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~Samon Hearts~  作者: 厄猫
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第14話 「ファースト・コンタクト」

人で賑わう大通り、そこから外れた裏の世界。

俺もまたそちら側の住人であり、だからこそ得られるものがある。

次の任務に備え、俺は”俺だけのやり方”で準備を整えていた…。

  グツグツグツ…


 鍋の煮える音。


  トントントントン…


 小気味いい包丁の音。


「…うん。悪くない」


 口元に小皿を運んで、俺は小さく呟いた。


 ………。


 ……。


 …。


 カートに料理を並べ、俺はそれを押して自室へと戻ってきた。

 扉を開くと、ベッドメイキングと簡単な掃除を終えていた少女と目が合った。


「よう。朝飯できたぞー」

「シン様…あの…」


 テーブルに料理を並べる俺に対し、少女───リーゼは随分と浮かない顔だった。


「…? どうした?」


 いつも明るいコイツにしては随分と珍しい。

 怪訝に思った俺は、手を止めると彼女に向き直る。


 そんな俺を見たリーゼは、意を決して口を開いた。


「あの…やっぱりシン様が料理を作るのは…」

「…」


 …。


 …今更?


「ンなこと言ってもだな…」


 俺は呆れたように肩を竦める。

 …リーゼはまだ気にしているようだが、俺としては別に何てことはない。




 …俺達が村から帰還して3日。俺は再びアリエルに呼び出され、謁見の間へとやって来ていた。…帰還して3日で次の任務とは、中々に忙しいらしい。

 謁見の間には例によって先客が2名。だが…前とは全く違う顔。


「おや、シンさん。今回は貴方と一緒ですか」

「…」


 微笑を浮かべるエルフの青年に…相変わらず無言の魔族。エリオルと…レク、だったか。


「シン殿。まだ慣れない土地で満足に休む事ができていないだろうが、申し訳ない」

「いんや、気にしなくて良いよ。休み無し何ざ日常茶飯事だからな」


 律儀に謝罪するアリエルに、俺は手をヒラヒラと振って答えた。…ホント、つくづく律儀なお方だ。

 俺が気にしていないのを確認すると、アリエルは咳払いを一つして話し始めた。


「コホン───。…さて、まずはこれを見てもらいたい」

「ん? …って、うぉう!?」


 何が出てくるかと思っていたら、突然アリエルの後方、その頭上に映像が浮かび上がる。

 …立体的に視える。これは…立体映像…?


「ああ、シン殿は初めてのことだったか」

「ああ…。ホント、こっちに来て驚かされることばかりだよ」


 機械技術が無い分、どれほど不便なのかと思いきや、むしろ向こうの方が何かと不便なことが多い気さえしてきた。


 さて…浮かび上がった映像に目を向ける。…これには見覚えがある。確か、このローザニア大陸の地図だ。…ただ、立体的に写っているために、山脈などの高低差がわかりやすくなっている。


「この白と黒の駒に、ライン…これは戦略図か?」


 俺の指摘にアリエルは頷く。…なるほど、じゃあこの黒いのが影の異形だな。


 大陸の西端に大きな白い駒。そして大陸の北東部に大きな黒い駒がある。

 大陸を2分するように引かれた線。…それは、大陸の北西部から中央に向けて伸び、そこからぐるりとUターンして大陸の南西部ちょっと上を抜けている。…あれ? これって…


「…メチャクチャ押されてるじゃん。俺達」

「…悔しいが、そうだ」


 道理で俺達が引っ張りだこな訳だ、もう大陸の8割が奴らに制圧されているのだから。…って、ん? あれ…?


「はい。質問」

「シン殿。どうした?」


 挙手する俺に答えるアリエル。…ん? 既視感デジャヴ


「影の異形って町とか制圧すんの?」


 良く考えたら、あんな獣みたいな奴らがそんな知能を持っているのか疑問だ。

 確かに野生の動物とかよりは賢いといるだろうが…結局は魔物とかとあまり変わらないように思う。


「影の異形は、一箇所に集まってそれを拠点とすることはある。拠点と言うよりは…”巣”か。だが、それは城や要塞。巨大な洞窟といったものであって、小さな人里を占拠して住処にすることは無い」


 …と、なると、この戦略図の線は…?


