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銀と氷のジークリンデ【旧作】  作者: 四十早
第2章 星の民と竜の加護
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第37話 一万年の星は巡る

 レンドルたちは、商隊に戻りつつ、盗賊の残党と戦った。


 アドラス討伐の報は、シャルフ隊長に伝えられた。

 戦いの後の被害をまとめ、隊列を組みなおし、遺体の処理まで指示が飛ぶ。

 立ち止まって話す時間すらなかった。

 アドラスの魔法で命を落とした者は二十名を超えていた。


 遺品だけを集め、

 アンデッドとならぬよう、遺体は焼かれ、浄化されることになった。


 ギスカールとレンドルは、荷馬車の上から、その様子を見ていた。


「……すまない」


 レンドルが言うと、ギスカールは首を振った。


「いいんだ」


 ギスカールは視線を逸らした。


「ギオルドは、ちょっとどんくさいところがあったからな」


「……俺によく話しかけてくれた。

 冗談も言い合った。いいやつだった」


「あぁ。そう言ってくれたら、あいつも喜ぶ」


 しばらくして、ギスカールが続けた。


「商隊はこのままダルトハットに向かう。

 護衛は減ったが、再編して、明日出発だそうだ」


「そうか……」


 一拍。


「なぁ、レンドル」


 低い声だった。


「ルテウスは……アドラスにやられたのか」


「……そうだ。間に合わなかった」


「お前、嘘が下手だな」


 ギスカールは苦笑した。


「顔に出てる。

 話せない事情があったんだろ」


「……すまない」


 そのとき、ひとりのエルフが近づいてきた。


「レンドル。バルザードが呼んでいる」


 レンドルは頷いた。


「ギスカール。あんたには恩がある。

 戻ってきたら、伝えたいことがある」


「あぁ。行ってこい」


 レンドルは、荷馬車をおりて、バルザードの天幕に向かった。


 何となくだった。

 荷馬車をふりむくと、ギスカールが両手で顔を抑えていた。


 その体は、小刻みに震えていた。



 ******



 バルザードの天幕には、すでに一人のエルフがいた。

 落ち着いた佇まいの女――カルドラ。

 外の喧騒が嘘のように、天幕の中は静まり返っている。

 バルザードは前置きなく言った。


「まず、星紋(せいもん)契約を結ぶ。当然、知らないだろうから説明しておく」


 レンドルが眉をひそめる。


星紋(せいもん)契約?」


「お前を形作っている力の源――星素(せいそ)と呼ばれるものを、ほんの少し分けてもらう」


「……星素(せいそ)


