第12話 「影の異形」
翌日になって、俺達は本腰を入れて周辺の調査を行うこととなった。
原因はやはり影の異形で間違いない…。
そんな確信とともに現れた”親玉”と、それ故に確信へと変わった悲しい事実が、俺達の前に立ちはだかったのだった…。
「…確かに、近頃周辺の魔物が凶暴化しているようです」
翌日、俺達は村長から周辺の魔物の凶暴化について聞いていた。
村長の話によると、やはりこの周辺の魔物が活性化しているらしい。
この村は相次ぐ盗賊の襲撃から防衛設備を強化しているため、比較的被害は少ないらしいが、このまま凶暴化が続くようであれば、流石に危ないとの事。
「…やっぱり、森の奥になんかいるってコトかな?」
「その可能性が高いでしょうね…」
「…」
俺は、アゼルとユミルが相談しているのを後ろから聞いていた。
…森の奥に何かがいて、それが今回の魔物の凶暴化の原因だということは…間違いないだろう。
だが妙だ…。なぜ魔物を使う? 影の異形なら、自身が襲撃すれば一発でこんな村は壊滅するだろう。
…やはり、これは…。
「…よしっ! じゃあ、今日にでも森に行ってみようか!」
アゼルは勢いよく立ち上がると、俺達にそう宣言した。
…まぁ、勢いがあるのは認める。けどな、お前…。
「この辺の森は結構深いぞ? この辺の地理も無いのに進んで、遭難でもしたらどうするつもりだ?」
「うぐ…それは…」
勢いも重要だが、それで俺達が危ない目に合っては元も子もない。
まぁ…俺はサバイバル術も習得しているから、死ぬ事はないだろうが…。
「親玉がどこにいるのか位はアタリをつけとかないと、この広い森を闇雲に探るのは効率が悪い」
「それなんですが…心当たりがない事もないのです」
突然の村長の言葉に、俺達は揃って振り向く。
村長の話はこうだ。
凶暴化した魔物はいつも”同じ方角から”やってきていた。
そして、魔物がやってくる方角にはかつて獣が巣にしていた洞窟があるとのこと。
仮に、親玉がいるとするならば、そこの可能性が高いらしい。
「…そういや、あの盗賊どもはどっちから来たんだ?」
俺は机の上に地図を広げ、村長に見せる。
「えっと…たしか、こちら側から村を取り囲むようにやってきました」
村長は指で地図をなぞり、盗賊の進行方向を示す。
…ふむ。これは…。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
俺は踵を返し、村長の家を後にしようとする。
「盗賊の頭のところに行って来る、何か知っているかもしれない」
俺はユミルにそう告げると、村の牢獄へと向かった…。
………。
……。
…。
「テメェ…!」
村の牢獄。
そこには、昨日村を襲った盗賊のうち、生け捕りにした連中が収容されていた。
当然、そこには盗賊の頭も含まれている。
頭は俺の顔を見るなり、今にも襲い掛かってきそうな勢いで睨んできた。
「よう。気分はどうだ?」
「…」
周りの盗賊も、こちらを睨んできている。
俺はそんな事は気にせず、牢屋の中に入った。
…ちなみに、彼等は牢屋の中で、さらに鎖に繋がれているため、牢屋を空けても問題は無い。
「…なんのつもりだ」
「お前らに聞きたい事がある。この辺の魔物についてだ」
こいつらは盗賊だ。
村の人間に話を聞くと、こいつらは頻繁にこの村を襲ってきた連中だと言う。
盗賊なら、街道を通って村に接近するはずがない。
つまり、”この周辺の森を通って”村に接近するはずなのだ。
そういうことなら、この周辺の森についても何か知っているかもしれない。
俺はそう思ってここにやって来たのだった。
「…ハッ! 誰がテメーなんかに教えるかよ!!」
「…ふむ」
まぁ、概ね予想していた反応だ。
俺は頭の背後に回ると、手錠で繋がれた手を持つ。
「…何だ」
「どうしても教える気はないのか?」
「二度も言わせんな!! 人に物を頼むときはそれ相応の態度ってモンが───」
バギィ!!