「これは相手が制圧した範囲…というよりは、影の異形の存在が確認された範囲。といった方がいい。つまり、それだけ奴等は行動範囲が広がってきていると言うことだ」

「…なるほどね」


 ”制圧”とは違い、相手の支配下に入っていない分まだマシと言えなくもないが…少なくともこの範囲内の地域が危険地帯と化してしまっているという事実は否定できない。


「そういえば、貴公にはまだこの大陸の戦況を詳しく話してはいなかったな」


 …そういえばそうだ。

 この世界についての勉強やら何やらで忙しかったし、その後すぐに任務で呼び出しを喰らった為に、俺は現在のこの大陸の戦況をしっかりと把握してはいなかった。


「…そうだな。では、まずシン殿のためにそこから説明しておこう」


 そう言うと、アリエルの背後の地図から駒と線が消えた。

 …と思ったら、今度は地図上に幾つか印が浮かび上がる。これは…?


「この西端が我がランブルグ…その位は知っているだろうな。そして、ここが現在、影の異形が本拠点としているであろう要塞だ」


 地図上の印のうち、西端と北東部の印が点滅した。


「このローザニア大陸の北には小さな島が点々としており、その島伝いに”魔道大陸”と名高いシルヴィス大陸がある」


 地図が引き、ローザニア大陸の北に位置するもう1つの大陸が点滅している。

 …確か本で読んだ気がする。シルヴィス大陸ってのは、この人界において1、2を争うほど”魔法技術”に力を入れて発展している大陸だったはずだ。


「この北東部の大要塞は、シルヴィス大陸とローザニア大陸を繋ぐみちの関所のような存在だったのだ」


 …なるほど、別の大陸との交通の要所だったと言うわけか。確かに、この島伝いに行けば北の大陸とはそれほど遠くないように見える。


「…現在、北西部の港町や、このランブルグの港を代わりとして利用しているが…距離も大幅に増え、港は常に混雑した状態となっている」


 このローザニア大陸は他大陸との交流も盛んだと聞いた。大陸間の移動がほとんど海路な以上、大きな港の存在は必要不可欠になる。

 そのうちの1つを占拠され、他の大陸の船を受け入れるはずだった港に詰め込んでるんじゃあ…確かに混雑はするだろうな。

 …混雑すれば物の流通は遅れる。かといって受け入れる数を限定するのも意味が無い。…どの道、時間が経てば経つほどジリ貧で不利になるだろう。


「…話を戻そう。影の異形はこの大要塞を本拠点として侵攻を開始。そして大陸の東部へと行動範囲を広げていった」


 地図が戻り、北東部の印が黒い駒へと変わった。そこから黒い矢印が伸びて行き、大陸の東側を薄暗く染めていく。


「中部と北部には大要塞がある。今のところはそこを守りの要として戦線を維持してはいるが…」

「まぁ、普通の兵士じゃ相手にならないんだから、突破されるのは時間の問題だろうな」

「…うむ」


 アリエルは悔しそうに唇を噛んだ。…まぁ、”代表者”が6人しかいないんだから、どうしても人手が足りないよなぁ…。


「…そういや、何で戦線がランブルグの真南にまで伸びてるんだよ?」


 北西部から伸びた戦線は、大陸の中部からぐるりとUターンしている。

 確かランブルグの南には巨大な河が流れており、それは大陸の中部で別れて北と東へ抜けて行っているはずだ。


「今回はそこに注目してもらいたいのだ」


 俺の質問に、アリエルは力強く言った。


「ローザニア大陸の南東部から南部には険しい山脈が広がっており、未だに人が住めるほど開拓が進んではいなかったのだ。…当然、”人間”が相手なら、そんな所を易々と侵攻など出来るはずもなかった。だが…───」