 聞き慣れない言葉だった。


「魔力は肉体に宿る力だ。身体が回復すれば、また生まれる」


 そして、わずかに声を落とす。


「だが星素(せいそ)は違う。魂と肉体を結びつけているものだ」


 レンドルは息をのんだ。


 魂と肉体を結ぶもの。


星素(せいそ)があるから、生きていられる。

 薄くなれば老い、切れれば死ぬ。

 自然と星素(せいそ)はなくなっていく」


 カルドラが静かに補足する。


星素(せいそ)は、魂だけにも、肉体だけにも定着しない。

 二つを結び続けようとする性質がある」


 レンドルは無意識に、自分の胸元を押さえた。


「……それを分けても、大丈夫なのか」


「少しなら問題ない」


 カルドラは淡々と言う。


「あなたは加護を得たばかり。

 まだ定着しきっていない星素(せいそ)が外に滞っている。

 目に見えないけれど、魔力に触れると、青く光る」


 レンドルの脳裏に、サンルードでの光景がよぎる。

 青く溢れた光。


「あれが……」


 バルザードが言う。


「加護を得た直後は、星素(せいそ)が急に流れ込む。

 魂と肉体が馴染むまでに時間がかかる。

 その間、余剰がある」


 カルドラが証紋を差し出した。


「手を」


 レンドルは従う。

 魔力を流し込んだ瞬間、青い粒子がふわりと浮き上がり、証紋へ吸い込まれていく。

 ほんのわずか。


 だが確かに、自分の内側から抜けていく感覚があった。


「……妙な感じだな」


 カルドラは続ける。


「少なすぎれば結びは緩む。

 多すぎても不安定になる。

 馴染まぬ星素(せいそ)は、魂と肉体の繋がりを乱す」


「さて……どこから話すか」


 少しの沈黙の後、カルドラが口を開いた。


「星の民について話す。

 簡単にいうと、亜神を倒すために、戦った者たちだ。

 そのものたちは、星の加護をもち、星の祝福を受けたものだ」


 レンドルが眉をひそめる。


「戦った者たち、ということは……もういないのか」


「おそらく、私が最後の一人だろう、と思っていた」


 カルドラは淡々と答えた。


 レンドルは息をのみ、問いを重ねる。


「あなたが歌ったあの力が……加護や祝福なのか」


「星の加護は、人を癒す力。

 そして、魂と肉体を繋ぐ力を戻す」


 感情がないような静かな声だった。


 レンドルは、信じきれない思いがあった、そのまま言う。


「……おかしなことを聞くけど、人を生き返らせる、そういっている?」


「そうだ」


 カルドラはわずかに目を伏せた。


「蘇生していたのを見たことがある」


「信じられない……。

 なら、なぜ星の民はもういない?」


「遠い昔、ガイナール帝国が栄えていた時代だ。

 王はこの加護を欲した。

 星の民は全員殺された」


「まってくれ、その時代というのは何年前のことなんだ」


「一万年前だ。

 私がうけた星の祝福は、星素(せいそ)を扱う力を得る代わりに、不老だ。

 私自身が、それを証明している」


「い、いちまんねんまえ――」


 レンドルは、バルザードを見た。


「エルフは長命だ、それ以上長命であっても不思議はない」


 バルザードの言っていることは分かるが、信じられなかった。


「剣も、魔法も、今よりはるかに未熟な時代だった。

 魔物一体を倒すのも命がけだった。

 まして亜神となれば、星歌でしか抗えなかった」


「まだ信じられない……。

 だけど、その星歌は――魔物と化したアドラスを倒していた」


「星歌は星素(せいそ)に干渉できる。

 だから亜神も倒すことができた。

 星の民は、魔物や亜神を倒す役目を担い、その中で命を落としていった者たちだ」


「魔物を倒していたのに、どうしてガイナールの王に殺されたんだ」


「蘇生には条件がある。

 星の加護を持つ者から祝福を受けた者だけだ。

 ガイナール王は、星の加護を欲した。

 自分の息子が病に倒れたからだ。

 そこから全てが終わり始めた」


「……祝福は、加護を持つものしか与えられない、特別なものだった。

 大量の星素(せいそ)を使う。

 だから多くは与えられなかった」


「星歌を扱うまでには時間がかかる。

 こどものうちに祝福を与える習わしだった」


「そのとき、星の加護を持っていた姫は、ガイナール王に捕らえられた。

 祝福を与えた直後だった」


「ガイナール王は言った。

 祝福を王子に与えろ。そして死んだら蘇生するのだ、と。

 姫は、それはできないといった」


「一日目は一人だった。

 ……最初は“見せしめ”だった」


「二日目は二人殺された。

 ……そうだ。最初に殺されたのは、私の父親だった。

 こんなことも……忘れていた」


 そこまで言って、カルドラは目を伏せた。


「……いまでは、その顔すら、はっきりとは思い出せない」


 カルドラの瞳に、淡い光がにじんだ。


「……いくら説明しても、王は聞かなかった。

 王は、姫を王城に連れ去った。

 来る日も来る日も、星の民は殺された。

 姫の名前を知るものは、いなくなっていった」


 レンドルが静かに問う。


「……あなたが生き残ったのは」


 カルドラが顔を少し上げて、目を細めた。

 少しの沈黙。


「星の民の一人の戦士が立ち上がった。

 圧政に苦しむ他の村から仲間を集め、国を興した。

 そして、ガイナール帝国と戦争になった」


「……私は、ガイナールの牢獄にいた。

 逃げきれず、捕まってしまったんだ。

 牢の石は冷たかった。

 食べ物も、ほんの少しだけだった。

 ……そうだ、姉と一緒に捕まった。

 でも、いつの間にか、いなくなっていた」


「私は、戦争の最中、その戦士に助け出された。

 ……牢に何年いたのか、もう覚えていないな」


 カルドラは遠くを見るように言った。


 レンドルは息をのみ、静かに問い返す。


「ガイナール帝国はもうない。

 つまり王は、その戦士に倒された……」


 その推測を、カルドラはゆるく首を振って否定する。


「いや、戦士は姫を助けた後、ガイナール王に殺された。

 最後に星の加護を持っていた姫は、後を追って死んだ。

 ……逃げ延びたあと、風の噂でそう聞いた」


「だから、子どものころ、私に祝福をくれた姫の名前を知らない」


 カルドラが目を伏せる。

 やがて、その視線がレンドルへと戻った。


「……レンドル、あなたは星歌を知っていた。

 だから、星の民のことを、母親から聞いたのかと思った。

 星の加護は、女性しか継げなかった」


「たしかに、母親が歌ってくれていた。

 ――そうだ。

 その母は、祖母、いや曾祖母から教えてもらった。

 そう言っていた」


 バルザードが目を見開き、低く息を吐いた。


「……まちがいなさそうだ。星の民だ」


 その言葉に、カルドラはゆっくりとうなずく。


「そうか……いたんだな、星の民は」


 彼女の声は、わずかに震えていた。


「それだけ分かっただけでも、私は……心が少し晴れた」


 小さく笑う。


「ありがとう、レンドル。君に会えてよかった」


 頬を伝った涙を、カルドラは指先で拭った。

 その仕草には、長い年月が滲んでいた。


 レンドルは、どう返せばいいのか分からず、戸惑いながら口を開く。


「え……曾祖母、生きてます」


 一拍。


「エルフなんで……」


 空気が止まった。


 バルザードが目を見開く。

 カルドラも、拭いきれなかった涙のまま顔を上げる。


 二人の声が、ほとんど同時に重なった。


「どこに!」

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