第45話 冒険者都市ダルトハット――救出への決意
レンドルは宿を出て、大通りに出る。
「だれか手を貸してくれ!!」
喧騒の中、切迫した叫び声がまぎれこんだ。
宿の前の通りには、血まみれのエルフが一人、壁に寄りかかるようにして倒れ込んでいた。
その周りを衛兵や冒険者風の者たちが何人かで囲い、エルフの腕を布で押さえていた。
「はなせ……人族の手は借りん……」
その顔には、暗い死の影が差し始めていた。
レンドルはその場へ駆け寄った。
「俺はレンドルという。……人族だがバルザードを知っている。何があった」
「……仲間が、魔物に闇の森で襲われた」
振り返ると、騒ぎを聞きつけたミーナがいた。
「ミーナ!」
レンドルの呼びかけに、娘の表情が引き締まる。
「冒険者ギルドへ走れ。エルフのバルザードを探して伝えろ。
『あんたの仲間がこの宿で助けを求めている』、行ってくれ!」
「任せて」
ミーナは一度だけ頷くと、雑踏の中へ弾かれたように飛び出していった。
一度報酬を払い、彼女がギルドの使い走りに慣れていることを知っている。
レンドルは迷わず彼女に託した。
「治癒院へ運ぶか」
「いまは商隊の怪我人で溢れてるぞ」
周囲の野次馬が囁き合うが、レンドルは首を振った。
アドラス討伐で大隊列の怪我人が多く、治癒院が機能していないのは火を見るより明らかだ。
「こっちだ、レンドル!」
宿の主人、ジュストが応急道具を抱えて現れた。
レンドルと数人がエルフを支え、宿屋の中へと運び込む。
「ジュスト、治癒院は今、芋洗い状態だ」
「あぁ、そうだろうよ。開いてる個室がある、そこに寝かせてくれ」
個室に連れて行くと、手を貸してくれた人たちは自然とはけていった。
ジュストがアルコールで手を消毒し、レンドルもそれに習う。
訓練兵の教練で何度もやっているが、ジュストの手は迷いなく動き、止血の手順に淀みがない。
レンドルはエルフの革鎧を外し、主人の助手として動いた。
ジュストが手当てをしながら、怪我人のエルフに声をかける。
「俺は冒険者時代に何度もエルフたちに助けられた。傷は多いが深くはないぞ。あんた、名前は」
エルフは苦痛に顔を歪めながらも、小さく頷いた。
「……ラドウィン」
手当てが一通り終わるころ、どれほどの時間が経っただろうか。
「レンドルー! 連れてきたよー!」
ミーナの声が響き、直後にバルザードとファルダ、そして二名のエルフたちが雪崩れ込んできた。
武器だけはしっかりと携えている。
「ジュスト、恩に着る」
「久しぶりだなバルザード。ラドウィンと名乗ったこのエルフ、治癒魔法をかけたほうがいい」
ファルダが一歩前に出てきた。
「私がやるわ」
ファルダが意識を集中すると、銀と青が混じった光がその手に集まる。
ジュストが患部を指さした。
「ここの怪我がひどいが、深くはない。ポーションがあったはずだ、持ってこよう」
革鎧を外した際、大きく噛まれた跡から溢れ出た血を、今は布で押さえつけている。
ジュストが部屋を出ていくのと入れ替わりに、バルザードは横たわるエルフの肩を掴み、その瞳を覗き込んだ。
「ラドウィン、お前が生きているということは、サンガードに捕らわれた他の同胞たちもいるんだな」
サンブラントの裏切りによって捕縛された同胞たち。
ラドウィンが不審げにこちらを見た。バルザードがそれに答える。
「そこの赤髪はレンドルという。アドラス討伐を共にした、こちら側の人族だ。サンルードの神殿にネオネスがいたことを教えてくれたのも彼だ」
「……信用できるんだな」
その問いに、バルザードは小さく頷いた。
たった数日の護衛道中に、ポーカー勝負での印象は悪かったはずだ。
バルザードから信用を得ていることに、レンドルは少なからず胸が高まった。
「ネオネスが先導して、サンガードを脱出した。闇の森を抜けようとした途中で……」
バルザードとレンドルが、短く頷き合う。
伝えた内容が真実であったことを、互いに確かめ合った頷きだった。
「森に群れの魔物が溢れていた。双頭狼や、鎧虫、石猿……大型のトロルや沼蜥蜴もいる。他にも色々だ……」
「……俺たちは洞窟へ逃げ込んで、戦線を限定して耐えていた」
「洞窟には火蜘蛛がいた。何人かは麻痺毒で動けなくなったんだ」
ファルダが治癒を施しながら口を開く。
「どれくらい魔物たちがいるというの」
「……千だ」
室内の空気が止まる。
外の喧騒よりも、怪我人のエルフの息遣いだけが、よく耳に入る。
