第42話 冒険者都市ダルトハット――護衛依頼終了
まだ日は高かった。
だが、傾き始めた光が巨大な影を大地へ落とす。
その影の中へ、大隊列は静かに滑り込んだ。
「……でかいな」
レンドルは城門をくぐる直前、見上げる首が痛くなるほどの威圧感に、思わず足を止めた。
目の前にそびえ立つのは、人の背丈の五倍はあろう巨大な石壁。
幾多の魔物を跳ね返してきたであろう、鈍く光る鉄色の巨門だ。
衛兵による厳しい検問を抜け、一歩足を踏み入れた瞬間、レンドルの鼓動は一段と速まった。
サンガードに匹敵する――いや、それを上回るほどの熱量が、この街には渦巻いている。
ここは「街」なんて生易しい言葉では括れない。
あらゆる欲望と殺気が混ざり合った、巨大な「都市」であり、底知れぬ「迷宮の入り口」そのものだ。
行き交う人々を眺めているだけで、レンドルは眩暈を覚えた。
人族やエルフは当然として、横幅が人の倍はあるドワーフ、硬質な鱗を輝かせる鱗族、家屋と見まがうほどの巨人族、その足元を縫うように走る小人族。
着ている服の色彩も、背負った武器の禍々しさも、すべてがバラバラで、統一感など微塵もない。
多種多様な種族が、それぞれの目的を抱えて、この巨大な胃袋へと吸い込まれていく。
バルザードの話によれば、この街は三つの顔を持っているという。
最外郭である「第三層」は、門が閉まれば無法地帯と化す露店や野営の場。
中門を越えた「第二層」は、鉄を打つ音と怒号が響く商業と武具の街。
そして最も奥まった「第一層」には、この都市を統べる評議会と、住民たちの平穏な営みがある。
層を抜けるたびに、街が持つ意味が変わっていくのだ。
「レンドル、ここでお別れだな」
不意に横から声をかけられ、レンドルは思考を現実に引き戻した。
馬車の荷台に乗ったギスカールが、負傷した腕を吊りながら、どこか晴れやかな顔でこちらを見下ろしていた。
「ギスカールは、エルフの森へは行かないのか?」
レンドルの問いに、彼は鼻で笑って見せた。
「……あんな話の後だ、命がいくつあっても足りやしねえ」
彼は一息つき、街の喧騒を突き抜けて遠くの空を仰いだ。
「アドラスがいなくなったんだ、街道も少しはマシになるだろう。しばらくはこの辺で手堅く商売をさせてもらうさ。それに……ギオルグの墓も立てなきゃならねえしな」
相棒の弟を亡くした男の決意を、レンドルは黙って受け止めた。
胸の奥に、澱のような痛みが走る。
「ルテウスの遺品は、俺が冒険者ギルドに届けておくよ」
「ああ、頼んだ。……治療が終わったら、俺は商人ギルドに顔を出す。お前はどうするんだ?」
「バルザードたちの出発まで街を見て回る。路銀はアドラス討伐の報酬でなんとかなりそうだし、いい宿も紹介してもらった」
「そうか。何かあれば商人ギルドに伝言を残してくれ。俺も冒険者ギルドを覗くようにする。たまに確認してくれ」
「わかった、助かったよ、ギスカール」
「おう、またな、レンドル」
「ありがとう、また」
遠ざかっていく馬車の轍を見送りながら、レンドルは小さく息を吐いた。
数週間、ともに飲み食いした。
四人だった道中は、ここに来る前に二人になった。
たったそれだけの期間だったはずなのに、まるで何年も旅をしていたような錯覚に陥る。
自分の意思とは無関係に、巨大な濁流に飲み込まれ、泥を啜りながらも死に物狂いで生き抜いた実感。
それが、命を感じる旅だった――レンドルはそう理解した。
「まずは……冒険者ギルドだな」
レンドルは気持ちを切り替えるように、喧騒の渦中へと歩き出した。