「影の異形に険しい地形何ざ意味が無い…ってか?」


 俺は地図に視線を向けたまま問いかけた。


 なるほど…この山脈の先には森林地帯が広がってて、その北に例の河。だが…それさえ越えてしまえばこのランブルグはあっという間の距離となる。


「先日、貴公達が南西にある村で影の異形を倒してくれたおかげで戦線を河へと押し戻す事が出来た。…これを期に、何とか南部戦線を山脈まで押し戻したいと考えている」

「なるほどね。つまり、今回の任務は…」


 大体想像がついた。

 アリエルは頷くと、一度咳払いをして間を置いてから口を開く。


「今回は貴公達に南部の森林地帯へと行って貰いたい。任務はそこに位置するエルフ族の集落及び周辺の安全確保だ」




 …と、そんなことを言われたのがつい昨日の話。人選の理由については、俺とレクが”身軽で機動力に優れているから”で、エリオルが”そのエルフ族の集落出身であり、道中の案内役として”だそうだ。

 アゼル達はアゼル達で別の任務があるらしい。


 …しかしなぁ。地図で見た感じ、あの河は結構な大きさの筈なんだが、それを”何とかして越えろ”とは…中々に無茶を言ってくれる。


「あ…美味しいです」

「ん。そいつはよかった」


 向かいに座って料理を口に運ぶリーゼ。…どうやら喜んでくれているらしい。


 …なぜ俺が自分で朝食を作っているのか。それについての話は数日前に遡る事になる───




「シン様。朝食の用意が出来ました」


 俺が帰還した次の日。リーゼは前と同じ時間に朝食を運んでやってきた。…のだが、少しだけ疑問に思ったことがあった。


「なぁリーゼ。ちょっと思ったんだが…」

「はい? 何でしょう?」


 俺の問いかけに、リーゼは首を傾げる。…余所見をしながら料理を並べようとするな、絶対危ない。お前ならやりかねない。


「お前さ…そんだけドジなのに、料理できるのか…?」

「はぅっ!?」


 …オイ。


 何でこんな疑問が湧いたのか。無理もない。コイツと知り合って実際に話したのはまだ2、3日だが、その短い間にコイツは色々とドジをやらかしているのだ。


 …そんな”ある意味器用な”コイツが、マトモに料理が出来るのか、と疑問に思うのは仕方のないことだと思う。


 さて、俺の率直な疑問に若干狼狽えてしまっているリーゼだが、以外にもすぐに立ち直った…”フリ”をし始める。…目が泳いでるぞ、お前。動揺するのはいいから落ち着け、手つきがさっきから危なっかしいってば!


「ハァ…。お前、本当に”使用人”としてやって来れてたのか…?」

「うぅ…。これでもお料理の手順や材料はちゃんと覚えてるんですよぉ…?」


 涙目になりながらも必死に弁解するリーゼ。…だから慌てるなって! 料理落としそうだって!!


