第32話 夜明けの黄金騎士の弟子
レンドルたちは、その日のうちに証紋契約を結んだ。
バルザードは言った。
手合わせはしてやる。
盗賊団相手に立ち回るからついてこい。
剣も魔法も見せてやる。
本来そんなこと、許されないことだ。
手取り足取り教えるなどできん。
証紋契約には不要だ。
そう言って剣聖にすごまれ、レンドルは承諾せざるを得なかった。
剣聖はひとつため息をついたあと、
「たいしたやつだ」と一言だけ告げて、証紋契約を受け入れた。
剣聖の戦いを、間近で見られる。
それに、身体の感覚のズレについてなら、聞いても許されるはずだった。
証紋契約の内容は、大きく三つに分かれている。
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一、同盟条項
ユグ=シルヴァンとルベリア王国は、一年間の同盟を結ぶ。
ただし本条項は、双方の代理人による合意をもって成立するものとする。
三十日以内に正式な同盟契約が締結されなかった場合、
本条項は効力を失う。
二、個別契約条項
レンドル・ブレイズと、バルザード・ユグ=シルヴァンの契約。
バルザード・ユグ=シルヴァンは、
レンドル・ブレイズを護衛し、無事にユグ=シルヴァンへ送り届けること。
レンドル・ブレイズは、
秘匿していたエルフの死に関する情報を、正しく伝えること。
契約期限は一年とする。
双方の合意をもって、契約は終了する。
三、命誓人条項
命誓人として、以下の者を指定する。
・バルザード・ユグ=シルヴァン
・シャルフ・トレボー
・レンドル・ブレイズ
・ギスカール・ビルライト
契約が履行されなかった場合、
命誓人は雷の神レイナダの裁定を受け、
体内より雷撃による罰が発動する。
命誓人全員が正しい合意のもとにある場合のみ、
本契約は破棄できるものとする。
誠意なき行動を禁ずる。
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その夜、レンドルたちは簡素な野営地の火を囲んでいた。
証紋契約を結び終えた直後の空気は、不思議な静けさを帯びていた。
「俺も命誓人になるとはな」
ギスカールはそう言って、木のジョッキを傾けた。
中身はぬるくなったビールだが、それでも一気に流し込む。
顔色は悪く、目の下にははっきりとした疲れが浮かんでいた。
「助かったよ。本当に」
レンドルは礼を言いながら、手元のレモン水に口をつけた。
乾ききっていた喉に、ほどよい酸味が染み渡る。
「よく生き延びたな。聞かせてくれ」
ギスカールに促され、レンドルはルテウスとギオルグに向き直る。
要点だけを拾い、慎重に言葉を選びながら話した。
話が進むにつれ、二人の顔から血の気が引いていく。
「ぼろ切れの紙が、魔法の杖より高かったよ」
レンドルが真顔で言うと、ルテウスは苦笑いした。
「……意味は違うんだが。まぁ、そういうことだな」
火は静かに燃え続け、夜は深まっていった。
やがて会話も途切れ、それぞれが横になった。
レンドルは地面に身を預け、夜空を見上げる。
体に傷はない。
だが、剣で戦い、生き残った時とは明らかに違う。
肉体ではなく、心がすり減っている。
考えること、選ぶこと、勝負どころを見極めること――。
それらすべてが、知らぬ間に重なっていた。
目を閉じると、意識はすぐに沈んだ。
抵抗する暇もなく、静かな寝息に変わっていく。
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――翌朝。
夜明け前の空気は冷え込み、白い息が細く立ち上った。
街道から少し外れた草地に、荷馬車の列が停まっている。
踏み固められた地面には、昨夜の焚き火の跡が残り、その上を朝靄がゆっくりと流れていた。
その静けさを、怒号が引き裂く。
「――赤髪のレンドル!!」
凄まじい声だった。
兵士と騎士、合わせて六名が一人の男を取り囲み、必死に押さえつけている。
だが、その男の全身が淡く銀色に輝いた瞬間、全員が弾かれるように宙を舞った。
土と草を巻き上げ、男は一歩、前に出る。
純白のマントが朝の風を受けてはためいた。
暁の鎧。
赤みの強い黄色が、夜明け色と混ざり、黄金騎士のように見えた。
がっちりした体躯は、大きく影を伸ばしていた。
その身に纏う気配は、明らかに重い。
「赤髪のレンドル!……いや、死神と聞いたな」
男は槍を構えたまま、胸を張って名乗る。
「俺は、黄金騎士エリクの弟子――
ルルオルフ・オルビルだ」
「名乗ったぞ。次は貴様だ」
レンドルは、一歩も動かなかった。
剣にも手を伸ばさない。
「できません」
「なに? 気おくれしたか腰抜けめ」
「名乗ることも、剣を抜くことも、どちらも、今の俺には許されていない」
「ふざけるな!
