に永住していただいても…───」
「ハァ…ホント交渉のヘタクソな奴だなぁ…」
必死に食い下がる少女に、俺は半ば呆れながら続ける。
「わかった。そこまで言うんならハッキリ言ってやる」
俺は少女を力強く指差し
「お前等がどうなろうが俺の知ったことじゃない。興味も無い。そんなに協力して欲しけりゃ相応の”報酬”用意して出直して来い…もしくは他を当たれ。…これで満足か?」
そう、ハッキリと告げた。
「な…。なっ…!」
この一言で、少女の笑顔は完全に崩れた。
俯き、プルプルと震えている。
隣にいるエンフェルも俺の一言に絶句していた。
「お…おい。”あれ”が本当に代表者様なのか…?」
「レフィリナ様にあんな物言い…。いくらなんでも…」
「ど、どうする…?」
周囲の野次馬どもも流石にざわめいている。
「とにかく、俺をさっさと元の場所に帰せ。お前が呼んだんだからできるよな?」
だが、レフィリナは俺の言葉にも反応せず、ただ俯いて震えているだけだった。
「…チッ。もういい、勝手にさせてもらうぜ」
このままここにいても埒が明かない。そう判断した俺は、踵を返して祭壇から降りようとして───
「…貴様! 黙って聞いていればレフィリナ様に向かってなんと無礼な口を…!」
「…あん?」
そこにいたのは、先ほど祭壇を駆け上がろうとしてきた兵士。
「レフィリナ様に免じて静観していたが…もう許せん…!」
どうやらレフィリナに対する俺の態度が気に入らなかったようで、剣を抜き、俺をまっすぐに睨んで来る。
「レフィリナ様。申し訳ありません…どうか、この男を切り捨てることをお許しください…」
「…ハン。これだから主従関係の犬って奴は…」
ご丁寧にレフィリナに向かって一礼する辺り、相当真面目な奴なんだろう。だが、俺はそういう人種はあまり好きではなかった。
「なっ…貴様…!」
「殺す気で来るんならそれでもいいけどよ…───」
俺の挑発に乗って憤慨する兵士に、俺は一呼吸置いて、低く告げる。
「───”殺される覚悟”も、当然出来てるんだろうな…?」
「なっ…!?」
今まで異常に発せられる、冷たく、鋭い”殺気”。それに本能的な恐怖を感じたのか、兵士が一瞬うろたえる。
その”一瞬”を、俺は見逃さなかった。
「隙だらけなんだよ…!」
ヒュン…!
ガイィン!
「あ…ぐぅ…!?」
俺がすかさず投げつけた短剣は剣を握る兵士の手に当たり、鎧で突き刺さりはしなかったものの、その衝撃で兵士の持つ剣を弾き飛ばしていた。
「そら、よ…っ!」
ゴスッ!!
「ガフッ!?」
そこへすかさず俺は階段を駆け下り、途中で跳躍。高所からの落下の勢いも乗せた膝蹴りを、兵士の顔面に叩き込んでいた。
ガッシャアァァァァァン!!
その衝撃で兵士は階段を転げ落ち、そのまま意識を失って動かなくなった。
「「「…」」」
あまりの突然の出来事に硬直し、再び沈黙する人々。
が、やがて人々が状況を理解すると───
「キャアーーーーーーーーッ!?」
「な、なんだよアイツ…!?」
「こ…殺される…!!」
一気に人々はパニックになり、周囲のざわめきは限界まで達した。
「く…くそっ!!」
今ので俺を”敵”と見なしたのか、兵士どもは一斉に剣を抜いて俺と対峙する。
「んだよ…? お前等も邪魔するんだってんなら、容赦は───」
俺が周囲の兵士を睨み付けようとして───
「静まらんか!!」
叫び声が響き、周囲のざわめきは一瞬で止んだ。
俺は声のした方向を見る。
その場所───目の前に佇む城。そのテラスからこちらを見下ろしている女性が微笑を浮かべつつ言った。
「我が城の兵士が無礼を働いたようで申し訳ない。どうか今一度落ち着いてはもらえんか? ”代表者”殿」
ここで快く引き受ける…なんて王道は問答無用で叩き潰します。
異界からのSOSコールを一蹴したシン。
問答無用で帰ろうとする彼に、1人の女性が声を掛けました。
次回もお楽しみに!