 しかしまぁ…彼女の性格的に、それは事実なのだろう。

 折角覚えても、持ち前のドジのせいでマトモに料理も出来ない…と。


「…じゃあ今まで持ってきてた料理は?」

「他の方に手伝っていただいて…」


 …”手伝った”のはリーゼのほうなんだろうなぁ…なんて本人には言えないが、いつまでも他の連中の世話になるってのもなぁ…。


「お前、掃除は完璧に出来るのに、なんでそうなんだろうな」


 唯一完璧にこなせるのは掃除らしい。確かに、帰還して自室を見てみると完璧に掃除が行き届いていた。

 俺も一応掃除はやるにはやるが、そこまで徹底してはいない。


 ”紅茶しか取り得が無い”。そう彼女は言っていたが、それなりに彼女にも出来る事があるらしかった。…まぁ、使用人がドジなのは致命的ではあるだろうが。


「仕方ない、これからは食事は俺が作ろう」

「え…えぇっ!?」


 俺が何を言ったのか一瞬理解できなかったのか、リーゼはぽかん、と口をあけて硬直したが、すぐに驚いてガタンッと勢い良く立ち上がる。


「そっ…そんなことさせられませんよ! だってシン様は…お仕えしている主ですし…」

「主が料理しちゃいけないって決まりはないと思うんだが…」


 苦笑しながら言う。だが、リーゼはまだ不満そうである。…まぁ、実際に料理をしているのはコイツというよりも他の使用人なんだが。


「いつまでも他の連中に作ってもらってたら、お前だって申し訳ないんじゃないか? それに、みんながみんなそんな余裕あるわけでもないんだし…」


 俺の言葉にリーゼは俯いて小さくなる。…落ち込んでしまっているようだ。


「ごめんなさい…私…折角メイド長に色々とお世話になってもらっているのに…」

「おいおいおい。別に役立たずとは言ってないだろ?」


 リーゼの頭に手を置いて、そっと慰めてやる。

 …まぁ、ドジなところもあるが、素直で飲み込みが早い奴だ。そういう意味ではとても優秀な奴とも言えると思う。


「お前はお前に出来る事をすりゃいいんだから。掃除は得意なんだろ? だったら代わりにそっちに集中してくれるか?」


 出来ないなら、練習して出来るようにすればいい。出来ない内は出来る事で補っていればいい。

 こんだけ真面目で根性のある奴なら、いずれは何でも出来るようになるんじゃなかろうか。


「シン様…」


 涙目だったが、次第に安心したような表情になってくるリーゼ。…どうやら落ち着いたらしい。


「私…頑張りますねっ!」

「ん。まぁ…期待しとこうかね」


 …そういうわけで、滞在中の食事当番が俺になったのであった…。




「相変わらず早くて手際がいいな」


 俺は朝食を口に運びながら部屋を見渡す。食事を作っている間に掃除をしておくように、と決めたのだが、この短時間で既にリーゼは概ね掃除を終えていた。

 何でも”メイド長直伝”だそうな。…これは素直に感心する。


「シン様のお部屋は物が少ないので掃除しやすいんです。…シン様もすごいんですね。私、こんなお料理今まで食べた事がありませんでした」


 洋食だとこっちの料理と対して変わらないので、”向こう”ならではの和食で用意してみた。

 人に食べてもらう事は基本なかったため、簡単なものしか作れないのだが…米とか味噌があったのは幸いである。


 リーゼは本当に美味しそうに料理を口に運んでいる。…まぁ、たまにはこういうのも悪くない。


「これは…東方の大陸に伝わるお料理と良く似てますね。私も話にしか聞いた事はないのですが…」

「…東方? あー…」


 こっちにもそういう文化が伝わっている大陸があるということか。”東方は和風”。…よくある話だ。


「シン様は東方の方と良く似ていますね。髪の色とか…作るお料理とか」

「…やっぱ、そう思うか?」


 俺の妙な問いにリーゼは首を傾げる。

 俺は向こうで言う”日本人”と身体的特徴が良く似ていた。髪は黒で、瞳も黒。肌の色だって白いわけじゃない。


「まぁ…向こうにもそういう文化とか人種がいるんだよ」


 俺はそれだけ言うと、箸を進めていく。…ていうか箸があったことにも驚きだ。ちなみにリーゼは上手く持てなかったので、仕方なくスプーンである。


『メイド長が東方のお料理を知っているので、それに合わせて用意しているんですよ』


 リーゼはそう言っていたが…やっぱり米や味噌がそれなりにあったのはそういう理由か?


 ………。


 ……。


 …。


「シン様はあまり部屋に物を置かないんですね?」


 食後、リーゼが「せめて片付けくらいは私が!」と言って聞かなかったので、俺は不安ながらもリーゼに任せる事にした。

 しばらくして帰ってきたリーゼと特に何をするでもなく談笑していると、不意にリーゼがそんな事を言い出した。


「どうしたんだ、急に?」

「いえ…皆さん自分のお部屋に私物を持ち込んでいるので、なんだか不思議で…」


 姫さんが”好きに使っていい”と言っていた以上、ある程度私物を持ち込んでもいいのはわかるが…うーん…。


「ほら、俺って持ち込む私物もないわけだし、そもそもあまり部屋を飾ったりとかしないタイプだからさ」


 いきなり召喚されたんだから私物なんて持っているわけが無い。…というより、元から職業柄家を空けることが多く、故に家には必要最低限のものしか置いていなかった。

 一応金を隠すためにゴチャゴチャと並べてはいたが…家具として使ってたのはごく一部だけだ。


 そんなわけだから、当然今のこの部屋も余計なものが一切置かれていない。あるのは最初から備え付けられていたベッド、テーブルと机、それぞれの椅子。あとは本棚と普通の棚に、鏡と時計…くらいか?


