表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/38

第35話 一秒の重さ・聖域に触れた瞬間

「――赤髪ぃ!!」


 怒号とともに、無数の土の槍が森へ向かって放たれた。

 地面を割り、空気を裂き、木々に突き刺さる。


 だが――幹を貫くほどの威力はない。


 レンドルは樹の陰へ身を滑り込ませ、荒い息を押し殺したまま叫ぶ。


「アドラスー!! 聞こえてるぞー!!」


 返事はない。

 だが、土を蹴る音が遅れて伝わってくる。


 ――追ってきている。

 だが、速くない。


「アドラスー!!」


 声を張る。わざとだ。


「足が痛いのかー!!」


 闇の奥で、銀瞳のエルフが唸る。


 土の礫が飛んでくる。直線的だ。

 樹の幹に弾かれ、砕け散った。


 レンドルはさらに奥へ走る。

 だが、完全には距離を取らない。


 逃げきらない。

 アドラスが俺を見失うか、追うのを止めて商隊へ戻ったら終わりだ。


 だから――一定の距離を保つ。

 逃がさないために、逃げる。


「アドラスー!!」


 石を拾い、闇へ投げる。わざと音を立てる。


「どうしたー!!

 さっきまでの余裕はどうしたー!!」


 怒号。


 次に放たれた土の槍は、狙いが荒れていた。


 怒りが、魔力を乱している。


 ――いい。

 このままでいい。


 暗い森の中、視界は役に立たない。

 だが――音だけは嘘をつかない。


「アドラスー!!」


 レンドルは腹の底から叫ぶ。


「エルフってのは――

 どいつもこいつも、嘘つきなんだなー!!」


「黙れぇぇええ!!」


 叫び返す声。

 ルルオルフを罠にはめたときの、遊んでいるような雰囲気はない。

 ただ命を刈り取るための怒りだけが、森を震わせる。


 だが、距離は縮まらない。

 ルテウスが投げた槍が効いている。


 右脚を、かばっている。


「アドラスー!!」


 レンドルはわざと、一瞬だけ姿を見せた。

 剣をちらつかせる。


「どうしたー!!

 足が痛いのかー!!

 ――腱でも、切ったかー!!」


 遠目に、アドラスの足に包帯が巻かれているのが見えた。

 手当したのか、商隊の兵士から奪っていたのか。

 白い包帯には色の違いがある。乾いた部分と、滲んだ部分。


 ルテウスの槍は、血が流れ出るほどの傷を負わせていたらしい。


 肩口にも傷がある。

 ――短剣が刺さった場所だ。


「肩も痛いのかー!!

 ――剣は触れるのかー!!」


 一拍。


 暗闇に、銀色の魔力が揺らいだ。

 地面が、波のようにうねる。


 木に隠れたレンドルを炙り出すためだ。

 根の周辺に棘が現れ、這うように伸びる。


 だが、ルルオルフの時のような大規模にはならない。

 魔力の出力が落ちている。


 レンドルは居場所を次々に変えた。

 樹が、闇が、アドラスの視線を遮る。


 ――魔力を使いすぎれば、剣聖と遭遇したとき不利になる。

 そこまで考えているなら、なおさら焦らせる。


 隠れた木陰から、アドラスを視野に入れる。


 アドラスが舌打ちした。


 そのとき――冷気。


 森の空気が、一瞬で変わった。


 シュッ、と音が鳴る。


 無数の氷の刃が、闇の奥から降り注いだ。

 土の棘が凍りつき、砕け散る。

 木々が、白く染まる。


「氷の魔法……バルザードか……」


 低い声。


 次の瞬間。


 剣聖――バルザードが、そこにいた。


 剣と魔法が、激突する。


 森の奥から、さらに氷が奔った。

 怒りをそのまま形にしたような一撃。

 逃げ場を塞ぐように、アドラスの進路を断つ。


「チッ……!」


 アドラスが舌打ちし、後退する。


 そこへ――

 バルザードが躍り出た。


 怒りを隠そうともせず、一直線にアドラスへ向かう。


「――逃がさん」


 氷の魔力が地面を這い、空気を凍らせる。


 アドラスは森を抜け、少し開けた場所へ追い出された。

 バルザードは距離を詰め、容赦なく追い立てる。


 ――伝わった。


 自分が叫び続けたことで、剣聖に状況は伝わった。

 ギリギリだった。槍を投げてくれると信じていた。


 ……そして。


 嫌な予感は、当たってしまった。


 ギオルドは、もう――。


 レンドルは視線を落とし、すぐに前を見る。


 ギスカールは、生きている。

 傷はあるが、動けそうだった。


 魔法の応酬ののち、アドラスと剣聖は、開けた場所で相対していた。

 走りながら、追い立てられながら――最後に押し出された形だ。


 レンドルは樹に隠れ、周囲を警戒する。

 ――罠や伏兵がいるかもしれない。


「バルザード! そいつは罠で騎士をはめた! 気を付けろ!」


 レンドルは大声で伝える。

 

