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~Samon Hearts~  作者: 厄猫
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第2話 「彼の者よ、来たれ」

 代わり映えの無い日々を生きる俺。

そんな中聞こえてくる”女の声”。

その声がはっきりと聞き取れたとき、俺はこことは違うどこかへと呼び出されたのだった…。

   〈Another Side〉




 月明かりの満ちる夜闇。

そこには、月明かりとはまた違った光がぼんやりと灯っていた。

その光に映し出されるは”巨大な祭壇”。

その祭壇には二つの人影が映し出されていた。

「いよいよ明日、ですか…」

美しい女性の声。

「そう、ですね…」

それに答えるは、まだ幼さの残る少女の声。

「緊張しているのですか?」

「いえ、大丈夫です。ついに私にも、このような機会が与えられたのですから」

労わる女性に、少女は力強く答えた。

「そうですか…。ならばわたくしは貴女を信じるだけです」

女性は優しげに微笑むと、少女の頭をゆっくりと撫でた。

「…今回の”召喚の儀”。必ず成功させてみせます」

───少女ははっきりと、強い意志の宿った瞳でそう告げた───




   〈Another Side Out〉




 不思議な幻聴があった夜から一夜明け、俺はいつも通り”便利屋”としての日常に身を投じていた。

カツン!

「うぉっと! …あぶねぇ…」

足を踏み外しそうになり、冷や汗が出る。

”高所”特有の強い風が俺を襲う。ちょっとでも足を踏み外せば俺は落下。

一応落ちたときのための供えはしているものの、”仕事”はほぼ間違いなく失敗するだろうし、最悪死ぬことになるだろう。

俺は今、街に高くそびえる90階建ての高級ホテル…の壁の出っ張りに張り付いていた。

もちろん1階とかそんな子供だましな場所じゃない。

現在86階部分。もちろんものすごく高い。ていうか下見れない。

別に高所恐怖症とかではないが、多分下を見てこの高さを間近で体感すればそうなるであろう。

だから見ない。ていうかもう下見なくても怖い。

”便利屋家業”とは、常に死と隣り合わせなのである。

「…ったく。わざわざこんなところに泊まらなくても、よ!」

今回の依頼は前回と同じく”要人暗殺”である。

目標ターゲットはこのホテルに宿泊。最上階のスイートルームにいる。

それだけならいいのだが、なんとも強そうなスーツのお兄ちゃん達がエントランスから見張っている為に俺は”壁を登る”しか選択肢が無くなってしまっていたのだった。

俺は短剣の柄にワイヤーを取り付け、上の壁の出っ張りに投げつけて突き刺す。

「…よし!」

軽く引っ張って抜けないことを確認すると、俺はワイヤーを引っ張りながら壁に足を掛けて登り始めた。

「これで…87…!」

90階だからあと3回これをやれば到着だ。

降りるときはワイヤーで一気に降りればいいからずっと楽である。

「…よ、い、しょっと!」

俺はようやく終わりの見えてきたこの作業にため息をひとつ吐くと、再び短剣を投げつけるのだった…。




   〈Another Side〉




 この男にとって”高所”というものは最も気分が高揚する場所であった。

高級ホテルの最上階、そこに用意されたスイートルーム。その”選ばれし者”、”成功者”のみが立ち入ることを許される場所から下々の人間たちを見下ろす。

上等なワインを飲むことよりも、とびきりいい女を手に入れることよりも、自身の富が増えていくことよりも…。

これこそが彼の至福の瞬間であった。

最初こそ自身もあの場所にいた。しかし、少しずつ昇進し、上司の愚痴にも耐え、やがてこの街の”裏”にも触れてようやくこの場所まで上り詰めた。

自分は”成功者”として成り上がることができたのだ。そういった達成感や満足感が、彼を満たしていく。

ひとしきり至福の時間を堪能した後、シャワールームに向かう。

明日も早朝から予定が詰まっているのだ。

一企業のトップまでは上り詰めた。だが、彼の野心は留まる事を知らない。

「次は…この街を…!」

そう、次はこの街のトップへと。そしてここ以上の高みから下界の人間たちを見下ろしてやるのだ。

「クク…これだから”高所”というものはたまらない…!」

「そうか? あんまいい事だらけとも思えないけどな?」

「!?」

突然の聞きなれない声。

おかしい、この部屋には一切誰も入れるなと外の見張りには言ってある。

「まさか…侵入者だと…!?」

男はすぐに近くに置いてある銃を片手に慎重にシャワールームから出た。

気配を探りながら周囲を警戒する。

「高いところは登るのが大変だ。それに失敗したら落ちたときのダメージもデカイ。下手すりゃ死んじまう」

「ッ!!」

再び声。その方向へと銃を構えると…。

「だから高いところへ行くのは勇気が必要だ。けど誰だって痛い思いはしたくないだろう?」




