第31話 死神のポーカー・オールイン
長い沈黙のあと、剣聖――バルザードは、静かに口を開いた。
「……すまないな」
その視線が、まっすぐ自分に向けられているのが分かった。
「ルベリアと手を組むとなると――
君を、なおさら連れて行くわけにはいかない」
それが、剣聖の結論だった。
ギスカールが、噛みつくように声を上げる。
「そいつは、なしだぜ。
聞くだけ聞いて終わりか?
たった今、約束したばかりじゃねぇか」
返事はない。
レンドルは、何も言えなかった。
胸の奥が冷えた。
自分がひび割れたように感じた。
剣聖が、低く言う。
「……すまない。
だが、敬意は払った」
剣聖は、シャルフと視線を交わす。
「これは、隊長と君の勝負だ。
俺は――ここで降りさせてもらう」
ギスカールは、焚き火の周囲を睨み回した。
「ミスリル級ってのも、嘘か!?
あんたら、最初からレンドルを騙してたんじゃねぇのか!」
シャルフは、目を閉じて笑った。
「……楽しかったぜ、レンドル」
そして、肩をすくめる。
「だがな。
剣聖が連れて行かないと言っている以上は――
それまでだ」
ギスカールは、歯を食いしばる。
「……手札が、足りなかった。
レンドル、すまねぇ」
長い沈黙。
レンドルは、俯いたまま――
それでも、絞り出すように声を出した。
「……そうですか」
ゆっくりと顔を上げる。
「では、今度は俺から質問します」
シャルフと剣聖は、顔を見合わせた。
「……なんだ」
剣聖が答える。
「その“加護を奪った人”は、
あなたにとって――大事な人ですか」
一瞬の間。
「……同胞だからな。
”大事”だ」
レンドルは、頷いた。
「では、賢者にとっても――
”大事”な人ですか」
「違う」
即答だった。
レンドルは、静かに続ける。
「俺は、その人から
ネオネスさんのことを聞きました」
剣聖の視線が、わずかに揺れる。
「……続けろ」
「なぜ“賢者”と呼んだのか。
そう聞いたんです」
「……」
「“勝手に呼んでいるだけだ”と、言っていました」
剣聖は、目を閉じた。
「……なるほど。
本当に、話はしたようだな」
レンドルは、もう一度問う。
「では、もう一度聞きます。
”大切”な人では?」
「……そうだ」
はっきりと、肯定。
レンドルは、一歩踏み出した。
「――俺を、エルフの森まで連れて行ってください」
「それは、できん」
「なら」
レンドルは、淡々と言った。
「その人は、死にます」
一瞬で、空気が凍りついた。
剣聖の手が、剣に伸びる。
「……理由を言え」
「俺は、剣を持っていませんよ」
レンドルは、両手を見せる。
「死ぬだと、なんの冗談だ」
レンドルは、視線を逸らさない。
「なぜ、”大切なエルフ”が、ラクアと一緒にいるのか」
「エルフの森に還ればいいはずなのに。
一緒にいなければならない理由がある」
「どういう意味だ」
「俺をエルフの森に連れて行ってくれれば、話します」
静かに。
「――あなただけに」
「それは、できない。
仮に死ぬとしても、構わない」
レンドルは、頷いた。
「本当に“大切な人”なのですか……」
短い沈黙。
「では、その理由を、シャルフ隊長に全て話します」
シャルフが眉を上げる。
「おいおい、俺が聞くとは言ってないぞ」
「つまり」
レンドルは、まっすぐに見据える。
「隊長も、勝負を降りると?」
シャルフは笑った。
「違うな。お前が死ぬ。
負けはお前だ、レンドル」
「違いますよ?」
レンドルは、静かに言った。
「俺は、勝った。
そして、負けた悔しさに――俺を殺す」
場が、ざわつく。
「あなたも、この嘘つきのエルフと同じだ」
レンドルは、一歩も引く気がなかった。
「ルベリアが、俺一人に負けるんです。
黄金騎士も、黒鉄騎士団隊長のあなたも。
他に誰がいるのですか」
シャルフが、乾いた笑いを漏らす。
「……とんでもない奴だな!」
一拍。
「いいだろう、全部話せ、聞いてやる」
だが、その前に。
「待て」
剣聖が言った。
「俺が聞く」
「だめです」
「……なに?」
「もう、あなたは勝負卓にいません。
自ら降りた」
レンドルは、はっきり言った。
「卓に戻りたいなら――
チップを払ってもらう」
ギスカールが叫ぶ。
「おい、レンドル!
森に連れてってもらえるなら、そこまでだ!」
「俺は」
レンドルは、静かに言う。
「命を、チップにしたんだ」
剣聖を、見据える。
「剣聖だろうが、賭けてもらう」
「……何を賭けろと言うのだ」
「俺を、エルフの森へ連れて行くこと」
一つ。
「俺に、剣と魔法を教えること」
二つ。
そして、最後。
「――俺と、証紋契約を結ぶことだ」
場が、凍りつく。
「破れば、死だ」
一同が、息を呑んだ。
「……馬鹿な」
剣聖が、低く呟く。
「シャルフ。
こいつは、何者だ」
シャルフは、肩をすくめた。
「死神ってのは赤髪なんだな」
そして、笑う。
ギスカールが、呆然と呟いた。
「……ミスリルどころじゃねぇ」
焚き火が爆ぜる。
「俺の、何の価値もない命と――
お前らにとって大切なエルフの命。
どちらを取るか、選べ」
死神は、残った水袋を飲み干し笑った。




