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第34話 一秒の重さ・貫いた命

 アドラスの魔力が、跳ねた。


 その瞬間――

 地面が、低く唸るように揺れた。


 雨が水面を打つときに生まれる波紋。

 それとよく似た揺らぎが、地面そのものに無数に刻まれていく。


 円が、広がる。

 不吉なほど、静かに。


「下がれッ!!」


 ルテウスが、腹の底から叫んだ。


 同時に、レンドルのすぐそばにいたギスカールの腕を掴み、強引に引きずる。


「な、なに――」


 レンドルも踵を返し、走った。


「いいから走れ!」


 引き倒すように後方へ。

 波紋が届かない場所へ、ただ全力で。


 走り抜けようとしたが、たたずむギオルドが横目にはいり、声をあげた。


「ギオルド! 逃げろ!」


 レンドルが、声を張り上げる。


 だが、ギオルドは――

 口を半開きにしたまま、動こうとしなかった。


 レンドルは腕を掴もうとした。


 次の瞬間。


 地面が、弾けた。


 槍のような棘が、無数に。

 地の底から、空を目指して伸び上がる。


 避ける間もない。


 周囲の馬車が、

 そのそばにいた兵士や騎士たちが――


 串刺しになった。


 悲鳴が、途切れる。


 レンドルとルテウスは、かろうじて棘をかわした。

 だが、ギスカールは遅れた。


「――っ!」


 腕を裂かれ、血が噴き出す。


「大丈夫か、ギスカール!」


 レンドルが駆け寄る。


「傷は浅い!

 下がって、手当を!」


「……あ、あぁ……」


 そのとき。


「……ギオルド……?」


 ルテウスの声が、震えた。


 そこにいたはずの男は――

 体中を棘に貫かれ、立っていた。


 いや、

 立っているように見えただけだ。


 身体はがくがくと震え、

 喉は動くが、声にならない。


 やがて目を閉じ、

 ゆっくりと力が抜け、動かなくなった。


 さっきまで、話していた。

 冗談も、言っていた。

 もう――ない。


 周囲から、うめき声が上がる。


「助けてくれ……」


「……痛い……」


 命が、そこら中に流れていた。


 レンドルは歯を食いしばり、

 この惨状を作り出した存在のほうを見た。


 倒木の向こう。


 そこに――

 ルルオルフがいた。


 槍を手にし、

 それを杖代わりにして、無理やり立ち上がろうとしている。


 鎧が、命を繋いでいた。

 だが、顔の左側は裂け、

 左目は、すでに塞がれていた。


 ――それでも、生きている。


 魔力を一気に高め、

 全身に流し込んだのだ。


 致命傷を、ぎりぎりで避けた。


 そこへ。


 銀色の瞳をしたエルフが、近づく。


「まだ、遊び足りなかったか?」


 軽い口調だった。

 アドラスは、ルルオルフに剣を向けようとした。


「やめろおーーーー!」

 レンドルは、大声で叫んだ。


「騒がしいな……」


 全身から魔力が溢れ出しているのが分かる。

 アドラスの土色の瞳には、銀が混ざっていた。


「他にもまだ生き残りがいるのか」


 その声に合わせて、光が揺れた。

 銀瞳(ぎんどう)のエルフは、ゆっくりと視線を巡らせる。


 そして、赤い髪に留めた。


「おい。赤い髪のお前」


 レンドルを、まっすぐに見据える。


「お前も、名乗りを上げるか?」


 高らかな笑い声が、森に響いた。


 惨禍の中心で、

 そのエルフは――

 愉快そうに、笑っていた。


「やめろ、逃げたほうがいい、レ、レンドル……」


「ギオルドは、あと数秒、いや一秒あれば……引き込めたんだ」


 皮の手袋を強く握りしめた。


「さっきまで、話していたんだ」


「あの黄金騎士のやつも、朝言葉を交わしたばかりだ」


「こんな魔法、どうにもならないぞ」


「剣聖がくればいい」


 ーーやるしかない。


 レンドルは静かにロングソードを抜いた。

 数歩ゆっくりと近づく。


「お、やる気だな赤髪」


「レンドルだ」


「おー、お前が赤髪のレンドルか」



 ――十秒



「……アドラス、エルフの森を追放されたんだろ。何をしたんだ」


「昔、人族の女を襲ったら、ネオネスのやつに追い出されたんだ」


「ネオネス、あの人か」


「ん…おまえ知ってるのか、いや知らないだろ」


「知っているよ、会ったこともある」


「サンガードに捕まったはずだ、それで会ったのか?」



 ――二十秒



「生きてるよ」


「……は、生きてる?」


「知らなかったのか? 生きてること。

 こんなところで賊をやっていたら知るはずもないか」


「嘘だな、殺されている」


「自分を追い出した人が生きてるのに、ずいぶん暇なんだな」


「おいおい、口の減らない人族だな、忙しいんだよ、俺は」


「そうか? 働いているようには見えないな」



 ――三十秒



「何が狙いだ、レンドル」


 ――もう無理か。


「エルフってのは、

 どいつもこいつも嘘つきなんだな」


「……? 何が言いたい」


「バルザードっていうんだ」


「……あ?」


 一拍。



「どこで、その名を知った」



 ――四十秒



「……昨日、会った」


「どこでだ」


「……」


 レンドルは答えない。


「どこで……いるのか!」


「……」


「ここに、来ている!」


 沈黙。



  ――五十秒



「……いや、どうだったかな」


 アドラスの声が、わずかに揺れた。


「昨日なら、街道を通る

 ……この商隊にいるのか」


「……昨日、俺たちはポーカーをしていたんだ」


「バルザードが、ポーカー?」


「違うよ」


 レンドルは肩をすくめる。


「この隊列の、シャルフ隊長と」



「……バルザード……待っているのか!」



  ――六十秒、もう無理か!



 レンドルは、一歩踏み出した。


「俺との一騎打ちに勝ったら、教えてやるよ」


 空気が、歪んだ。


 土の槍が、数本、放たれる。


 レンドルは最小限の動きでかわす。

 一筋だけ、頬を裂いた。


 冷たい声。


「貴様ぁ! 時間稼ぎをしていたな!」


 レンドルは笑った。


 ルテウスのほうを少し見て、腰の短剣を、二度、軽く叩く。


「いるさ、なぁ! 聞こえてるだろ、バルザード!」


 レンドルは、ふっと横を見る。


 それにつられて、

 アドラスの視線がそちらへ向いた、その瞬間――


 レンドルは、魔力を込めた魔法の短剣を投げた。


 避けた――

 そう思った刹那。


 短剣が、肩口に突き刺さる。


 そして、遅れて。


 右脚に、槍が食い込んだ。


「――っ!」


 レンドルとルテウスが、一瞬だけ目を合わせる。


 合図はいらない。


 二人は、別々の方向へ走り出した。

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