「ラドウィンの言う通り、冒険者ギルドで多数の魔物が森にいると聞いた。それから、逃げ帰った冒険者からの報告だ。――ラクロアンの紋章の外套と、氷魔法を使う銀髪のエルフを見たと」
レンドルは目を大きく開いた。
「バルザード、それは――」
「お前を呼び出したのは、そのことについてだった。――ジークだろう」
治癒魔法のせいもあって、ラドウィンの呼吸が落ち着いているのが分かる。
扉が開き、ジュストが治療用ポーションを持ってきた。
ラドウィンは、それをゆっくりと飲み干した。
「その数では、この街にも被害が及ぶ。エインズ、お前は冒険者ギルドへ行き、情報の共有と収集だ。この時間では、救出のための冒険者を集めるのは無理だ。シャリアス、他に動けるエルフを集めろ。合流したら、ネオネスとジークたちの救出に向かう。
――それと、カルドラを呼んできてくれ」
二人のエルフは、風のように部屋を飛び出して行く。
その背中を見送り、レンドルもまた腰の剣の感触を確かめた。
扉が開いたとき、ミーナがこちらを見ているのに気が付いた。
「ミーナ、ありがとう」
レンドルは彼女のそばへ行き、その震える手を包み込むようにして銅貨を一枚渡した。
「……あのひと、大丈夫なの?」
心配そうな顔のミーナに、レンドルはやさしく微笑んだ。
「うん、血は止まったようだし、喋れてるからね。大丈夫だ」
それを聞いて、ミーナは母ニスの元へと戻っていった。
******
しばらくして、宿に重い足音が響いた。
広間には十人のエルフたちが揃っていた。
だが、その装備はあまりに心許ない。
矢筒の矢が数本しかない者や、鎧さえ着ていない者もいる。
彼らは互いに顔を見合わせ、苦渋に満ちた声を漏らしていた。
「防具を修繕に出しているんだ、待つ暇なんてない」
「矢も足りないが、宿の主人よ、元冒険者なのだろう、矢は置いてないか」
個室の扉が開き、バルザードたちが姿を現す。
レンドルは手元のレモン水を飲み干し、静かに立ち上がった。
「俺が場所を案内する」
傷だらけだったラドウィンが前に出た。
顔色は依然として悪いが、治癒は終わったのだと分かる足取りだった。
「場所を言いなさい、あなたは残るの、分かった?」
ファルダがラドウィンをたしなめるが、彼は引かなかった。
「俺しか案内できない」
ファルダが眉をひそめたその時、レンドルが割って入った。
「俺の剣も連れて行ってくれ」
その言葉に、ラドウィンが痛みに耐えながら首を振った。
「……人族、礼は言わせてもらおう。だが、これは俺たちエルフの話だ。部外者のお前には関係がない」
レンドルは、迷いのない目で彼らを見据えた。
「その傷は塞がったが、助けに戻ったあんたが死ぬところしか見えないな。それを、仲間は望んでいるわけじゃない」
「……っ」
レンドルは、広間に並ぶエルフたちへ視線を向けた。
「急いで出てきたんだろう。みな、装備が中途半端だ。矢も少ない。今から買い物をするわけにもいかないだろう。……なら、冒険者の俺を買ったほうがいい」
レンドルは外套の中を広げて見せた。
いつでも死地へ飛び込める、完璧な戦いの装備を。
「それに――」
レンドルがバルザードに首を向けた。
「バルザードの弟子だからな」
ラドウィンが驚愕の眼差しでバルザードを見た。
「……本当か? バルザード」
バルザードが静かにレンドルに首を向ける。
「剣を教えている。こいつは死なない戦い方を知っている」
レンドルは内心で苦いものを噛み潰した。
どこへ行っても付いて回る「黄金騎士を倒した」という噂。
それを誇らしいと思ったことは一度もない。むしろ呪いのようにさえ感じていた。
だが――今はそれさえも利用させてもらう。
「俺の剣は、ルベリアの黄金騎士を倒した。
――赤髪のレンドルだ」
その名が出た瞬間、広間に集まったエルフたちの空気が一変した。
バルザードに視線が集まる。
「本当だ」
不安が、一つ断ち切られた。
バルザードは深く頷き、レンドルの肩に手を置いた。
「お前の剣を買おう」
その声は、静かだった。
そして、わずかに目を細める。
「――最初から、お前の手を借りるつもりではあった」
広間が静まり返る。
レンドルは肩に置かれた手を見て、それからバルザードを見返した。
「ちょうど良かった」
口元に、わずかな笑み。
「ジークに聞きたいことがあったからな」
口元には笑みがあった。
だが――
まだ、彼女自身の名を、その口から聞いていない。
それが、胸の奥に小さな棘のように残っていた。
紅蓮の瞳に、揺るがぬ光が宿った。




