第13話 「悲しき勝利の対価」
対峙した”影の異形”との決着。
激闘を制した俺達だったが、その勝利の対価はあまりにも重く、悲しいものであった…。
「…っと!」
ザシュッ!!
魔物の群れに飛び込み、近くにいる手頃な奴を切り伏せる。
魔物とは言え、所詮は獣。素早いが、動きは単調で狙いやすく、急所の位置も獣と変わらない。
この程度…恐れるに値しない!
『ガッ…!!』
喉元への一閃。それだけで真っ赤な鮮血が飛び散り、目の前の魔物は息絶える。
同胞が殺された事で、周囲の魔物は一斉に俺へと狙いを定めた。
「…そうだ。そうやって集まって来い…!」
今の俺に出来る事は、少しでもあの2人の負担を減らしてやることだ。
俺は魔物の注意がこちらに向いている事を確認すると、再び近くの1体に狙いを定めて駆け出した。
「…ふっ!!」
ズバッ!!
…ふむ。小さな村で用意された剣にしては切れ味がいい。
これなら長時間使用しても問題ないだろう。
『ガァァ!! ガァァ!!』
俺は次々と魔物の急所を狙い、確実に狙って切り伏せていく。
無論。ただ棒立ちでいてくれるほど単純でもない。相手も回避しようと跳躍する…が、俺はその動きに素早く対応して剣を振るう。
野生の獣とは向こうでも何度も戦っている。その程度の動きじゃ俺の補足からは逃れられない。
「…数が増えてきてるな」
森の奥から次々と魔物が押し寄せてくる…。やっぱり、あの”影の異形”が何らかの影響を与えているんだろうか?
普通、野生の獣は”発情期の興奮状態”や”自らの子供を守る時”でもなけりゃあ”自分より強いと判断した相手”には襲い掛かってこないはずなんだが…。
ザンッ!! ザクゥッ!!
1体。また1体と切り伏せながら、次第に2人が”影の異形”対峙する洞窟付近を離れるように移動していく。
もう魔物は俺しか見えていないらしい。…やはり、そこまで高い知能は持ってはいないようだ。
…よし。これなら上手く分断でき───
ビュゥン!!
「うぉ!?」
突如、背後から飛び込んできた”何か”。
慌てて視線を移すと、空には大きな鳥のような…あれも魔物か…?
さっきまで相手にしていたのは大きな狼のような魔物だったのだが…違う種類の奴もいるらしい。
『ギャァ!! ギャォゥ!!』
「…チッ! 面倒な…」
鳥のような魔物も次々と森の奥から次々とやって来ている…。クチバシによる突進が主な攻撃のようだ。
…この開けた地形ではこちらが不利だろう。
「く…っそ!」
ザシュゥ!! ヒュン!!
飛び掛ってくる狼型の魔物を切り伏せ、周囲を飛び交う鳥型の魔物に短剣を投げつける。
…が、流石に飛んでいる敵相手には避けられ、牽制程度にしかならない。
「…ッ!!」
俺は突進してくる鳥型の魔物のクチバシを後ろに倒れこむように回避し、すぐ近くに生えている1本の大木の枝にワイヤーを投げつけ、固定する。
ウィィィィィィィ…!
ワイヤーの巻取りによって俺の身体は宙に浮き、俺は枝の上に着地する。
…とりあえず、高所なら鳥型だけに集中できる。まずは何とかこいつらを森の奥に誘い込んで───
ヒュンヒュンヒュン!!
「…っと!?」
すぐに枝の上を飛び移りながら移動する。
だが、枝を掻い潜って鳥型の魔物は未だ突進してくる。狼型の魔物は木の上までの登ってこれないものの、下から俺を追いかけてくる。
鳥形の魔物は厄介だが、枝の上という高所のおかげで高さは奴らと同じになった。さらに、この入り組んだ木々の間を縫わなければいけないために、襲ってくる頻度がかなり少なくなっている。
『ギャオォ!!』
「そこか…!」
ザンッ!!
たまに襲ってきてもほとんどが単独で襲ってくるため、それを回避しつつ剣を振るえば簡単に切り落とせる。
…かなり洞窟付近から離れる事が出来た。そろそろこの辺で時間稼ぎを───
そう思い、踵を返したときだった。
『ギャオォォッ!!』
「来たっ…───!?」
鳥型の魔物の泣き声。迎え撃とうと構えた俺だが、その狙いは俺ではなく───
バギ! メキメキメキ…
「なっ!? しまっ…───」
俺の立つ枝に狙いを定めての突進。
その固いクチバシによって鋭く抉られた木の枝は、俺の体重を支える事が出来なくなり、メキメキと音を立てて───
…バギィ!!
