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銀と氷のジークリンデ  作者: 四十早
第2章 星の民と竜の加護
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第58話 氷の標――届いた声

 目の前に広がるのは、もはや森の風景ではなかった。

 大木はへし折られ、泥と赤錆の混じった水が周囲にぶち撒けられている。その中心で、二つの巨躯が対峙していた。


 銀狼の輝く毛並みには、焼け焦げた跡がみられる。再生はできていない。それに、その体にはかつてゼイナが刻んだ氷の槍が深々と突き刺さったままだ。


「こいつは、赤錆の巨岩(セラケモス)じゃない。見ろ、アステリオ(古の銀狼)の足元を」


 ラドウィンが、それを指さした。


 銀狼の足元には、無惨にも首を切断された蜥蜴が転がっていた。鱗には鋭く裂かれたような傷が残っていた。赤錆の沼のそばに落ちていた鱗や血の跡は、この蜥蜴のものだと分かった。


 目の前に立ちはだかる巨大な蜥蜴と比べると、数刻前に銀狼や猿神と争っていた個体は、一回り小さい。

 引き裂かれ、物言わぬ肉塊となったあの蜥蜴こそが、先ほどの個体だと思っていたのだ。


「じゃあ……この大蜥蜴は、転がってる蜥蜴の仲間か」


 その時、地の底から響くような「声」が、重苦しい大気を震わせた。


『古き狼よ……何故わが子を殺したのだ』


 蜥蜴の碧眼に宿る、静かだが底知れない怒り。銀狼は砕けた牙を剥き出しにしたまま、歪んだ口元で答えた。牙は前の戦闘でレンドルが砕いたままだった。


『こいつは俺を襲ってきた』


「……親か」


 レンドルの呟きに、ラドウィンが肯定した。


「どうやら、そういうことみたいだ」


 わずかな間。戦場の圧が、空気を押し潰す。

 レンドルは視線を巡らせながら、言葉を継いだ。


「まてよ……大蜥蜴も話している。知性があるってことだ。つまり――加護持ち」


「子蜥蜴も片言だったが話していた」

「猿神のように、双頭猿も槍を使っていた……」


 レンドルは眉を寄せる。


「……まさか、親を真似てるのか?」


 ラドウィンはすぐには答えなかった。戦場を見据えたまま、わずかに息を整える。数瞬ののち、口を開いた。


「ありえるぞ……」


 銀狼の影から蠢く「闇の手」が、倒れている蜥蜴へと伸びた。闇の手が繋がった瞬間、青く光る粒子が見えた。


(まただ、星素を奪っている!)


「まずいな、猿神の時と同じだ」


 ラドウィンの警告が飛ぶ。巨大な蜥蜴はドスンドスンと地響きを立てて銀狼へ歩み寄った。


『返してもらうぞ。それと、猿を殺したようだな』

『この森は、ずっと我らのものだ。後から来た猿なんぞに好き勝手はさせん』

『それで、次は我らを殺すのか? 傲慢なことだ』

『沼のことは知らん。だが、お前も殺す』

『小さな狼め、踏みつぶしてくれる』


 大蜥蜴が大地を踏み鳴らすと、首のない蜥蜴が、重くゆっくりと立ち上がった。


『俺を踏みつぶしたいなら、貴様の子を先にやるんだな』

『な! なんということだ』


 大蜥蜴の体が銀に揺らいだ瞬間、その全身の鱗の隙間から、大量の水が滲み出した。それは意志を持つ水の魔法の鞭となり、連続で振り払われ銀狼を襲う。硬い闇の森の樹々が、まるでもろい枝のように容易く叩き折られていく。


『貴様だったのか、死者を動かしていたのは! 許さぬ!』


 銀狼はそれを踊るように躱していた。一瞬、体が青白く光ると、鋭い雷撃を放った。しかし雷は、濡れた鱗を伝って逃げた。大蜥蜴は何事もなかったかのように、銀狼へ体当たりを食らわせる。銀狼はそれを交わし、後方へ跳び退いた。


 大蜥蜴の碧眼が細くなったと同時に、水の鞭が鋭く尖った。そして、「我が子」を躊躇なく串刺しにした。


「アステリオの動きが戻っている」


 ラドウィンが断定する。レンドルは焦燥に駆られ、視線を巡らせる。


「あんな戦い、近寄れないな……」

「ああ、巻き込まれたら終わる」


「ラドウィン、ジークを探そう」

「待て……だめだ、魔力がうまく練れない」


「冷気の呪縛か?」

「そうだ、アステリオに近寄り過ぎた。銀狼の魔力が強すぎるんだ」


「炎なら、どうだ」

「どういうことだ」


「俺の魔力は炎だとネオネスが言っていた。だから銀狼の影響を受けないと。それを、渡すことができたら」


 ラドウィンはわずかに目を細めた。


「……治癒魔法に近い理屈だな。やってみろ」


 レンドルは剣に魔力を流す感覚を思い出す。ラドウィンの肩を掴み、そのまま押し流すように魔力を送り込む。氷を溶かす熱を思い描き、制御する。


「……っ」


 ラドウィンの体が、うっすらと紅い靄に包まれた。


「魔力が通る。すごいぞレンドル。これなら、探れる」


 ラドウィンが小さく呟き、呪文を唱えた。

 足元から、淡い光が円となり広がる。水面に波紋が落ちたように、静かに外へと広がっていく。


 光は樹々を撫で――弾かれたように、返ってきた。

 重なりながら、わずかにずれ、わずかに遅れて返ってくる。


「なんだ……これ」

「放った魔力は魔力にぶつかる。その跳ね返りを拾っているんだ」


 ラドウィンは戻ってくる光の微かな揺れを見据える。


「見つけた! あっちだ、三十メートルほど先、大樹の方角だ」


(すごいのは、ラドウィンのほうじゃないか)


 二人は距離を取りながら、慎重に歩みを進める。

 三十メートルも離れているのに、奴らの放つ体温や湿り気すら感じ取れるほどの近さだった。

 怪物の咆哮が鼓膜を震わせる。


 やがて、巨大な幹の陰に、銀色の髪が見えた。


「見えた」


 その瞬間、巨大な氷の槍が二人のすぐ傍に突き刺さった。地面が爆ぜ、土くれが頬を打つ。

 振り返れば、銀狼がこちらを向いている。

 蜥蜴から放たれる水弾の豪雨を浴びながらも、その碧眼は執念深くレンドルたちを捉え、深く吼えた。


『そうはいかんぞ、エルフどもッ!!』

「まずい、バレた! レンドル、行くぞ!」


 大蜥蜴が水の鞭を振り回しながら、無数の水球を銀狼に打ち込んだ。凄まじい数が横殴りの雨のように打ち込まれる。その一つが銀狼に直撃した。銀色の膜が砕け、銀狼の巨体が森の奥へ吹き飛ばされる。その跡を追うように、巨大な蜥蜴が地を這い、追撃に向かった。


 レンドルは魔力を巡らせた。


「今しかない!」


 二人は一気に駆け出し、ジークの元へと飛び込んだ。

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