第11話 「始まりの村」
村での騒動。それを難なく退けた俺達は歓迎とお礼の宴会に参加していた。
”影の異形”の存在は明日調べる事となり、俺達は明日に備えて英気を養うのだった…。
「ふむ。小さな村にしては防衛施設が充実してるんだな」
アゼル達と別れて、俺は村の周りをぐるりと迂回していた。
この村は規模こそ小さいが、木造の防壁や物見やぐらといった”防衛施設”が十分に建造されている。
…それだけ発展している。と言うよりは、”頻繁に襲われるから建造した”という意味合いの方が強そうだが…。
それを裏付けるように、村の周囲には大勢の人間がこの地を踏み荒らした痕跡が残っている。
───ワアァァァア!!
防壁の向こう側から聞こえてくる悲鳴。
…だが、その後に聞こえてきた音は、明らかに今までとは違ったものだった。
『”爆炎の鉄槌”!!』
ドガァァァァァァァァン!
「…あれは」
響き渡ったのはユミルの声。…その後、ものすごい爆音と共に村の入り口の方が爆発した。
───アァァァァァァァアア!!
直後に聞こえてきた叫び声は、村人とは違う、暑苦しい男たちの声。
…うん。どうやらユミルたちは派手にやってくれているようだ。
「…そんじゃ。俺も行くとしますかね…!」
ヒュン!
俺は周囲の手ごろな木の枝にアタリをつけると、腕輪のワイヤーをベルトの金具に通し、木の枝に投げつける。
ワイヤーは木の枝に巻きつき、先端の金具で固定される。
俺はそのままワイヤーの巻取りを開始し、枝の上によじ登る。
…よし。案の定、この辺りはかなり手薄になっている。
俺の任務は簡単。
道中見つからずに敵の頭を殺す。ただそれだけだ。
万一見つかった場合は報告されないように口封じもしなくてはならない。
…何、いつもやってる事だ、問題ない。
「…と、行くか」
あまりモタモタしているとアゼル達が先に到着してしまう。
俺は思考を中断すると、枝の上から防壁を飛び越え、村の中に侵入した。
………。
……。
…。
「オイ。何事だ!?」
「入り口で暴れてる2人組みがいるらしいぞ!」
「いや、”3人”だ」
「「!?」」
ズシャァッ!!
「カ…ヒ…」
残っている見張りの内、避けて通れそうにない奴を始末しながら進む。
どうやら村人は一箇所に集められているらしい。
頭がいるとしたら…そこかな。
俺は今殺した2人の盗賊の死体を草むらに隠すと、気配を殺して村の中心部を目指すことにした…。
〈Another Side〉
「うおぉぉぉぉぉ!!」
ブゥン!!
周囲には数人の盗賊。オレはそれを槍を薙ぎ払って吹き飛ばす。
「くそ…なんて馬鹿力なんだ…!」
「力だけが取り柄だからな!!」
ドン!!
オレは目の前の盗賊目掛けて槍を突き出す。
盗賊は慌てて防ごうとするが、そんなハンパな防御じゃ防ぎきれない。
「ぐあっ!?」
盗賊は突きを防いだにも関わらず、その勢いで大きく後方に吹っ飛ばされた。
「このっ!!」
その直後、オレの背後から別の盗賊が剣を振りかぶり襲い掛かってくる。
「死───!」
「”風の矢”!!」
ビュォゥ!!
「があぁ!?」
…が、盗賊は突如飛んで来た風の矢に貫かれ、その剣を振り下ろすことなく息絶えた。
「前ばっか見てんじゃないわよ。しっかりしなさい!」
「悪ィ悪ィ! 助かったぜ!!」
オレは風の矢を放ったユミルに礼を言うと、槍を振り回して盗賊どもを威嚇する。
そして、その勢いに若干気圧される盗賊どもに槍を突きつけ、叫ぶ。
「さあ、死にたい奴はかかって来い! オレが相手だ!!」
「アタシも忘れないでよね!」
シン…頼むぜ…!
〈Another Side Out〉
「アァン!? たった2人に何やってんだテメェらは!!」
ドガッ!
「ガッ…す、すいませんお頭ァ!!」
村の中心部には、大勢の村人が集められていた。
入り口でのアゼル達の様子を報告していた1人の盗賊。コイツの発言どおりなら、その前にいる男がこの盗賊どもの頭なのだろう。
さて、このまま殺ろうにも見張りが多すぎる。
…ちなみに今、俺は近くの家の屋根の上にいた。
「何とか隙を作らないとなぁ…」
”奇襲”というものは基本的に一度しか通用しない。
つまり、失敗は許されない…のだが、少なくとも今の状況で成功するとは思えない。
…あの頭だけ殺れればOKなんだがなぁ…。
「…仕方ない。アゼル達の到着を待つか」
2人がここまで来れば、連中の注意はそっちに集中するはずだ。
なんとかそこで隙を見出せれば…。
「…と、噂をすれば…。…意外に早かったな」
そんな事を考えていると、意外にも早くアゼル達がここまでやってきた。
オイオイ早いなぁ…流石は”代表者”ってわけか。
「ちょっと…!? シンはど───むぐっ!?」
危うく俺の存在を口走りそうになったユミルの口を、アゼルは慌てて塞ぐ。
それで、自分が危うい事をしようとしていた事を理解したのか、ユミルは押し黙った。
…ふと、こちらを見上げたアゼルと目が合った。
まさか…最初から俺の位置がわかってたのか…?