…折れた。
どうやら、向こうにとっても、俺がこうして木の上に陣取るのは不利だと理解できたらしい。
まさか”野生の生き物に木の枝を折られて落とされる”とは思ってもいなかった俺は、反応が遅れたために地面に落下した。
「痛っ…!」
『ガァァァァァァ!!』
それを待っていたかのように一斉に飛び掛ってくる狼型の魔物。
俺は落ちたときに体勢を崩しており、まだ仰向けに倒れたままだ。
「くっ…!」
ガッ!! ザクッ!!
その場で地面を転がり、魔物の爪や牙を回避する。
高いところから落ちたようだが、下は柔らかい土だったために痛みは無い。問題は…剣をどこかに落としてしまった事か。
『ギャォォ! ギャァッ! ギャァッ!!』
ドスッ!! ザグッ!!
「くそっ…。このっ…!」
誘いこんだはいいが、数が多すぎるために体勢を立て直すことが出来ない。
ゴロゴロと転がり、何とか回避してはいるが…やがて、木の幹にぶつかって追い詰められる。
『ガァッ!!』
ここぞとばかりに飛び掛ってくる1匹の魔物。
回避も不可能になった俺は、大きく開かれた口から覗く牙に、自身の手首を差し入れた。
ガチィ!!
『ガッ…!? アガ…ッ!?』
「…残念だったな」
響いたのは金属音。
当然だろう。魔物が牙で噛んだのは…俺の腕輪だからだ。
この腕輪は。俺の数少ない”常備武装”であるワイヤーが仕込まれているだけでなく、その他にも様々な機能が備わっている。
そのうちの1つとして…”手首の保護”の機能が存在した。
機能…という程の物でもないが、急所の1つである手首を守るのに、この金属製の腕輪はそれなりに役に立っている。
少々重いのが難点だが…腕力が鍛えられそうなので結果オーライだ。
「…っと!!」
ドスッ!
『カ…ヒ…』
魔物が腕輪を噛んでいる隙に俺はもう片方の手で短剣を抜き、魔物の喉元に突き立てた。
魔物は掠れた声を2、3吐き出し動かなくなる。
ドン!
短剣を引き抜き、魔物の死骸をさらにこちらに向かってこようとする魔物の群れに向かって蹴飛ばし、怯んだ隙に、俺は身体を曲げて立ち上がる。…よし、何とか体勢は立て直せた。
(剣はどこだ…?)
この数を短剣だけで捌くのは少々骨が折れる。
俺は周囲を見渡し、先ほど落とした剣を探した。
…見つからない。どこか遠くか、茂みの中にでも落ちたのか。
『ガルルルルルル…』
『ギャァ! ギャアォッ!!』
「ウジャウジャ湧いて出てきやがって…」
こいつらに影響を与えている”本体”を潰せば全て終わる筈だ。
…なるべく早く頼むぜ。お2人さんよ…!
〈Another Side〉
アアァァァァァァァァ───!!
”影の異形”は大きく腕を振り下ろしてオレ達を狙う。
ドガン!!
「ッ…!」
オレはそれを前に走って回避。一気に懐に潜り込んで牽制する。
『疾風の刃よ───』
背後から聞こえる声。ユミルが魔術の詠唱を行っている。
オレは相手に肉薄したまま注意を引く。詠唱中は無防備になるからだ。
この場所で待ち伏せていたり、人に憑依していたトコロを見ると、どうやらコイツは相当知能が高いのだろう。
そういった相手は、魔術の詠唱中は相手が無防備になることも知っているし、魔術の詠唱を終えられるのが厄介だと言う事も知っている。
当然ながら、そういう奴を優先的に狙ってくるのである。
…今は前衛であるオレが、しっかりとユミルをフォローしてやらねぇと…!
アアァァァァァァァ───ァァァ!!
「くっ…!」
腕を振りかぶっての薙ぎ払い。オレはそれを一旦後ろにに跳んで回避する。
やはり詠唱中のユミルを狙ってはいるようだが、オレが上手く足止めになっているようだ。
『疾風の鋭迅!!』
ビュォゥ…!!
ユミルが詠唱を終え、魔術が発動する。
周囲から強い風が吹いた。、それは”影の異形”を包み込み、そして───
ザクザクザクザクザク!!
ア────ァァ───!!