 俺が”私物”として持ち込んだものと言えば、最初に買ったり図書館から借りていた大量の本くらいである。

 それが本棚に納められている以外は他の空き部屋と全く同じであった。


「これで不自由な事はないんですか?」

「今のところは全然?」


 強いて言うなら、”ベッドが上等すぎて落ち着かない”…だろうか? それ以外に関しては今のところ特に不自由はしていなかった。


「まぁ…言いたい事はわかる。生活感が無いのは俺も同感だ」

「いえ、そんな───!」


 慌ててフォローしようとするリーゼを、俺は手で制する。…使っている本人から見ても”生活感が無い”のは明白だ。

 だが、実際雨風凌げるだけでも贅沢なくらいだと思ってるからなぁ…。何とも小市民的だと思う。


 ………。


 ……。


 …。


 昼前になって、俺は明日の出発に備えて色々と準備をするために城下へと繰り出した。

 こうして街にやって来たのはこれで3度目だが、今回は今までとは少し行き先が違う。


「確か…この角を右へ…───」


 人で賑わう大通りメインストリート。それを横目に、俺は薄暗い路地へと足を進めていった。

 …ほんの少し進んだだけだというのに、何とも雰囲気がガラリと変わったもんだ。

 少しうるさいくらいだった大通りの喧騒も、ここまではほとんど届いてこない。


「…」


 路地でも何度か人とすれ違う事があった。道端に座る乞食こじきや、いかにもガラの悪そうなごろつき…どれもあまり関わり合いにはなりたくない人種である。


 当然ながら大きな街ほどこういった”側面”が隠されているもので、今回の俺の目的もまた”そういう類”に該当するものである。

 …俺もまぁ、どちらかといえば”こちら側”の住人なんだろうが。


「へへ…兄ちゃん、随分上等な服を着てるじゃねぇか…。俺達にも恵んでくれねぇかぁ…?」

「…あん?」


 元の世界でもこういったところに住んでいたなぁ…と、そんな事を考えながら目的地を目指す途中、俺は急に品のない声で呼び止められた。

 振り返るとそこには数人の男。…まぁ、声とかしゃべり方で容易に想像はついたが、ここに来るまでに見かけたような”いかにも”ガラの悪そうな連中である。


「なぁ、いいだろ…? オレ達も毎日生きてくのに必死なんだからさぁ…少しくらい慈悲を分けてくれよぉ…?」


 言ってる事は何とも同情を誘うが、つまりはただの追いはぎか…。


「そんなに生き残りたきゃ、楽して稼ごうとしないで命がけで足掻きやがれ、雑魚が」

「…あん?」


 慈悲を求めるのは結構だが、やってることがチンピラごっこではとんだ笑い話だ。

 正直あまり見ていていい気はしない。世の中には、もっと死ぬ気で地の底に這いつくばって生きてる奴だっているってのに…───!


「へ…へへへ…いい度胸じゃねぇかお前。この状況でそんな口が利け───」


  ドゴォ!!