もしそうだと言うのなら…やはり侮れない男だ。
「テメェらか!? 俺達の邪魔をした2人組みってのは!!」
盗賊の頭は、自分たちの邪魔をした2人を睨みつける。
「そうだ! 村を開放しろ!!」
「うるせぇんだよ!! てめーらこそ、邪魔すんじゃねぇ!!」
盗賊の頭は、突然現れた邪魔者に相当苛立っているようだった。
「邪魔って何よ! 邪魔なのはアンタだっつーの! さっさとこの村から出て行きなさい!!」
「…!!」
頭の言葉を聞いたユミルは、ビシッと指を突きつけ、叫ぶ。
…あのバカ…苛立ってる相手を挑発したら面倒な事に…。
「上等だテメェ…!!」
「え───きゃっ!?」
…案の定、頭は近くにいた村娘の手を掴み、引き寄せて、喉元に剣の刃を当てた。
何てこった…これじゃあ奇襲どころじゃない。
「動くなよ…? 動いたらこの女の命はねぇぞ!!」
「あ~あ~もう…」
盗賊どもはじりじりとアゼル達に近寄っていく。
人質を取られている以上、アゼル達は手出しが出来ない…。
…やるとしたら、今しかないか…。
「しゃぁねぇ。行くか…!」
ビュンッ!!
俺は頭の方へ短剣を投げつける。
…だが、それは頭を狙ったものではない。
この位置では人質を盾にされる可能性もあったからだ。
スバッ!!
「…え?」
「なっ…!?」
短剣は”村娘の方”へと飛んで行き、その長いスカートの裾を軽く切り裂いた。
そして…頭の視線はその一瞬”人質の方”へと向く。
「よし…!」
俺はすかさず屋根から飛び降り、頭の方へ走りながらワイヤーを巻き取って短剣を回収。
そのまま人質の方へ向いている頭の視界から外れるようにぐるりと周囲を回りながら、もう片方の腕輪のワイヤーを投げつける。
ビュゥン!!
「な…え…───」
突然の事で驚いている頭は、未だ状況についてこれていない。
…やはりゴツい身体なだけあって、頭は足りないらしい。
俺の投げたワイヤーは剣を持つ頭の腕に絡みつき、金具で固定される。
それを確認して、俺はワイヤーを巻き取る。
ギュイィィィィィィ!!
「な…がぁぁぁぁぁ!?」
勢い良くこちら側に引き寄せられ、頭は人質を手放してしまう。
「今だ! アゼル!」
「おうよ!!」
人質がいなくなれば何も問題はない。アゼルは槍を構え、ユミルは魔術の詠唱を始める。
「ずいぶんなことしてくれたわね…覚悟しなさい!!」
ユミルの叫び声を聞いて、向こうは大丈夫そうだと判断した。
俺はワイヤーによって引き寄せられてくる頭の腕を短剣の柄で殴りつけ、剣を落とさせる。
そして…───
「よっと!!」
ブゥン!!
「なぁぁぁぁぁぁ!!」
ズシャァァァァァ!!
その腕を掴み、背負い投げ。
即座に地面に倒れる頭をうつ伏せに返し、頭と両腕を抑えて拘束する。
「く…くそっ…! テメェ…何者だ…!?」
ようやく状況が飲み込めてきた頭は、自身を上から拘束する俺に向かって問いかける。
…何者かって? そりゃあお前…───
「…ただの便利屋だよ」
…俺の答えは、一つしかなかった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
叫び声に後ろを振り返ると、ちょうどアゼル達も周囲の盗賊たちを倒し終えたところだった。
「ふぅ…。助かったぜ。シンがいなかったらどうなっていた事か…」
「気にすんな。お疲れさん」
俺達はハイタッチをする。
…と、後は…───
ペチン!