   〈Another Side Out〉




 ご丁寧に周囲を警戒していたみたいだが、俺は悠々とスイートルームのふかふかのソファに座ってその座り心地を堪能していた。

ううむ…俺には高級感がありすぎてなんだか落ち着かないな…。

「…ていうかな、高いところはやっぱ落ちると思うと怖いわ。登ってくるとき一苦労だったもん」

やっと俺に気づいて銃口をこちらに向けた男に、俺は余裕を持って喋る。

「…どうやってここに入った? 見張りはどうした!?」

怒鳴る男に、俺はゆっくりと立ち上がって背後のガラスをコンコンとノックした。

「だから、登って来たんだってば。ほら」

俺は綺麗に丸く切り抜かれたガラス戸を示す。

屋上はスイートルームのプールになっているから、登ってしまえばガラス戸を切り抜いての侵入は容易だった。

「…くっ! 誰か───」

「呼んでも無駄だと思うぜ? みんな眠ってるからな」

外の見張りを呼ぼうとした男に、俺は肩をすくめて言う。

まさか奴らも”部屋の中”から侵入者が現れるとは思ってなかったのだろう。あっけなく始末することができた。

「…何が望みだ? 金か? それとも地位か?」

観念した男はそんなことを言い始める。

やれやれ…なまじ権力や金がある奴はみんなそうやって逃げようとするなぁ…。

「地位なんかに興味はねぇよ。金も十分な額を約束されてる。…必要なのは、アンタの命だけだ」

俺の放つ殺気に気圧される男。

「チッ…。…死ね!!」

「遅ぇ!!」

打つ手が無いと判断した男は、銃の引き金を引こうとする。

…が、俺の投げた短剣は男の腕に刺さり、男は銃を取りこぼしてしまう。

すかさず男に接近した俺はもう一本の短剣を抜き取り…───

「…あばよ」

ザ、ク…

「かっ…」

───寸分違わず、男の心臓を刺し貫いた。

男は静かな断末魔と共に、その場に崩れ落ちた…。




   〈Another Side〉




 朝日も未だ昇らぬ早朝。

昨夜月明かりに照らされていた祭壇も薄明かりに照らされてその輪郭がはっきりとしていた。

本来なら多くの人間が未だ寝静まる早朝…にも関わらずその日、その祭壇には多くの人が集まり、いつもは静寂に包まれているこの場所をガヤガヤと賑やかにしていた。

祭壇の上、そこに佇むは2人の女性。

それは昨夜と同じ女性と少女の2人であった。

女性はやや緊張した面持ちで”背後の城のテラス”から見守る女性に合図を送る。

「皆の者、静粛に!!」

その合図を確認した彼女は、ざわつく人々に向かって力強くそう告げた。

その瞬間、ざわついていた人々は口を閉ざし、周囲が沈黙に包まれる。

それを確認した彼女は一度咳払いをすると、再度力強く告げた。

「ではこれより! ”異界”からの”代表者召喚の儀”を行う!!」

その言葉に、周囲も次第に緊張の雰囲気が漂い始める。

祭壇の上にいた女性は少女の肩を優しく叩き、それを確認した少女はちらり、と一度だけ女性の顔を一瞥した後、ゆっくりと祭壇の中央へと歩いて行く…。

祭壇には”巨大な模様”が描かれており、その中央───祭壇の中央へとたどり着いた少女は、その手に携えた杖を掲げ、ゆっくりと瞳を閉じた…───




   〈Another Side Out〉




”それ”が訪れたのは、仕事を終えて帰路を急いでいた時だった。

「さて…さっさと帰って───!?」


───…わ……えに………よ…───


突然頭の中に響いてくる女の声。

「こ…れは…っ!?」

この感覚には覚えがある。この前の幻聴だ…!

「ぐ…っ…!!」

だが、前よりもはっきりと声が聞こえる。

それに…なんだか視界がぼやけて…!?

「く…そ…!? 何なんだよ…!!」

たまらず頭を抱え、その場に膝をつく。

しかし、そんなことでは幻聴が止む気配はなかった…───




   〈Another Side〉




「…我が声に答えよ…」

少女が言葉を紡ぐ。と同時に少女の身体を光が包み、足元───祭壇に描かれた模様も光り輝き、浮かび上がる。

その光景に、周囲の人間が皆息を飲む。




   〈Another Side Out〉




───…え…ばれ…も…よ…───


「く…そ…」

次第に視界がはっきりとしなくなっていく、と同時に幻聴がはっきりと聞き取れるようになってきた


───…我が…びかけ……えよ…───


「く…。意識…が…!!」


───…汝の力、…れ…示し……え…───


「っ……!!」


───…汝が力、その手に…え…が元へ…たれ…───


「…!!」

意識が完全に闇へと落ちる寸前。その声は、はっきりと聞き取れるものとなった。


───…”大いなる力”に選ばれし彼の者よ、我が元に来たれ…!───


…そしてそれが、意識を失う寸前に聞き取った最後の言葉だった…。

ついに幻想世界へと召喚された主人公。

ここから物語が動き出していきます。

初挑戦のファンタジー物、お楽しみに。

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