風が無数の刃に変わり、”影の異形”の身体を切り裂いていった。
…だが、ドロドロとした半液状の身体はその傷を一瞬で塞ぎ、周囲を包む風の刃は”影の異形”に吸収されていく。
マナを吸収し、自身の傷を癒すと共に、自身の力へと変える。
さらには、そのマナの属性の特性を記憶し、その属性に対する耐性も得る…。
…厄介な敵なのは十分わかっている。もちろん、ユミルの魔術が吸収されるのもわかっていた。
「…今よ、アゼル!!」
「おうよ!!」
ユミルの叫びに答えてオレは槍を構え、”影の異形”に更に接近する。
本来は実体を持たないために、物理攻撃は全く通用しない相手。だが、マナを吸収している今の瞬間だけは…!
「喰らえ!!」
バギィン!!
金属が砕けるような音。と同時に、半液状であったはずの”影の異形”の身体に、オレの槍はしっかりと突き刺さっていた。
アアァァァァァ───!
今の間に、コイツの身体にある”心臓”を壊せば倒すことができる…!
オレは槍が突き刺さった事を確認すると、一度槍を引き抜き、同じ場所を何度も突き続けた。
ガィン! ガィン! ガィン!!
アァァァァァァァァァ!!
「コイツ…どこに核が…!?」
心臓の位置は相手によって違う。
オレはヤツの身体の中央付近を何度も貫いたが、心臓を貫いた感覚は一向に伝わっては来なかった。
アァァァァァァァ───!!
ブゥン!! ガキィン!!
「ぐぅ…っ!!」
突然横から迫ってきた異形の腕。オレはそれを咄嗟に引き抜いた槍で防ぐ。
…何とか直撃は防げたが、衝撃で大きく離れてしまった。
…と、同時に、”影の異形”の身体が再び半液状へと変化する。
どうやらユミルの魔術を完全に吸収し終えたらしい。
「チッ…どこなんだよ一体!?」
アァァァァァ───ァァァ!!
”影の異形”は、自身を傷つけたオレに視線を向ける。
どうやらユミルの魔術よりもオレの方が厄介だと判断したらしい。
「…」
オレはふと、周囲を見渡す。
…やけに周囲が静かだと思ったら、魔物の姿が消えていた。
シンの姿も無い。…上手く引き付けてくれたのか。
「ユミル! 手加減ナシだ! 一気にやるぞ!!」
オレは叫ぶと、自身の胸元に手をかざす。
ユミルもオレの合図を聞くと、手に持った杖に手をかざした。
アアァァァ───!!
オレ達の”変化”を感じ取ったのだろう。”影の異形”は警戒したように身構える。
『…来い。竜戦士の半月斧…!』
『行くわよ。風纏う宿り木の杖!!』
オレ達は、自身の宿す”心器”を解放した…。
〈Another Side Out〉
「ハッ…!」
ズシャァッ!!
『ガ…』
もう何体の魔物を切り伏せたかも判らない。
落とした剣は未だ見つからない…というより、そんなにのんびりと探していられる状況でもなかった。
「…ん? これは…」
ふと、空気の変化を感じ取った。
さっきまでいた洞窟の方からだ。一瞬、2人に何かがあったのかと思い至ったが、違う。
これは…もっと心地いい感覚だ。暖かく、身体の芯に響いてくるような───
「心器…か…?」
エンフェルに心解の儀をやってもらったときの感覚を思い出す。そうだ、これは…あの時の───
「…ん…?」
周囲に満ちた殺気が突然消えた気がして、俺は辺りを見渡す。
…魔物の様子がおかしい。さっきまで殺気をむき出しにして襲い掛かってきたはずなのに、さっき感じた”なにか”の方をじっと見つめている。
『グルル…』
『ギャォォ!』
やがて、魔物たちは踵を返し、何事も無かったかのように森の奥へと散っていった。
「これは…」
あの2人…やったのか?
