第44話 冒険者都市ダルトハット――冒険者の勘
冒険者サロドからの依頼。
それは、ルテウスの妹であるルヴィーダに会い、最期を伝えるというものだった。
これからの路銀を考えると、今のレンドルには切実な話だった。
それに、ルテウスへの手向けにもなる。
短い付き合いだったが、多くのことを学んだ。
二層の中門を抜けるころには、街に灯りがともり始めていた。
鉄を打つ音と怒号は遠ざかり、代わりに煮込みの匂いが夜気に溶けている。
風に乗って、焼きたてのパンの甘い香りが漂ってきた。
空腹を思い出した腹が、小さく鳴る。
大通りの喧騒から少し外れたこの通りは、思いのほか穏やかだった。
石畳を踏みしめながら進むと、少し落ち着いた通りの先に、その看板が見えた。
「錆びた盾と子羊亭」
風雨にさらされ、縁の一部が錆びついた巨大な“カイトシールド”が看板だ。
その中心には、柔らかそうな白い羊が、まるで日向ぼっこでもしているかのような顔で微笑んでいる。
冒険者を引退したジュストと、羊飼いだった妻ニスが営む宿だ。
看板の由来を尋ねると、「あの人とは幼馴染だったのよ」とニスが笑った。
一泊食事付きで大銅貨三枚。
バルザードに紹介された、と告げると、二階の少し広めの部屋を割り当ててくれた。
部屋を案内してくれたのは、夫婦の娘ミーナ、十歳だという。
夕食前の時間だが腹が鳴るので、夕食の代わりにスープとパンを注文した。
レンドルは案内された部屋のベッドに身体を投げ出した。
清潔なリネンの匂いが鼻をくすぐる。
数週間ぶりのまともな寝床だった。
体は、そのまま眠りに落ちてしまいそうだった。
不意に、扉がノックされる。
「レンドルさん、食事よ。
あと、冒険者ギルドから伝言よ」
娘のミーナだった。
彼女が差し出したのは、温かいシチューと、肉と野菜の挟まった厚みのあるパン。
それから、紙の切れ端。
「ありがとう」
レンドルは食事を受け取ると、革袋から銅貨を一枚取り出し、彼女の手の中に置いた。
仕事への、ささやかな敬意だ。
子供であっても、仕事をすれば報酬を得る。
ギスカールがよくやっていた仕草だ。
ミーナは、にっこりと笑って、器用にスカートの裾をつまんで一礼した。
「ギルドに伝言を頼むだけ頼んで、お駄賃をくれない人も多いの。
その点、レンドルさんは真摯ね。
でも、冒険者なんだから、疲れていても元気のいい顔をしないと」
図星だった。
でも、悪い気分はしなかった。
この子の微笑みに、癒された気がした。
レンドルも、つられて笑った。
「冒険者ギルドには、よく行くのかい」
「そうよ、空いてる時間に何回か行くの。
冒険者がお客さんでしょ」
そうやって、少しでもお金を稼ぐ。
十歳とは思えない口ぶりだ。
「そうか、頼りにしてるよ」
レンドルが答えると、彼女は満足そうに階段を下りて行った。
惣菜パンにかぶりつきながら、紙の切れ端に目を通す。
『冒険者ギルドにいる。
至急、来てほしい――バルザード』
バルザードが至急というほどだ。
何か嫌な感じがする。
――ルテウスが言っていた冒険者の勘ってやつか。
レンドルは立ち上がり、装備一式を身に着けた。
剣帯を締め直し、革の手甲を確かめる。
最後にロングソードを抜き、刃こぼれや歪みがないかを確かめる。
鞘に収め、外套を纏うと、そのまま宿を後にした。
夜の空気が、ひやりと頬を撫でた。