「あ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
頭の悲鳴が牢屋に響く。
…まぁ痛いだろうな。”指の関節を外されたら”。
素直に教えてくれないなら、まぁこうするしかあるまい。
「お頭ァ!?」
突然の頭の悲鳴に、手下の盗賊が声を上げる。
「…おっと」
「…ヒッ!?」
そいつの喉元に、短剣の切っ先を突きつける。
「そうだな…じゃあ、一本ずつお前の指の関節を外していって、手下を1人ずつ殺していったら、教えてくれる気になってくれるか?」
「ぐ…テメェ…!!」
痛みに呻きながらも、頭はこちらを睨むのをやめない。
「言っとくが脅しじゃねぇぞ? 俺はあの2人より優しくねぇんだ」
”代表者”ならありえない行為も、”便利屋”なら問題ない。
誰を拷問しようが、殺そうが、俺にとっては”いつも通り”だ。
俺の声色から、本気だと言う事を察した頭は、観念したように目を伏せる。
「…何が聞きてぇんだ」
「…賢明で助かるよ」
俺は、1人ほくそ笑んだ。
………。
……。
…。
「なるほど。やっぱあの辺りで問題はなさそうだな」
牢獄を後にして、俺は1人呟く。
頭の話では、”ある区域のみ”、凶暴な魔物が多いので避けているらしい。
…そしてそれは、先ほど村長が言っていた”魔物が攻めてくる方角”と一致する。
「…奥にいるのが”親玉”なら、楽なんだがな…」
呟きながら、俺は村長の家の扉を開ける。
「あ、お帰りなさい」
「…レル?」
村長宅では、なぜかレルまでもが待っていた。
「どうだった? 何かわかったの?」
「ああ…。多分、”親玉”はさっき言ってた方角で間違いないと思う」
俺は若干うろたえながらも答える。
俺の言葉を聞いたアゼルは、今度こそと立ち上がり、叫んだ。
「よっし! じゃあ決まりだな!!」
「それはいいんだが、何でレルが?」
俺は、意気込むアゼルはそのままに問いかけた。
「先ほども言いましたが、この辺りの森は深く、地理に詳しくないと迷います。なので案内役を誰かに任せようとしたのですが…───」
「そしたら、彼女が立候補したのよ」
ユミルの言葉とともに、レルはペコリとお辞儀をする。
「…おい、いくらなんでも危険すぎるだろ。他に誰か───」
「だ、大丈夫です! 私、足手まといにはなりませんから!!」
…いや、無理だろそれは…。
「私に出来る事があるなら…お手伝いをさせてください! 危険なのは承知の上です!!」
「…いやいやいや」
相手が得体の知れない化け物だってのに、素人を連れて行く馬鹿はいねぇだろ普通…。
そう思い、多少強引にでも却下しようとすると…───
「まぁ待てよシン。オレ達もさっきそう言って止めようとしたんだって」
「はぁ…? じゃあ何で…───」
「少し…事情がありまして…」
俺の言葉を遮って、村長が口を開いた。
村長の話によると、この村は盗賊の襲撃が原因で人手が足りず、いつもギリギリの生活を送っていたそうだ。
そんな中、レルは人一倍村のために尽力し、特に薬草摘みといった”村の外”での仕事はほとんど彼女がやっていたという。
「そんなわけで、森の案内役には彼女が一番適任なのです」
「…なるほどな…」
まぁ、一番詳しいのが彼女なら、適任といえば適任だが…。
…同時に、俺は、全てを理解していた。
「…わかった。けど、足手まといにはなるなよ?」
「あ…はい! ありがとうございます…!」
俺の許可を聞くと、レルは嬉しそうに笑い、再び頭を下げた。
「村長」
「はい?」
出発前の準備として、俺は村長に尋ねていた。