慌てて周囲を探り、やはり茂みの中に落ちていた剣を拾うと、俺は大急ぎで洞窟周辺へと駆け出した…。
………。
……。
…。
「シン! こっちだこっち!!」
開けた場所まで戻ってくると、アゼルが声をかけてきた。
…あの気配はしない。ということは…
「やったのか?」
「おう。バッチリだ!」
アゼルは親指を立てて答える。
「ま。当然よね!」
ユミルも得意気に胸を張る。
…こればっかりは2人のお手柄としか言いようが無い。
「そうか…お疲れさん」
「シンも大変だったろ? あれだけの魔物の相手を1人でさせちまって悪かったな。おかげで助かったよ」
「そうね。一応、礼を言っておくわ」
アゼルはともかく、ユミルまでもが素直に礼を言うとは思ってなかった。
2人は礼を言ってくれてはいるが、どう考えてもこっちの方が大変だっただろう。
俺は周囲の様子を見てみる。抉れた地面や折れた木々を見る限り、激しい戦闘が行われたのは説明されるまでも無かった。
「…まぁ。事が済んだなら戻ろうぜ…」
そう言って、俺は足元に視線を移す。
…人形のように虚ろな眼をして動かなくなったレルの姿が、そこにはあった。
「「…」」
抜け殻と化したレルの姿に、2人も黙って俯いてしまった。
俺は跪くと、虚ろに見開かれたレルの瞳を手で閉じさせ、両腕で抱える。
「…戻るぞ。起こったことは包み隠さず報告する。そこまでが”任務”だ」
誰が死のうが、たとえ失敗しようが、ありのままを報告する…。
それはどんな世界でも変わらないことだ。
…森を抜けて村に戻るまで、俺達は収支無言のままだった…。
………。
……。
…。
「そうですか…娘は既に”影の異形”に…」
村に戻った俺達を村人は出迎え、全てが終わったことを村人は喜んでくれた。
だが、レルのことを知った村人は皆一様に泣き出しそうな表情を浮かべていた。
それだけ彼女は村人に愛されていたのだろう。話を聞く限りでは気立てのいい娘だったそうだし…。
「オレ達にはどうすることもできなくて…」
アゼルが申し訳なさそうに呟くと、村長は静かに首を横に振った。
「いえ。あなた方が来る頃には最早手遅れだったのです。それに…あなた方は娘を解放してくれました。…娘も、きっと喜んでいるはずです」
村長は優しく笑ったが、やはりその表情はどこか暗かった。
俺達は村長達の頼みもあって、レルの葬儀に出席した。
小さな村ではあるが、それでも村のために精一杯働き続けた彼女を失った事は、きっとこの村にとっても大きかっただろう。
…こういう風景は、やっぱり嫌いだ。どうでもいい事を、思い出してしまいそうになる。
俺は、思わず顔の右半分を押さえた。
「…シン? どうしたんだ?」
そんな俺の様子を見かねて、アゼルが声をかけてくる。
「いや、何でもない」
俺は短く答えた。
…こういう風景は。本当に嫌いだ…。
………。
……。
…。
葬儀を見届けた俺達は、レルの墓に手を合わせた後に馬車へと乗り込んだ。
それまでの準備の間、村人は皆”影の異形”を倒したことを感謝してくれた。
…レルのことに関しても、”仕方がなかった”と。
「本当に、ありがとうございました」
馬車の下から、村長は俺達に頭を下げて再度礼を言った。
「”代表者”として、当然のことをしただけよ」
ユミルの言葉に、アゼルも頷く。
やがて、ゆっくりと馬車は動き出す。
村長も、その後ろで手を振っている村人たちも、その顔に笑顔を浮かべて小さくなっていき、やがて見えなくなった。
「…後味が悪かったな」
「…そうね」
村人たちは”仕方が無い”。そう言っていたが、やはりどうにも後味が悪かったのは言うまでも無い。
だが、俺は2人とは全く違う事を考えていた。
「…さ、休めるときに休んでおこうぜ。戻ったらまた忙しくなる」
そう言って、俺はごろんと横になった。
「ちょっとアンタ…いくらなんでもそんな軽く…───」
「今ここでウダウダやっててもレルは生き返らない。…死んだら人はそこで終わりだ」
「アンタ…───」
冷めたような俺の言い方にユミルは何か言いかけたが、アゼルが手でそれを制した。
「アゼル。何よ…!?」
「シンの言ってる事も間違ってねぇよ。オレ達には、まだまだやることが山積みなんだ」
…”影の異形”はまだ山ほどいる。それにマトモに対抗できるのは、心器が使える”代表者”のみ。
俺は”代表者”ではないが、俺は俺でやることが山ほどある。
死者は絶対に蘇らない。ならば、これ以上死者を増やさないようにする事こそが、死者への最高の弔いだと俺は思っている。
…もちろん、元の世界へ帰るための”仕事”としても、俺は一刻も早くこの面倒な戦いを終わらせなければならない。
…帰りの馬車は、どこか悲しげな雰囲気の静寂に包まれながらも、ゆっくりと首都を目指していたのだった…。
~追加用語~
【疾風の鋭迅】
カテゴリー:魔術
主な登場作品:全般
~概要~
風の刃で対象を包み込み、切り刻む風属性中級魔術。
細かい座標の設定が複雑なため、細かく制御できなければ余計なものまで巻き込んでしまう危険性がある。
風の刃は範囲が狭いほど一点に集中するため、威力は範囲が小さいほど高い。
戦闘シーンに苦労した…。
最近戦闘シーンが単調になりすぎてないかと工夫しているつもりなのですが、どうにも慣れません。
冬休みも終わり、学生生活も一区切りがつきそうなので、もう少ししたら余裕を持って更新できるかと思います。