 言い切る前に俺は正面の男に詰め寄り、鳩尾に膝を叩き込む。

 …やっぱりただのチンピラか。人数で脅しているだけで、1人1人はとことん脆弱である。


「…失せろ」


 ドスの利いた声で後ろの仲間に言ってやると、チンピラどもはそれだけで逃げ出してしまった。

 …なんだかなぁ。こいつ等も毎日生きるだけでも大変だってのはよくわかるんだが…やり方がなんとも貧弱で姑息だからか、ついやり過ぎてしまったかもしれない。


「そんなに生きたいんなら…相手を殺してでも生にしがみつく位じゃないとな…」


 …どうでもいいことか。

 俺は思考を中断すると、踵を返して目的地を目指すのであった…。


 ………。


 ……。


 …。


「ここか…」


 路地裏の少し開けた場所。そこにあったのは、何ともひっそりとした小さな店だった。

 寂れている…というほどではないだろうが、この店だけ妙に周りと雰囲気が違う。

 なんというか…他よりも小奇麗だが、怪しい雰囲気なのだ。


「とりあえず入るか…」


 ”営業中”の看板を確認すると、俺は扉を開けて中へと入ることにした。


  カランコロン…


 扉を開けると共に鳴り響く鐘の音。

 外から見ても怪しかったが、中はさらに怪しい雰囲気でいっぱいだった。

 路地裏だからこそ日の光が入りにくく、薄暗いのは仕方ないのだろうが…店内はそれ以上に暗い。

 うっすらと光るランプの明かりに照らされた棚には、これまた何とも怪しい商品がずらりと並べられていた。


「…アラ。いらっしゃい」


 その棚の奥。カウンターに身体を預けるように座っていた女性がこちらに気付いて声を上げた。


「何かお探しかしら?」


 この女性が店主なのだろうが…露出の高い服ということもあって、なんとも妖艶な雰囲気だ。

 歳は俺と同じくらいなのだろうか…? 彼女は、カウンターからこちらをじっと見つめている。


 …確か、この質問に対して…───


「そうだな…”仮面の裏の素顔”を探しているんだが」

「…アラ。やっぱり”そっち”のお客だったのね。いつか来ると思ってたわよ、”異界の便利屋”さん」


 俺の返答に対して、彼女は妖艶な笑みを浮かべたまま答えた。…どうやら”合言葉”は正しかったようだ。


「やっぱり俺のことを知ってたんだな。…流石は王都一番ということか」

「フフフ…。アナタの事なら調べなくとも耳に入るわよ。今や”話題の人”だもの」

「アンタの話もよく聞くぜ。普段は小さな雑貨屋の店主だが、その正体はいわくつきの魔道具マジックアイテムや盗品、違法品まで扱う闇市ブラックマーケット兼情報屋…ってな」


 …ここが俺の”目的地”。

 職業柄、色々な道具や情報が必要だったため、俺は向こうでも闇市や情報屋の力を良く借りていた。


 …街というのは常に表の顔と裏の顔があるというものだ。

 大勢の人で賑わう大通りが表とするならば、こういう路地裏で人知れず暮らす連中が裏側である。

 それは街が大きければ大きいほど差があるもので、これだけの規模の街ならば必ず俺の求める店は存在すると思っていた。


 …適当にいくつか回ってみようと思っていたのだが、この街で一番評判がいい所が闇市と情報屋を両方兼ねていたのは運がよかったと言える。


「それにしてもよく”合言葉”がわかったわね。…どこで聞いたの?」

「酒場で適当に目星をつけただけさ。金を見せれば簡単に話してくれる」


 この店の存在を知ったのは、ちょうどこの街の内情調査をしていたときだった。

 それだけ実力がある人間ならば、恐らく大勢の人間が利用している…そう思って酒場で周囲の人間の話し声に耳を傾けていると、いくつかのガラの悪そうな集団から同じ名前を聞いたのである。

 …”合言葉”に関してはそいつらから金で教えてもらえばいいだけで対して苦労もしなかった。


「”街一番”は言いすぎよ。この街には力のある情報屋は何人かいるもの」

「その辺も目星はつけてある。…まぁ、気が向いたらそっちにも行ってみるさ」


 彼女も力のある情報屋の1人には違いない。今は次の出発までにそう時間もないため、他は回るとしてもまた今度になるだろう。


「情報がほしいの? 買ってくれるのもいいけれど…何だったらアナタのコトを聞かせてくれてもいいのよ?」


 さっそく聞きたいことを聞こうとして、彼女が突然そんなことを言い出した。


「情報を売れって事か?」

「そう。流石に違う世界のヒトの情報なんてわからないもの。アナタが本の少し自分語りをしてくれるだけでも、貴重な売り物になるわ…」


 そう言って彼女は艶っぽく笑う。


「それとも、お金じゃ不満かしら?」

「そういう訳じゃなくてだな…」


 自身の体を抱いて挑発してくる彼女に、俺は溜息を吐きながら答えた。

 別に今は金に困ってるわけでもないし、余計なことを喋って後々面倒なことになるのもゴメンだ。


「つれないわねぇ…。気が向いたらいつでもいいからね? フフフ…」

「まぁ、考えておくさ…」


 言葉では残念そうだが、その顔はやけに楽しそうだ。

 俺は気を取り直すと、彼女に情報をもらうことにした…。

久しぶりの更新です。

最近は1話1話を長くしようとしているので時間も掛かりますし、いよいよ卒業目前と言うこともあって慌しい日々が続いています。

更新ペースがかなり落ちることになると思いますし、今まで以上に不定期更新になると思いますが、頑張って続けて行きたいと思っています。

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