「盗賊が頻繁に襲ってきたってことは、武器もいくつかあるんじゃないか?」
「え? …ええ。確かに」
それを聞くと、俺は村長に頼んで村の武器庫に案内してもらった。
中には、城で使われていた物に比べれば粗雑だが、小さな村にしては十分な数と質の武器がいくつか揃えられていた。
「ふむ…悪くない。よくこれだけ質のいいモノを揃えたもんだ」
俺は近くにあった剣を手に取り、軽く振ってみる。
「ありがとうございます。…それで、どうして武器庫に?」
「ああ。…じゃあ、この剣を借りて行きたいんだが」
俺は今手に取っている剣を指差す。
相手が相手だけに、いつも使っている短剣だけでは無理があると判断したためだ。
”武器は現地調達”。…これもそれに当てはまる。
「え? はい、それは構いませんが…代表者様の腕に合うかどうか…」
「言ったろ? 代表者じゃなくて、ただの便利屋だよ」
どんな物でも武器になる。それが本当に”武器”なら贅沢な位だ。
…これは、ずっとそういう仕事をしてきた俺の経験談である。
………。
……。
…。
「皆さん、こちらです」
準備を整えた俺達は、すぐに森の奥へと出発した。
レルの先導で進む中、今のところ魔物の姿はない。
森は、不気味なくらい静けさに包まれていた…。
『…さっきあんなに反対してたのに、随分あっさり受け入れたんだな?』
道中、アゼルが耳打ちしてくる。
『…別に、危なくなったら隠れてもらえばいいと思っただけだよ』
『…そっか』
アゼルは、それ以上なにかを聞いてくることはなかった。
それからは特に会話もなく、俺達はただ黙々と森の中を進んだ。
…妙なのは、凶暴化した魔物が多く住み着いているはずなのに、一度も遭遇していない事だ。
気配も特に感じない。警戒されているのか…それとも…───
「もうすぐ到着です」
やがて、それなりの大きさの洞窟が見えてきた。
周囲には木々が少なく、この周辺だけ妙に開けている。
「…」
俺は地面を軽く探ってみる。
「…どうしました?」
「…つい最近まで獣がいた形跡があるな」
獣の毛や足跡。匂い…───
どれもかなりはっきりと残っている。
それだけ数が多く、まだこの辺りにいる…───
「獣じゃねぇな」
「ッ!?」
アゼルの呟きで、俺も気配を察する。
ガサガサガサッ!!
瞬間、周囲の木々の陰から、獣のような化け物───魔物の群れが飛び出してきた。
「ちょっと、これって…!?」
「罠…か。やっぱりな」
俺達はレルを囲むように三角に陣形を組むと、それぞれ正面の魔物どもを睨む。
「けど、これは…こっちの動きが読まれてたってコトか!?」
「…」
俺はちらり、と背後にいるレルを見る。
レルは不安そうに周囲を見渡している。
「…どうする? いけるか…?」
「当然。このくらいどうってコト───」
アゼルとユミルの2人が盛り上がっている中、なぜか魔物たちは身構えたままゆっくりと後退していく。
「…どうした?」
「…親玉のご登場、ってワケか」
俺は洞窟の奥を睨みつける。
…洞窟の奥から、”何か”がゆらりと蠢き、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
…ズシッ …ズシッ
…やがてそれは、確かな”影”となり、その姿を俺達の前に見せた。
「…これは」
…それは、まさに”異形”だった。
黒いドロドロとした体躯、その全身に走る光る線。そして、手足の先端や頭部を覆う骨のような甲殻。
そこから覗く眼は、妖しく光り、こちらを睨んでいた。
アァァァァァ───ァァァァァ!!!
