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銀と氷のジークリンデ  作者: 四十早
第2章 星の民と竜の加護
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第55話 紅蓮の瞳に映る銀狼――「当たる!」

 バルザードが再生を阻まんと、銀狼の足を中心に猛攻を繰り返すが、肉体が編み直されていく速度は誰の目にも明らかだった。絶望が濃く漂い始める戦場の中、レンドルは深く集中していた。


(銀狼の加護を……魂ごと燃やす)


 魂に訴えかける。星素を扱う術はあまりに難解で、今はまだ指先を掠める程度の感覚でしかない。だがその僅かな導きでさえ、剣に乗せれば凄まじい力へと変貌する。


 魂に肉体を繋ぐ星素に触れる感覚、それを魔力で剣へと流し込んでいく。


 目を開けると、刀身は赤く、銀炎が揺らめいていた。

 その炎には、月の雫を思わせる僅かな青い光が混じっている。


「すごい……凝縮された星素が魔力に反応している」


 カルドラが息を呑む。

 傍らでネオネスの顔に滲む脂汗と疲労を見たファルダが鋭く指摘した。


「ネオネス、顔色が……!」


「……長くは持たない」


「レンドルは何ともなさそう。どうして?」


 ジークの問いに、カルドラが答える。


「レンドルは、剣に乗せて斬る想像が、誰よりも鮮明なのかも」


「ネオネスの銀炎は……狼さんの星素を奪って燃料に燃やす炎。だから消えない。説明するのも複雑でしょう。その違いだと思う」


 ネオネスとレンドルが短く視線を交わし、次にジークを見た。


「レンドル……死んだら、だめだからね」


 その言葉に少し苦笑いをして頷くと、レンドルはカルドラを振り返った。

 カルドラはフードを深くかぶり直した。


「……狼さんの言い方、俺は好きだよ」


「……ばか」


「行ってくる」


 地を蹴り、レンドルは疾走した。


 後方から放たれた援護の矢が銀狼を襲うが、その体表を流れる銀色の防御魔法に弾かれる。


「遅いぞレンドル!」


 バルザードが吠える。

 呼吸は乱れていないが、その一撃一撃には隠しきれぬ疲労が滲んでいた。


 入れ替わりにレンドルが銀炎の剣を構えると、銀狼は即座に間合いを取った。


「こわいのか、この銀炎が」


『当たらなければな』


 レンドルが一歩進むと、銀狼は即座に下がった。


「……治っていないな、その牙」


『……』


 レンドルがさらに一歩進むと、銀狼は同じく後ろに下がる。


(……近づかなければ、斬れない――ならば!)


 レンドルの背後から、バルザードの声が届く。


「レンドル、その剣は」


「銀狼の加護を断ち斬る」


 銀狼の碧眼と、レンドルの紅蓮の眼が真っ向からぶつかり合う。


 その影が揺らぐ。


 次の瞬間、影から闇の手が蠢き、レンドルとバルザードを急襲した。


 バルザードは闇の手を数本切り裂き、重い感触を振り払うように躱す。


 だが――次の踏み込みで足がもつれた。


 ほんの一瞬の乱れ。

 それは長時間の戦闘で蓄積した疲労だった。


 銀狼はその瞬間を見逃さない。


 影から一頭の狼が形作られ、レンドルの前へと躍り出る。


 レンドルの目前に迫る幻影の狼。


 レンドルは即座に斬り伏せた。


 同時に、本体の銀狼は影へ沈んだ。


 その刹那――


 バルザードの死角から、本体の銀狼が躍り出た。


 狙いはただ一つ。


 足を取られたバルザードを仕留めること。


 銀狼の体表を、雷光が這う。


 回避されることを前提とした刃じゃなく、雷撃で仕留めんとする、冷徹な判断だった。


 脳裏に過ったのは、泥を舐め、無様に足掻きながらブルード教官に挑んだあの日の記憶。


 形が違おうが、重さが違おうが、本質は同じだ。


 ずっと、それだけを信じて練習してきた感覚が、レンドルの右腕を導く。


(――当てると願えば)


 レンドルは迷いなく、ロングソードを渾身の力で投げつけた。


(当たる!)


 飛び退いたバルザードが、その意図を即座に理解し、称賛の声を上げる。


「考えたなレンドル!!」


 魔法の短剣を渡したのはバルザード自身だ。星素を宿した銀炎の剣が、誘導する刃として飛んでいく――その意味を、剣聖の眼は一瞬で読み取っていた。


 銀狼は肩の刃を使って軌道を逸らそうとした。


 しかし――レンドルの「必ず当てる」という強い願いを宿した銀炎は、磁石のように銀狼に吸い込まれた。銀狼の魔法防御をたやすく撃ち破った剣は、その巨体に深々と突き刺さり、柄の根元でようやく止まった。刀身の赤はもはや見えず、ただその一撃の重さだけが銀狼の肉体に刻まれていた。


「ガアアアアアアアアッ!!」


 銀狼が凄まじい咆哮を上げ、体中から青い光が溢れ出す。バルザードがすかさず、銀狼の前後の脚に斬撃を叩き込んだ。


 崩れ落ちながら、銀狼の眼が、レンドルに向いていた。

 銀狼の体に雷が走る。

 今、雷撃を防ぐための長剣は手にない。

 剣を手放したレンドルへ向けて、銀狼は死に物狂いの雷撃を放とうとしていた。


 その瞬間――ネオネスの銀炎の火球が、銀狼に刺さった剣と反対側に直撃した。

 爆炎が銀狼を呑み込んだ。


「おおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 爆炎の渦中へ、レンドルは迷わずに突っ込んだ。


 一瞬で魔力を爆発させ、全身に流し込む。銀狼の体に深く沈んだ、あの柄を、砕かんばかりの力で掴み取る。


 その刹那――


 銀狼の体毛から、銀の光が完全に消えた。

 光の壁に縁取られた暗闇の中で、本来の毛並みが現れる。

 それは光さえも反射しない、純粋な夜の色だった。


 レンドルの紅蓮の眼と、銀狼の碧眼が交差した。


 これほど近くで、その眼を見たのは初めてだった。


 一瞬だけ、はっきりと見えた。


 そこには憎しみも、狡知も、何の感情もなかった。


 ふと、母の声がよぎる。


 『レンドル、青き月よ、とてもきれいよ』


 宵闇に浮かぶ、青き月。


 ただ、美しかった。


 レンドルは咆哮と共に、柄から伝わる手応えをすべて乗せて、剣を全力で振り抜いた。


 銀狼の肉体を内側から引き裂き、熱い返り血がレンドルの顔を染めた。


 ネオネスの言霊が、爆炎の中で響き渡る。


「――燃やせ!! 銀狼の全てを燃やし尽くせ!!」

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