第36話 一秒の重さ・命を断ち切る星歌の調べ
レンドルは、バルザードの後を追った。
「レンドル――たすけてくれ……」
「バルザード――ころしてくれ……」
声にならない声だった。
だが、それがルテウスのものと、
死んだはずのアドラスの声だと、はっきり分かった。
二つの声が、混ざっている。
バルザードは氷の魔法を撃ち込んだ。
だが、当たった瞬間――砕け、消滅した。
「……だめか」
さらに強大な氷の魔法を組み上げる。
頭上に発現させ、叩き落とした。
それも――
触れた瞬間に、崩れ、消えた。
「……これもだめか」
バルザードは大きく息を吸い、声を張り上げた。
「カルドラーー!!
いるかーーー!!」
同時に、氷の魔法を空へ放つ。
板状の氷が夜空に舞い、
月光を反射して、きらめいた。
「……うそだろ」
レンドルは呟いた。
「ルテウス……魔物じゃないか」
「そうだ」
「アドラスと……混じっている」
「そうだ」
「……助かるんですか」
「無理だ」
「どうしたら……」
「……今はまだ、意識がある。
だが、そのうち完全に魔物になる」
「人が……魔物に……」
レンドルは、ルテウスが何になったのかを、確かめる余裕はなかった。
「星溜まりに触れた魔物だ。
他の魔物とは違う。
――加護持ちの魔物だ」
「――ルテウス!
生きてるんだろ!」
「――レ……ンド……ル……」
返事はあった。
だが、それはもう、人の声ではなかった。
それがルテウスだと分かった瞬間、
レンドルは何もできなかった。
一歩、踏み出した瞬間――
「近づくな。
お前の魂も、混じる」
「バルザードーー!!」
森の切れ目から、エルフたちが現れた。
「カルドラ!
間に合うか!」
カルドラと呼ばれた、青いローブのエルフが走る。
他のエルフを置き去りにし、
真っ先にバルザードの元へ辿り着いた。
そして――
旋律を奏で始めた。
それは、
遠く、古い――
青き月の歌だった。
――聞いたことがある。
胸の奥が、微かに疼いた。
「……この歌を、知っている」
思ったよりも、はっきりと声が出た。
「知っている?
レンドル、知っているのか!」
バルザードが振り向く。
「あぁ……
母さんが、昔……俺に歌ってくれた」
言葉にした瞬間、
忘れていた情景が、いくつも蘇った。
夜。
火の消えた家。
低く、静かな歌声。
「――お前の母親は、星の民か!」
「星の民……?」
聞き返した声が、かすれた。
「何のことだ……」
バルザードは困惑した表情を浮かべた。
違うのか――
そう、小さく呟いた。
レンドルは空を見上げた。
蒼き月が、燃えている。
さっきよりも、強く。
ルテウスだった魔物は、
まだ青い光を纏っていた。
だが、その光は次第に空へ引き上げられ、
体を覆っていた岩が、ぼろぼろと崩れていく。
青い靄が、大量に天へ昇る。
金と銀の光から、はっきりと分離していく。
レンドルは、ただそれを見ていた。
「俺は……何を見ているんだ、バルザード――」
バルザードを見る。
沈黙。
「……答えろ!」
両手で、その胸元を掴みかかった。
「ルテウスは仲間なんだ!」
「歌が終わるまで、待っていろ」
バルザードは、そっと腕を掴んだ。
力は入れていない。
だが、抗えなかった。
「二人は、青き月へ送られた。
まだ、人として……。
星へ――無理やり、だ」
「俺は……
あんたが、何を言っているのか分からない」
「お前は、エルフの森に行きたいと言っていたな」
レンドルは、小さく頷いた。
「開拓民のこと。
世界のこと。
星のことを知りたいと、そう言ったな」
「それが……今、何の関係がある」
「答えろ、レンドル」
「――そうだ!
知りたいと言った!
だからなんだ!」
「……もう一度、俺と契約を結べ」
「契約を……また?」
「歌が終わったら、星紋契約を結ぶ。
その時、全て話してやる」
岩の魔物は、もうどこにもなかった。
青い光はすべて空へ昇り、
残っていた金と銀の靄も、いつの間にか消えていた。
バルザードが言った。
星歌は、間に合った。
ルテウスは、人として死んだらしい。
終わったあとも、レンドルは動けなかった。
終わったのに、終わった気がしなかった。
蒼き月は、まだ燃えている。
――そういえば。
母さんが死んだときも、
すごく綺麗な青い月だった。
俺は走り出して、
よく見ようとしたんだ。
……燃えていた。
あの時と、同じように。