「く…」
「アタリだ…! 出やがったな、”影の異形”!!」
影の異形は、声のような…悲鳴のような雄たけびを上げ周囲を威圧する。
なるほど…これは確かに”ヤバい”。
今まで死にかけたことは何度もあるし、こっち来てからは見たこともない化け物とは何度か戦ってきたが、これは明らかに別格だ。
”ヤバい”。そう本能で感じるような相手と対峙するのは、いつ以来だったろうか。
…だが…こいつよりも色濃く気配を発しているのは───!
「シン! オマエは周りの魔物を頼む! コイツは俺が…───」
「いや、”そいつじゃない”」
「え…? ちょっと、それってどういう───」
ユミルは問い返すが、俺はそれには答えず───
ドス…!!
「え…?」
背後にいた”レルに”、短剣を突き刺していた。
「ちょ…アンタ、何を…!」
「いや…様子が変だ!」
レルは心臓につきたてられた短剣をぼんやりと見つめている。
…が、やがて、その身体がガクガクと震えだした。
「あ…が…アガガガガアアアアアアガアガガガ!!??」
…やっぱり…コイツ…!!
「下がれ!」
俺の合図で、俺達はレルから距離をとる。
見ると、レルの心臓からは真っ赤な血…ではなく、黒いドロドロとした泥のような液体が流れ出ていた。
…ちょうど、そこにいる影の異形の身体を構成している液体のような…。
「どういうことよ…これ…!?」
あまりの出来事に、ユミルは口元を押さえながら混乱する。
「落ち着け…。最初からコイツが本体だったんだよ」
背後を見ると、先ほどの影の異形はドロドロとその身体を崩壊させていた。
…恐らく、本体を攻撃されたから、体を維持できなくなったのだろう。
「シン…これは…」
「…城の記録に残ってた。”こういうケース”が、過去にあったって」
影の異形の中には、人間に”核”…本体を植え付け、苗床として身体を乗っ取る奴がいるらしい。
魔物が待ち伏せしてたのも…恐らくコイツが連絡したんだろう。
レルは以前、薬草摘みで魔物に襲われたと言っていた。
昨日の夜、ぼんやりと宿屋に現れたあいつは…多分、影の異形に身体を制御されていたんだろう。
大方…俺達の寝込みを襲うつもりだったのだろうが。
「普段はレルに意識の主導権を握らせて村の中に潜伏し、俺達みたいな”ご馳走”が来るのを待っていた…ってところか」
相当知能がある奴だな。
ただ…1つ誤算だったのは、最後の最後で気配を隠しきれなかったことだ。
化けの皮をはがされたんじゃ…もうどうしようもねぇわな!!
「あ…ア…アァァァァァァ───アァァァァアァァァ!!!」
やがて、レルから流れ出した黒い液体は俺達の背後の崩れた影の異形を同化し、その真の姿を現した。
「シン…。前からアイツがレルに取り付いてたってコトは…レルは…」
「…」
アゼルの問いに、俺は無言で首を横に振る。
「…そうか」
苗床になった時点で、そいつの肉体は”死”を迎えている。
城の記録ではそう書いてあった。
背後で倒れているレルを見る。
…それは、まるで抜け殻のように生気を失っていた。
「…」
胸糞悪い。
こういうのは、気分が悪い。
ズキリとした痛みを感じて、俺は顔の右半分を抑えた。
「…こんなのっ…絶対許さないんだから…っ!!」
「…だな。ヒトを人形扱いするなんてのは、胸糞悪ィわ」
目の前でその姿を現した影の異形に、2人も感情の昂ぶりを抑えられないようだった。
「そいつは頼む。魔物の相手は任せろ!」
流石に、ここで俺がやるべきことはしっかり理解している。
心器がない以上…俺は魔物の相手をしたほうがよさそうだった。
「…ああ、頼む」
「こっちは任せなさい!」
後ろの魔物は俺、前の化け物はアゼルとユミル。
…俺達は背中合わせに向き直り、目前の敵へと駆け出した…───
世間はもうすぐクリスマスですね。
すっかり肌寒い季節となりました。
もうすぐ今年も終わりますが、来年も頑張っていきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。