「痛い!? 何よいきなり!!」
俺はユミルの額に指を弾いてやる。
「何だじゃねぇよ。俺の位置をバラそうとしかけたり、無意味に相手を挑発して面倒にしてくれやがって。もう少し考えて行動しろ」
「う、ぐ…」
てっきり何か言い返してくるかとも思ったが、どうやら自分の失態はきちんと認めているらしく、俯いて反省していた。
…ふむ。割とその辺はしっかりしているらしい。
「まぁまぁ。何とかなったんだからいいじゃねぇか」
アゼルもこう言っていることだし。俺も同感だからこれ以上ユミルを叱るのはやめておくことにした。
「ま…次は気をつけろよ?」
「わ…わかってるわよ…」
………。
……。
…。
「本当に、ありがとうございました…!」
先ほど人質となっていた村娘は、ぺこりとお辞儀をした。
彼女はどうやらこの村の村長の娘らしい。
俺達は村の危機を救った恩人と言う事で、今は村長の家で歓迎とお礼の宴会をやっている。
盗賊連中はとりあえず縄で拘束して、後日やって来る城の兵士たちに引き渡すそうだ。
「まさか代表者様たちだったとは。本当になんとお礼を申し上げていいか…!」
「いやいや、礼ならオレ達よりもそこのシンに言ってやってください」
アゼルは俺に話を振る。
「黒衣に黒い帽子の代表者様は今まで存じ上げておりませんでしたが…貴方も?」
「いや、俺はただの便利屋だよ」
あくまで”代表者”は否定する。
「ふむ…? お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん…シンと名乗ってるよ」
俺はその問いに答えて、再び料理を口に運ぶ。
小さな村とは言うものの、並んでいる料理はどれも素朴ながらに美味しい。
王宮で食べていたものは高級感があって、美味しいのは美味しいが、どうにも肌に合わない感じがしていた。
そういったものよりも、やはり俺はこういう素朴でありふれたものの方が好みなんだと思う。
「シン様。お酒もありますが」
村長の娘は、黙々と料理を食べる俺に気を遣っているのか、酒瓶を持ってやって来る。
「ああ…すまん。酒は飲まないんだ。代わりに水を持ってきてくれないかな」
職業柄、アルコールは口にしないことにしている。
”仕事中だけ飲まない”とか、そんな風に決めていたわけでもなかったが…特に自分から飲むこともなかったから、そのまま普段も飲まなくなっていた。
「どうぞ」
村長の娘は水をコップに注いでくれる。
「悪いな。…ところでお前、名前は?」
「え…? あ…レルといいます」
レル…そう名乗った娘は、再び軽く頭を下げる。
「皆さんは村の恩人ですから、たくさん食べてくださいね」
「おう! やっぱ運動後のメシは最高だな!」
「アンタ、本当に元気ねぇ…」
…もうじき夜になる。
いきなりとんだハプニングだったが、長旅で疲れていたのもあって、俺達はこの周辺の調査は明日行うことにした。
…まぁ、こういうのも悪くない。
………。
……。
…。
夜になった。
俺達は村の宿屋に部屋を借り、今日はそこで寝る事になっている。
…が、俺は生憎と、こういう”初めて来た場所”では安眠できない体質なため、こうして宿屋1階の酒場で時間を潰していた。
カラン…。
「ん…?」
不意に扉の開く音が聞こえる。
酒場の中は既に暗く、中の様子は開かれた扉から差し込む月明かりを頼りにしなければわからない。
…気配を感じる。俺は眼を凝らしてそっちの方を見る、と、それは良く知った人物だった。
「レル?」
「…」
俺が声をかけると、レルはゆらりとこちらを振り向く。
その目はどこか遠くを見ているようで、意識がはっきりしているのかどうか怪しい。
「…おい」
「…え? あ…!! え…!?」
俺が再び声をかけると、レルは急に意識を取り戻したかのように反応した。
「あれ…? えっと…シン様?」
「おう。…どうした?」
「え…いえ。ちょっと眠れなくて…」
俺の問いに、慌てたようにレルは言う。
「シン様も眠れないんですか?」
「ん…まぁな」
…俺の場合、”眠れない”なんてレベルの話じゃないのだが…。
「…そういや、お前さんに一つ聞いておきたい事があったんだけどさ」
「はい? …なんでしょう?」
レルは自然と、俺の座っているテーブルの向かいに座って聞く。
「ここ最近…魔物とか、そういう類に襲われた事って…あるか?」
「魔物に…ですか?」
俺の問いに、レルはきょとんとする。…まぁ、俺の質問の意図なんてわからないのだろうが。
「村はよく盗賊や魔物に襲われますけど…───」
「いや、そうじゃない。”お前が”…だ」
レルの返答を遮って、俺は言い直す。
「それか…1人で魔物が出そうなところに行った事があるか…な」
「えっと…確かに最近、森に薬草を摘みに行きましたけど、特に襲われた覚えは…」
「ん…そっか」
レルの返答を聞くと、俺は立ち上がり、階段の方へと歩き出す。
「もう夜も遅い。俺も寝るから、お前もさっさと帰りな」
「え…。あ、はい…。そうですね…」
…明日の方針は、決まったな。
俺は1人納得すると、自室へと戻った。
…こうして、初めての村での夜は更けていくのだった…───
~追加用語~
【風の矢】
カテゴリー:魔術
主な登場作品:全般
~概要~
小さな風の矢を生み出し、対象に放つ風属性下級魔術。
精度が高く、素人でも比較的容易に使える魔術であり、熟練者は一度に数発の発射が可能。
【炎の鉄槌】
カテゴリー:魔術
主な登場作品:全般
~概要~
巨大な炎の塊を生み出し、対象の頭上から叩き落す火属性中級魔術。
炎の塊は落下後爆発し、広範囲に影響を及ぼす。
威力、範囲共に強力な魔術ではあるが、制度が悪く、魔力の消費が激しいのが欠点。
更新ペースが落ちてる…。
なんとか日曜に間に合うように頑張りたいです。