名誉の一騎打ちだぞ!」
レンドルは静かに問い返す。
「どなたの名誉でしょうか」
「決まっている。
黄金騎士エリクの名誉だ!」
「俺は、エリク殿と正面から戦いました。」
一拍の間。
「そして、紙一重の差で勝ちました。
昨日、その名誉は守られています」
「貴様が生きていること自体が侮辱だ!」
「……つまり」
レンドルは声を荒げない。
「あなたは、仇を討ちにきた」
沈黙が落ちた。
「教えてください、ルルオルフ殿。
エリク殿は、弱い方でしたか」
「ぬ……違う」
「そうです、本当に強かった」
レンドルは小さく頷く。
「今、ルベリアの民を苦しめているのは誰でしょうか」
「エリク殿は、もういません。
もし生きておられたなら、
アドラスみたいな悪党は、撫で切っていたに違いありません。
だから、隠れ家から出てこられなかった」
風が吹き、純白のマントが鳴った。
「……そうだ。
師匠がいれば、アドラスなど、洞窟の奥で震えておったわ」
「ならば」
レンドルは距離を詰めずに続ける。
「その役目は、その名誉は誰が担うのでしょうか」
「うっ」
「エリク殿の弟子である、ルルオルフ殿が担うべきではありませんか」
しばしの沈黙の後、ルルオルフは槍を下ろした。
「……そうだ。
もとより、アドラスは俺がやるつもりだった」
レンドルは反論しない。
踵を返し、戻っていく姿をレンドルはじっと見ていた。
後に続く兵士と騎士たちは、言葉を交わさない。
レンドルを見て小さく頷き合い、ルルオルフの後に続いた。
純白のマントは朝靄の中に溶け、やがて完全に見えなくなった。
沈黙を破ったのは、ギスカールだった。
「……おめぇ、そんなに口が達者だったとは驚いたぜ」
レンドルは肩の力を抜いた。
「俺もだよ」
「……ようは、適当にあしらったんだろ」
ルテウスがぼそりと呟く。
背後から、低い声が落ちてきた。
「あのまま一騎打ちを始めるかと思ったが、
自分の立場を理解していて安心したぞ、レンドル」
シャルフだった。
白い息を吐きながら、近づいてくる。
レンドルは、上位の者に対する騎士の挨拶をした。
右手を左胸に当て、鞘のある左側を斜めに向ける。
武器を見せ、抜き手を示し、正面に立たない――
敵意がないことを示す、古い礼節だ。
シャルフは小さく頷いた。
「うむ。
思い込みの激しい奴だが、見ての通り加護持ちだ。
バルザードがいる。
おそらく出番はないだろう」
一拍。
「……迷惑をかけたな。
そろそろ出る」
そう言って、兵士を伴い去っていった。
野営用の鍋からスープを汲み、体を温める。
やがて出発の合図が響き、
街道の石畳が馬の踏み込みで揺れ踊った。
夜は終わり、
新しい一日が、静かに始まっていた。




