第40話 王座に見えた簒奪の影
本作はタイトルを
「世界がバグすぎて1000年生きれない!」から
「銀と氷のジークリンデ」へ変更しました。
物語の核により近い形に整えたものです。
今後ともよろしくお願いいたします。
夜営地の喧騒から離れた荷馬車。
焚き火の残火が、ときおり小さく爆ぜる。
その音だけが、夜に残っていた。
レンドルは、空になった木椀を両手で包み込むように持った。
指先から伝わる微かな温もりが、いま自分が生きていると教えてくる。
「……ギスカール。
ラクア暗殺の直前、俺はグリフォート団長から色々と聞かされたんだ」
ギスカールは黙って、影の濃い顔をレンドルへ向けた。
その目は、語られる言葉が重いものだと察しているように見えた。
「サンガードの皇妃フィリネアリは……かつてラクアと恋仲だったらしい」
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
「ある事件があって、彼女はルベリアの貴族へ嫁ぐことになった。
だが、ルベリアは彼女をサンガードのサンブラントへ差し出したんだ」
「……ルベリアが差し出した、か」
ギスカールは短く応じ、レンドルの言葉を飲み込むように頷いた。
「……当時のことだ。お前はまだ小さい。知らんだろうから言っておく」
ギスカールは火を突きながら続けた。
「ルベリアの王は高齢で、病がちだった。
跡を継ぐはずの息子も、遅くにできた子供で、まだ成人にもなっていなかった」
火の粉が、夜に散る。
「そんな時に、軍事大国として勢いを増すサンガードが迫ってきた」
短い間。
「真正面から戦えば、勝ち目は薄いと踏んだんだろうな。
だからルベリアは、国を守るための『盾』としてフィリネアリを差し出した」
淡々と。
「時間を買ったんだろうな。
全面戦争を避けるための、残酷な取引だ」
レンドルは、一度も見たことのない皇妃の姿を想像しようとした。
「サンブラントは、女性の話題には事欠かない英雄だった。
新しい花が届けられれば、その毒に気づくこともなかったんだろうな」
ギスカールの言葉には、冷めた実利が宿っていた。
「俺は皇妃を見たことはないが……グリフォート団長は言っていた。
皇太子は、サンブラントとは髪の色が違うらしい。
ラクアと同じ、茶髪なんだ」
「たとえ似ていなくても、公式に息子だと認めれば、誰も文句は言えん。
……ラクアはその隙につけ込んだわけだ。
実際はラクアが手を下し、自分の息子を次の玉座に座らせる。
復讐としてはこれ以上ない皮肉だな」
レンドルは息を吐き、さらに深刻な懸念を口にした。
「ヴォルテニアの大船団が、ラクロアンに到着したんだよな。
ラクアが正統後継者だとしたら、この船団の目的は侵略なのか?」
ギスカールの指が止まった。
「……そうか。
後押しか。
援軍として、あいつを王座に座らせるために来たというわけだな。
ルベリアがなくなり、サンガードがラクアの思い通りになるなら……残りはエルフの森か」
焚き火が、一際大きく爆ぜた。
その言葉は、レンドルの心に黒い影を落とした。
エルフの森。
ギスカールの口からその名が出た瞬間、胸の奥に冷たいものが走る。
――エルフが死ぬ。
泥の中で聞いた、あの声。
ラクアのあの不気味な言葉が、まだ耳の奥に残っている。
胸の奥が、鈍く痛んだ。