 その間に、遅れてルテウスが駆け寄ってくる。


「レンドル!」


「ルテウス、こっちだ!!」


 声を張る。


「アドラス……語る言葉はもはやいらん。ここで命を流せ」


 剣聖が剣を構える。

 周囲に無数の氷の礫が現れる。

 同時に、アドラスの周囲にも土の礫が発現した。


「くそがっ!」


 礫が二人を襲う。


 土が裂け、

 氷が舞い、

 森が悲鳴を上げる。


 そして――


 アドラスは、もう片方の足を刺され、跪き、崩れた。

 頭上に強大な氷の岩が発現し、落とされる。

 下半身が潰れた。


「ネオネスを売ったのは、誰だ」


「……知ってても……言えるわけが……ない……」


 剣聖は、首を刎ねた。


 ため息をついたあと、剣聖はアドラスの体を調べる。

 そして、アドラスの持っていた剣を手に携え、こちらを見た。


 レンドルとルテウスは歩み寄る。


「レンドル。見ていたな。約束通り、剣と魔法は見せた」


「はい。すごかった」


「ならばいい。同胞と合流し、残りの賊を殲滅する。

 お前たちも最後まで気を抜くな。暗闇の足元をすくわれるなよ」


 レンドルとルテウスは頷いた。


 森の中ではまだ大きな声や金属音が響いている。

 徐々に小さくなっているが、戦いは続いていた。


 剣聖が先に森へ進み、レンドルたちもそれに続く。

 レンドルが短剣の話をしようと、歩みを速めた、そのとき――


 ふいに、ルテウスが足を止めた。


 ――嫌な気配。


 無意識に、背後を振り返る。


 倒れ伏したままの、アドラスの骸。


 その輪郭から、

 淡く、青い光が――滲み出している。


 血とも、魔力とも違う。

 静かで、冷たい光。


 ルテウスは、思わず息を呑んだ。


「……聖域だ」


 低く、確信に満ちた声だった。


 レンドルは、その声に振り返る。


 同時に――


 青き月が、大きく光った。


 ――燃えた。


 アドラスが倒れていた場所から、

 青い光が、はっきりと立ち昇り始めていた。


 地に伏した骸から、淡い青が染み出す。

 それは炎ではなく、煙でもない。

 無数の微細な光の粒が互いに引き寄せ合い、霞がかった靄となって、ゆっくり宙へ浮かび上がっていた。


 青い靄は夜気に溶けながらも失われず、渦を描いて、天へ、さらに高く昇っていく。

 その進む先――雲の向こうには、青き月があった。


 ルテウスが、光の方へ歩き――走り出していた。


 月光と呼応するかのように、靄は一瞬だけ強く輝き、細かな粒子へほどけながら、空へ吸い込まれていく。

 まるで、何かが本来あるべき場所へ還っていくかのように。


 次の瞬間。


 銀色と金色の靄が地面から立ち上がり、

 青い光を包み込むように絡みついた。

 三色が、脈打つように点滅する。


「なんだ、どうした……――青い……燃えている!」


 剣聖が言った。

 “燃えている”と。


 そして、空へ昇った青い靄の塊が――途中で、地面へ零れた。


 星が、零れた。


 零れた場所で、金と銀と青が混じり合い、渦を巻く。

 吸い寄せられるように、ルテウスが走る。


 レンドルは、それを眺めていた。

 ――美しく見えた。


「――待て! それに触れるな!!」


 瞬間――剣聖が氷の槍を放った。


 氷槍は渦を貫き、同時にルテウスの肩口を掠めた。

 赤い血が、かすかに飛び散る。


 だが止まらない。

 光がルテウスを纏い、無数の光の糸が伸びて、彼の全身へ結びついていく。


 大きく、眩い光が周囲を照らし――膨れ上がった。


 何秒経ったのか。

 五秒ほどだったのだろうか。

 あまりの眩しさに、レンドルは目を閉じ、顔を腕で覆った。


 岩が肉を覆い、

 伝説に聞いたゴーレムのような姿を形作る。

 人の形をしているようで――だが、あれは岩だった。


「えっ……ルテウス……?」


 レンドルは、反射的に周囲を見回した。

 そこにいるはずのルテウスの姿を、必死に探す。


「行くぞ! あれを殺す!」


 怒号のような声が、背後から叩きつけられた。

 剣聖――バルザードの声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