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第4.5話 ロングソードに祝福を

 神殿を出ると、昼の太陽が高く昇っていた。

 石畳は明るく、影は短い。


 レンドルは歩きながら、腰のロングソードに手を添える。

 鞘越しに伝わる感触は、いつもと変わらない。


――明日は証紋官ギルドだ。訓練が終わったら、そのまま向かわないと。


 前方から、弾んだ声が飛んできた。


「あっ、お母さん見て!僕と同じ赤髪だ!」


 小さな男の子が指をさしてはしゃぐ。

 母親が慌ててその手を引いた。


「こら、失礼でしょ……すみません。兵隊さんですよね?」


「いえ、まだ兵士じゃないです」


 そう答えると、母親は少しだけ表情を緩め、子どもの手を引いて歩き出した。

 親子の背中が、人の流れに紛れていく。


 大通りに出ると、冒険者ギルドの前に荷台が停まっていた。

 その上に、黒い体毛の死体が横たわっている。


――狼だ。


 そう認識した瞬間、胸の奥が冷えた。


 右手が、こわばる。


 手が動かない。

 力を入れようとしても、入らない。


 分かっている。

 ただの死体だ。


 それでも、身体が反応する。


――あれは、違う。

――銀狼じゃない。


 そう思って、レンドルは自分の右手を見た。


 周囲から、冒険者たちの声が聞こえてくる。


「おい、闇の森の狼だろ。珍しいぞ」


「エルフどもが森を掃除したって話だ。最近はほとんど出ねぇ」


「だから言ってんだろ、血抜きしてねぇのはもったいねぇって」


「ふざけんな。月闇のアステリオかもしれねぇだろ」


「ばか言え」


 別の冒険者が吐き捨てる。


「銀狼ってのはな、体に銀色が流れるように見える。

 俺は現役の頃に一度だけ見たが……アステリオは、こんなもんじゃねぇ」


「ちっ、だったら今ここで血抜いてやるよ」


 剣が抜かれる。

 次の瞬間、死体だったはずの狼が跳ね起きた。


「――ッ!?」


 爪が振るわれ、冒険者の腕が裂ける。

 悲鳴と血の匂いが一気に広がった。


「生きてやがったぞ!」


「下がれ!」


 狼は荷台を蹴り、大通りへ飛び出す。

 その進路の先に――

 さっきの母親と、子ども。


 母親は反射的に子どもを抱き寄せ、その場に立ち尽くした。

 恐怖が、胸まで上がりかける。

 そのときだった。


 背中に、ぬくもりが触れた気がした。

 右手に、わずかな重さが加わる。

 それだけで、身体が前に出た。


 右手が柄を掴む。

 右足が踏み込む。


 剣を抜いた瞬間、

 太陽の光に当たり、刃が白く揺らぐ。

 銀光の筋が、流れた。


 感触はない。

 抵抗も、引っかかりもない。

 狼の前脚が、唐突に落ちる。


「――なっ」


「今だ!」


「撃て!」


 冒険者ギルドから駆け出してきた者たちが動いた。

 詠唱の声。

 弓弦の音。


 氷槍が狼の胴を貫き、矢が突き立つ。

 狼は一度だけ吠え、地面に崩れ落ちた。


 静寂が、遅れて戻ってくる。


 レンドルは、まだ剣を握ったまま立っていた。


 母親が、小さく息を呑む。

 子どもを抱いた腕に、力がこもる。


 それに気づいて、レンドルはすぐに剣を引いた。

 刃を相手に向けないよう、視線の外へ逃がしながら、

 音を立てず、見えないように鞘へ納める。


 それから、母親と子どもの前で、レンドルは片膝をついた。


「もう、大丈夫です」


 母親はその場に立ち尽くしたまま、震える息を吐いた。


「……ありがとうございます……」


 レンドルは一度だけ、うなずいた。


「……間に合って、よかった」


 母親は何度も頭を下げ、子どもを抱いたまま後ずさる。

 レンドルはそれを追わなかった。

 背後では、冒険者たちの声が続いている。


「腕、血止めしろ!」


「担架持ってこい!」


 世界は、もう動き出していた。

 レンドルは踵を返し、歩き出す。

 歩きながら、もう一度、自分の右手を見る。


――今は、動く。


 それだけを確かめて、前を見る。


 明日は証紋官ギルドだ。

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