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銀と氷のジークリンデ  作者: 四十早
第2章 星の民と竜の加護
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第54話 紅蓮の瞳に映る銀狼――「加護を燃やせ」

 轟音と共に、闇の森が白銀の光に包まれた。

 ネオネスたちが放った火球が、銀狼の巨躯へ正確に命中する。直後、鼻を突いたのは毛や肉が焼ける生々しい悪臭だ。だが、攻撃の手は緩まない。


「攻撃の手を緩めるな!」


 バルザードの怒号が響く。空中からは多重展開された氷の(つぶて)が、雨あられと銀狼の肉を穿った。

 さらにネオネスが、暴力的なまでの魔力を解放した。


 地を這う棘の連弾。

 空を割る雷撃。


 そのすべてが吸い込まれるように銀狼へ突き刺さる。

 レンドルの死闘によって銀狼の防御魔法はすでに霧散し、ジークの氷の牢獄がその機動力を完全に奪っていた。


「射てる者は射て! 手を止めるな!」


 降り注ぐ矢の雨。

 ジークもまた、青白い顔をしながらも渾身の力を込め、氷の槍を幾重にも打ち込んだ。

 無慈悲な蹂躙(じゅうりん)ののち、銀狼はついに大地へと倒れ伏した。


 その瞬間、天に浮かぶ青き月が不気味に燃え上がった。


 ネオネスはすでに次の一手を構えていた。

 その手に凝縮されるのは、すべてを焼き尽くす銀炎の火球だ。


 だが――


 絶命したはずの銀狼の死体が、陽炎のように揺らぎ、影の中へと溶け落ちた。

 ラドウィンが叫んだ。


「消えた、どこだ!?」


 次の瞬間、ジークの背後に、傷だらけの、しかし確実に再生を始めた銀狼が姿を現した。

 ゆっくりとだが、確実に、銀狼の刃が振り下ろされようとしていた。


「ジーク、逃げろ!」


 ネオネスが叫ぶ。だが、ジークが射線上に重なっているため火球を放てない。

 レンドルが渾身の力で割り込み、銀狼の刃を食い止める。

 しかし、再生しつつある銀狼の膂力(りょりょく)はすさまじい衝撃で、一撃で弾き飛ばされた。


 銀狼が体当たりを繰り出す。バルザードがその巨躯を受け止め、もつれながらジークから引き離した。すぐさま立ち上がり、剣を構えて銀狼の前に仁王立ちする。


 銀狼の口からは、凍てつくような冷気が不気味に漏れ出していた。


「また冷気の呪縛だ……!」


 エルフたちの声が上がる。


「まずい、ファルダ、レンドルの治療を早く!」


 ネオネスが叫び、ファルダがすぐさまレンドルへと走った。


「なぜ死なないんだ!?」


 ラドウィンが怒りをぶつけるように叫んだ。頭を潰し、心臓だって止まったはずだ。


「ラドウィン、お前は若いから知らないだろうが……」


 ネオネスが、深い疲労を宿した瞳で怪物を見据える。


「あいつは不死なんだ」


 低く、静かな声だった。


「首を落として焼いても死なない。俺は何度もあいつを殺したよ。だが、そのたびに蘇る。あいつにとって死は――終わりではないんだ」


「だから……何百年も戦いを学習し続けて、魔法まで使いこなせるようになったっていうのか」


「それだけじゃない」


 ネオネスの声は、さらに重くなる。


「加護は一つしか持てないはずだ。だが、あいつは違う。星溜まりに触れても、あいつの魂は壊れない。莫大な魔力と生命力を得ている。命の神リヴィータの寵愛を受けたかのように……」


 ネオネスの声に、悔しさが(にじ)んだ。


「どれほどの仲間の魂を食らってきたのか」


 そのとき、カルドラが狼から放たれる気配の変質に気づいた。


「……おかしいわ」


 震える声だった。


「狼さんの星素が、かなり減っていたはずなのに……また増えだしている!」


「ここには猿神の死体という依代(よりしろ)はないはずだ。どこから供給を……」


 ラドウィンの問いに、ネオネスは苦々しく沈黙した。

 そしてカルドラは、ゆっくりと空を見上げた。


「青き星……」


 彼女の声は、ほとんど(ささや)きだった。


「空の月から、直接星素を取り込んでいるんだわ」


 月そのものが、この怪物の力の源となっていた。


「……つまり、殺し続けても死なないということか」


 星素がなくならない限り、生き返る。無くすなんてできやしない。


「カルドラ、星歌(ほしうた)で銀狼の再生を止められないのか」


「乱すことはできても、その間に食べられちゃうでしょうね……」


 そのとき、カルドラが再び声を上げた。


「再生している。全身が編み直されている。なのに――あの氷槍(ひょうそう)だけ、消えていないの。あれは何なの? 星素が異常に集まっている」


 銀狼の肩に深々と突き立ったままの槍だった。再生する肉に押し包まれながらも、溶けることなく、そこにあり続けていた。


(――あれは、ジークが教えてくれた氷の烙印だ)


 ジークが、静かに答えた。


「……母さんが、死ぬ間際に撃ち込んだ氷の槍なの。ずっと消えない。氷の烙印となって、銀狼を焼き続けている」


 誰も言葉を返せなかった。

 ネオネスはその槍を、じっと見ていた。


「そうか……! そういうことか!」


 レンドルは思わずネオネスを見た。その顔には、これまで見たことのない表情があった。


「ジーク、俺はゼイナの氷の烙印がなぜ消えないのか、ずっと考えていたんだ」


「あの槍は、銀狼自身の星素を燃料にしている。だから氷槍は消えないんだ! ゼイナの願いが星素を喰らい続けている! 月からいくら供給されても、流れ込んだ端から、あの槍が喰い続けている」


 ジークが、静かに言った。


「星素が何なのか、私には分からない。でも――お父さんは、母さんの氷の烙印と同じことをすればいい、そういってるの?」


 レンドルは思わずジークを見た。

(すごいな賢者の娘だ。きっと母親のゼイナも、こういう人だったに違いない)


「そうだ」


 ネオネスは短く答えた。その手に、銀炎が灯る。


「レンドル、いいか。銀狼は『エルフを狩るもの』という加護を持っている。時間が惜しい、生きていたら話してやる。お前は――その加護を燃やせ」


「加護を……燃やす?」


「星素は強い願いや思いによって意味を持ち、魔力によって反応する。お前も、分かってやっているだろう?」


 レンドルは、自分の銀炎のことを思った。


「やっぱり、そうだったのか」


「だから、その銀炎に『加護を燃やせ』と強く、強く思って銀狼を殺せ」


 ネオネスはジークとエルフたちへ向き直った。


「少しでいい。銀狼の足を止めてくれ」


 ネオネスは再び、己の手に銀の炎を宿した。

 揺らぎは小さく、しかし深い。


「俺が銀炎に願いをこめる――銀狼の星素を燃やし尽くすまで消えるな」


 ネオネスの魔力が、急激に膨れ上がった。

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