第28話 死神のポーカー・宝石商のシットイン
焚き火が、低く唸るように燃えていた。
揺れる炎の向こうで、シャルフは腕を組んだまま、レンドルを見下ろしている。
「加護を奪う……そんな話、聞いたことがないな」
低い声だった。
疑っている、というより、試している声音。
周囲の騎士たちが、ざわりと身じろぐ。
ここでの反応一つで、この若造が斬られるかどうかが決まる。
それを、全員が理解していた。
「奪われただと?」
「どうやって証明するんだ」
一人が言い、別の一人が続ける。
視線が、刺さるように集まる。
レンドルは、反射的に言い返しそうになるのを抑えた。
シャルフの声が、少し強くなった。
「お前の加護は、誰に奪われた」
焚き火が、ぱちりと爆ぜる。
その音が、やけに大きく聞こえた。
レンドルは、首を振った。
ここが、最初の分かれ目だと思った。
「言えません」
一瞬、空気が凍りついた。
「言え」
短く、命令。
騎士団長の声だ。
拒否権など、初めから存在しないと言っているようだった。
「言いません」
それでも、引かなかった。
喉の奥が、ひりつく。
だが、ここで話してしまえば――終わってしまう。
「言えば、殺される」
騎士たちの空気が、明確に変わる。
「……誰にだ」
シャルフの問いは、ゆっくりだった。
確かめるための問いだ。
レンドルは、焚き火から目を離さず、答えた。
相手の目を見れば、言葉が揺らぐ。
「あなた方に、です」
ざわり、と音が立った。
鎧が鳴り、誰かが半歩前に出る気配。
殺気が、圧として肌に触れた。
――来るか。
レンドルは、足に力を込めた。
だが、シャルフは動かなかった。
じっとレンドルを見つめている。
「……つまり」
ようやく口を開く。
「加護を奪った者の名を言う代わりに、
自分を見逃せと。
そういうことか」
「はい」
レンドルは頷いた。
「情報には、価値がある。
そう、思っています」
言葉を置く。
剣ではなく、言葉の刃を合わせる、勝負。
「現に、あなた方は知りたい。
……違いますか」
焚き火の音だけが、間を埋めた。
否定は、なかった。
シャルフは答えない。
否定しないということ自体が、答えだと分かった。
「加護を、奪うことができる」
レンドルは続ける。
「そんな話は知らない、とあなたは言った。
でも、俺は知っている。
誰に、どうやって奪われたかを。
俺の体が知っている」
「待て」
横から、商人が声を挟んだ。
ギスカールと同じような羽根付きの帽子を被っている。
「それはつまり、人が奪ったということだな?
死にかけで、自然に失ったわけではないのだな」
レンドルは、商人を見る。
「これ以上は、言うつもりはありません」
きっぱりと。
「ですが……商人のあなたなら、
この話に値段を付けられるのではないですか」
商人が、目を細めた。
「む……お前、雇われ護衛だったな」
一瞬、考える素振り。
「雇い主に聞くほうが早いな」
商人が値踏みするように、少し口元の髭が動いた。
レンドルは、首を振った。
「誰にも話していません」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「商人の、あなたが値段を付けられないのなら……
それほどの情報なら、国益に見合う、のでは?」
焚き火の向こうで、誰かが小さく息を呑んだ。
「ギスカールに、相談したい」
レンドルは、まっすぐに言った。
場の空気が、一段冷えた。
その名を出すのは、危険だ。
でも、俺一人で、乗り切れるほどの自信も技量もない。
だから、もしかしたらギスカールなら――
そう頼らせてほしいと思った。
「ギスカールだと!?
お前の主人はギスカールなのか!
だめだ!」
即答だった。
商人が、ぴしゃりと言う。
「お前が答えろ!」
レンドルは、視線を外さない。
――どうすればいい。
ギスカールを知っていた?
――会わせたくない。
それは、シャルフ隊長にか。
奥歯を噛みしめた。
「商人というのは、
最大の儲けを狙うものではないですか」
「……だからなんだ」
商人は、少し苛立ったように答えた。
「ですが、あなたは――」
レンドルは続ける。
「儲けを取ろうとしなかった。
ルベリアが、有利になるようにしなかった。
俺に儲けも、回そうとしなかった」
商人がシャルフを一度見てから、レンドルに向かって噛み締めた歯を見せた。
場は、静まったまま。
――シャルフ隊長に、ギスカールを合わせたくない。
「俺の雇い主は、とても真摯な人です」
言葉に、熱が混じる。
「俺のような、訳の分からない男を、
護衛にまで雇う人だ。
価値を見出してくれた、のかもしれない」
一拍。
「……試しに、連れてくるといい。
この話に値段を、いや俺に値段を付けてくれる。
国益になるかもしれません」
「ばかな!」
商人が声を荒げた。
「シャルフ隊長!
こんなやつの言うことを聞く必要はない!」
「いや」
低い声が、被せる。
シャルフだった。
「レンドルの言うことは、正しい」
「な……なんですと」
商人が言葉を失う。
シャルフは、焚き火を見つめたまま言った。
「俺はな、国益にかなうなら、
生かしてもいいと、そう言った」
一瞬、口角が上がる。
「本当にな」
視線が、レンドルに戻る。
「剣も持たぬ死者だったんだぞ。
そんなやつが、価値を生み出そうとしている」
――危険だ。
だが、それ以上に、放っておけない。
「……面白いじゃないか」
焚き火が、強く爆ぜた。
「商人がつけられない値段を、商人が付けられると言っている。
俺が欲しいものなら、買ってやる」
「ダストン、お前ギスカールを知っているのだろう、誰だ」
「……そいつは、宝石商です」
「つまり、金持ち――貴族ら相手の商売か。
ならば、本当の商品は、情報だな。
目も耳も良さそうだな」
「ご明察どおりです」
「俺に会わせたくなさそうだったな、なぜだ」
ダストンは、答えるまでに一拍置いた。
――数年前だ。
気づいた時には、
欲しい情報はすべて抜かれ、
代わりに掴まされたのは、
使えるが、致命的に遅い情報だった。
――あの野郎。
胸の奥に、苦いものが蘇る。
値踏みしたつもりで、値踏みされていた。
ダストンは、短く息を吐いた。
「数年間に、一泡吹かされまして」
声を整える。
思い出すな、と自分に言い聞かせるように。
「ふー、……勝負事に、強い。
同じ卓に着くと、こちらが負ける」
シャルフは、何も言わなかった。
ただ、白い歯を見せた。
「お前がか……連れてこい」
シャルフが命じる。
「賭けを続けよう、レンドル」
一瞬、考え。
「十分……いや、五分だ」
鋭く言い切る。
「五分で、話をまとめろ」
焚き火の前で、死神が小さく口元を歪めた。




