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銀と氷のジークリンデ  作者: 四十早
第2章 星の民と竜の加護
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第49話 闇の森――異端の賢者

 ネオネスの銀瞳が、ゆっくりとバルザードへ向いた。


「……バルザード、彼はどこまで知っている」


 静かな声音だったが、洞窟の空気が張りつめる。


 バルザードは腕を組み、岩壁にもたれた。


「まだ詳しいことは話していない。だが、レンドルからは色々と聞いている」


 ネオネスの視線が、再びレンドルに戻る。


「……そうか」


 焚き火の火が、小さく爆ぜた。


「ネオネス。ユグの森の評議会連中は口を出してくるだろうが、俺は話しても構わないと思っている。レンドルは、加護を奪われた当事者だしな」


 バルザードの声には、明確な意志があった。


 エルフの森は、王を持たない。

 選ばれた長老格数人の評議会が森を治めると、聞いたことがある。

 蒼き森と紅き森――北方大陸の重鎮たちが、その席に座るらしい。


 ネオネスはしばらく黙り込んだ。

 銀瞳がわずかに細められる。

 周囲で小声で交わされていたエルフたちの話し声が、いつの間にか止んでいた。洞窟は、本来の静寂に戻る。


「もともと、すべてサンガードにも話すつもりでいたしな」


「――そもそもだ」


 バルザードの声が、少しだけ低くなる。


「蒼き森に、紅き森が攻め入ったのも、ネオネスの作った疫病の薬の製法を、評議会が口止めしたのが原因だ」


 ネオネスは無意識に髪をかき上げ、短く息を吐いた。

 焚き火の光を受けた銀瞳が、ほんの一瞬、遠い過去を映した。


「……結果的に船団を組み、この地にたどり着いた」


「ネオネスが見つけた森の聖樹もそうだ。評議会が秘密主義を通した結果が――サンガードとの戦争だ」


 火の光が、ネオネスの頬に揺れる。


「……ああ、評議会が来るまでは、人族とも剣を並べていた」


 その声が、ほんのわずかに沈んだ。


「避けられる戦いだった」


 バルザードは静かに頷き、ネオネスから目を逸らさなかった。


「サンガードに捕らえられたのも、ネオネスがまとめた和解案を評議会が直前で反故にしたからだ。……違うか」


 沈黙。

 その沈黙は、否定ではなかった。ネオネスが、かすかに呟く。


「……アドラスの件の恨みだろうな」


 ラドウィンが腕を組んで唸る。


「評議会は何がしたいんだ。ネオネスの邪魔しかしてない。すべてが悪い方へ転がる」


 ネオネスは小さく苦笑した。


「……俺のように、森の外と手を組もうとする奴は異端だからな」


 レンドルは、思わず口を開いた。


「……嫌われているんですか?」


 一瞬、空気が止まる。


 カルドラがこちらを見る。

 バルザードの口元が、わずかに動いた。


「……レンドルの言う通り、俺は評議会に嫌われている。いろいろと揉めた」


 焚き火の火が、銀瞳に映る。

 その光は、揺らがなかった。


 レンドルはふと気づく。洞窟の奥にいるエルフたちが、ネオネスを見つめている。嫌悪ではない。彼らは目を逸らさず、ネオネスの横に、静かに立っている。


「この森を抜けたら、話をしよう。ここで立ち止まるわけにはいかない」


 バルザードが頷き、皆もそれに続いた。


「俺たちからも話がある。ラクロアンがユグの森を狙っている」


 その言葉に、洞窟の空気が一段冷えた。


 ファルダが立ち上がる。


「解毒も治療も終わったわ。足は動く。それと――ネオネスが評議会に嫌われているのは、私も同意ね」


 エルフたちが口を押さえて小さく笑う。

 事情を知らない顔ではない。

 それでも、彼らはネオネスの横に立っている。


「よし、ファルダ、ラドウィン。全員の装備を確認だ。隊列を組む」


「ダルトハットへ向かう。そうだな、バルザード」


「ああ。他の亜神に出くわすかもしれん。来た道を戻る」


 レンドルは剣の柄を握った。


 話の細部までは分からない。だが、エルフたちも一枚岩ではない。内部で割れている。

 評議会とネオネス。その対立が火種だとしたら――そこに外から油を注がれたら、森はどうなる。


 全員が頷き、洞窟の入口へ向かう。

 道すがら、ネオネスが思い出したようにバルザードへ問いかけた。


「ところでバルザード、彼女は?」


「詳しいことはダルトハットで話す。彼女はカルドラ――星の民だ」


 その言葉を聞いた瞬間、ネオネスの足が止まった。


「お前、そういうことは早く言えよ」


 ネオネスは慌てて振り返ると、カルドラの前に立ち、古の作法で居住まいを正した。


「私は――ネオネス・マーザ・アズ=シルヴァン」


 カルドラもまた、その名を受け取り、穏やかに礼を返す。


「蒼き森のマーザ。……私は、カルドラ・ツスト・アルマ」


 二人の間で、静かな儀式が行われた。

 カルドラは救出されたエルフたちが迷いなくネオネスに従う様子を見て、彼に微笑みかけた。


「随分と慕われているのね。皆の目が、あなたを信頼しているわ」


「あぁ、俺にはもったいないくらいだ。親しい以上に敵が多いというのに」


 ネオネスは苦笑いを浮かべ、自嘲気味に肩をすくめた。


「カルドラはネオネスのそばに。レンドル、お前に任せる」


「――ああ。カルドラは俺が護る」


 バルザードの指示に、レンドルは力強く頷いた。


「ネオネスの魔法はエルフの中でも特別だ。学ぶことが多いぞ」


「お前に言われると、耳の裏が痒くなるな」


 二人はわずかに笑みを浮かべ、歩みだした。


「行こう、カルドラ」


 一行は、ネオネスたちを中央に守るようにして、再び闇の森の深淵へと足を踏み出した。


 外では、いつの間にか魔物たちの咆哮が消えていた。

 森は、不気味なほどに静まり返っている。

 その異様さが、かえってレンドルの不安を募らせた。

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