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第27話 死神のポーカー・命をチップに

 笑い声が、焚き火の向こうから転がってきた。


 低く、腹の底から響くような声。

 湿った夜気に混じり、戦場の野営とは思えないほど陽気だった。


 火の爆ぜる音に合わせて、影が揺れる。

 その向こうで、騎士たちは肩を寄せ合い、粗末な卓を囲んでいた。


「――大物すぎるだろ、お前」


 革鎧の騎士が、腹を押さえながら言った。

 笑いすぎて、呼吸が少し乱れている。


 その視線の先にいるのは、赤髪の青年――レンドルだった。


 レンドルは、ゆっくりと周囲を見渡した。


 焚き火を囲む円卓。

 削り出しの木製チップ。

 油に染みたカード。


 ――賭け事、か。


 この緊張した陣中で、

 命を賭けて前線に立つはずの騎士たちは、ポーカーに興じていた。


「おいおい」


 別の騎士が、笑いを噛み殺しながら口を挟む。


「この状況でポーカーをしたいのか?

 命が軽すぎるだろ」


 くつくつと、喉を鳴らす笑い。


 それは、レンドルが胸の奥で感じていたこと、そのままだった。

 思わず、口元が緩みそうになる。


「いえ」


 レンドルは視線を卓に戻し、静かに答えた。


「大盗賊団を相手にしているわりに、

 ずいぶん余裕があるな、と思っただけです」


 言葉を置いた瞬間、

 焚き火の周りの空気が、わずかに変わった。


 笑い声が一つ、消える。


「……ほう」


 一歩、前に出てくる男がいた。


 黒鉄色の鎧。

 焚き火の光を吸い込むような鈍い色合い。

 胸元に刻まれた紋章が、かすかに光を返す。


 誰も指示を出していない。

 それでも、この場の中心に立つ人物だと、一目で分かった。


「俺は、ルベリア王国黒鉄騎士団隊長」


 男は親指で、自らの胸を叩いた。


「シャルフ・トレボーだ」


 その視線が、値踏みするようにレンドルをなぞる。


「初めまして、だな。

 サンガードの英雄――赤髪のレンドル」


 焚き火が、ぱちりと音を立てた。


 名を呼ばれた瞬間、

 場の視線が一斉に集まるのが分かる。


「ポーカーなら後で遊んでやる」


 シャルフは、口角を上げた。


「俺は強いぞ。

 大勝負で、一度も負けたことがない。

 ――死神に見えるらしいな」


 周囲の騎士たちが、当然のように頷く。


「今回のアドラス討伐も、当然勝つ」


 一拍。


「……ま、お前が生きていたら、の話だがな」


 焚き火が、ひときわ大きく爆ぜた。


 一瞬、胸の奥が冷えた。

 言い返す言葉はいくらでも浮かぶ。

 だが、それを口にした瞬間、この場が終わると直感していた。


 笑いが起きた。


「さて」


 シャルフは手を打つ。


「自己紹介は終わりだ。

 何しに来た?」


 レンドルは、深く息を吸った。


 ――話せ。


 胸の奥で、ルテウスの声が蘇る。


『思い切って話してみると、意外となんとかなるものさ』


「俺がここに来たのは――」


 簡潔に語った。


 サンガードの内戦。

 戻れない理由。

 エルフの森から船で戻るつもりであること。

 そのために、冒険者として金を稼ぐ必要があること。

 内戦が終われば、帰る意思があること。


 言葉を並べ終えると、

 焚き火の爆ぜる音だけが残った。


「……では、質問を変えよう」


 シャルフが言う。


「なぜラクロアン経由で行かない?」


 視線が、鋭くなる。


「そもそもだ。

 なぜ、お前は一緒にサンガードへ戻らなかった?」


 逃げ場はない。

 レンドルは、視線を逸らさなかった。


「サンガードが――」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「グリフォート団長が、

 個人的にラクアへ暗殺を仕掛けたからです」


 ざわり、と空気が揺れた。


「……お前は」


 シャルフの声が、低くなる。


「なぜ、生きている」


「一騎打ちをしました」


 レンドルは外套をずらし、胸元の傷跡を見せた。


「勝てませんでした。

 死にかけましたが……生きていました」


「暗殺に加担したのか?」


「してません。

 その場にいたため、ラクアと一騎打ちになりました。

 死ななかった理由は……加護かもしれませんが、分かりません」


 シャルフは、鼻で笑った。

 しかし、この男ですら敗れたとなると、ラクアは厄介な存在でしかない。


 ただでさえ、ラクロアンという複合国をまとめ上げる器だ。

 放置すれば、大きな障壁になるのは間違いない。


「ふ、正直すぎる。

 英雄というのは、どこか壊れてるな」


 そして、問いを重ねる。


「で、サンガードに戻れると思うのか?」


「時間はかかりますが……戻れると思います」


「違う」


 シャルフは、ぴたりと言った。


「『生きていたらな』と言ったのを覚えているな?」


 レンドルは、黙って頷く。


「せっかく命を拾ったんだ。

 おとなしくサンガードに戻ればよかった」


 焚き火の火が揺れる。


「お前は――ここで命を流す。

 ここでのお前には、値段がない」


 その言葉は、判決のように落ちた。


 喉が、わずかに乾く。

 ここで引けば、終わりだ。

 二度と賭けることはできない。


 レンドルは、腰の革袋を触った。

 かすかな金属音は、焚き火の爆ぜる音に紛れた。


「シャルフ隊長」


 まっすぐに、目を見る。


「俺と、勝負しませんか」


 一瞬、音が消えた。


「……ん?」


 シャルフが目を細める。


「お前、聞いていたのか。

 ――死者とは、やらんぞ」


 レンドルは首を振った。


「どうせなら、戦って死にたい」


「剣を置いてきたのにか。

 あれば、何人かは道連れにできたか」


 即答だった。


「剣は使いません。

 俺と、あなたのポーカーです」


「……ポーカーだと」


 一瞬、言葉を失う。


「何を賭ける気だ?」


「俺の命です」


 一拍。


 爆笑が起きた。


「お前の命に、価値はない、そういったばかりだぞ、分からん奴だ」


「そうは思いません」


 声は、揺れなかった。


「黄金騎士と、名誉の戦いをしました」


 視線が集まる。


「その俺を、ただで殺すということは、

 黄金騎士の名誉を汚す。

 ……そう思います。

 黄金騎士は英雄じゃなかった。

 ただの死だった、価値がない、と。

 シャルフ隊長は、そう言うのですね」


 笑みが、変わった。

 シャルフの眼光に強い光が灯った。


「……なるほど、なるほどな」


 低く、楽しげな声。


「そういうポーカーか」


 焚き火の明かりが、彼の目に映る。


「面白い。その勝負、乗った!」


「……隊長が、また賭けたぞ」


 誰かが、押し殺した声で呟いた。

 低い声が、いくつも重なる。


「まただ」

「昨日もだよ」


 焚き火の音が、その隙間を埋める。

 囁きは、焚き火の周りを静かに巡った。


「……おいおい、聞こえてるぞ」


 一拍置いて、シャルフは咳払いをした。


「だがな、レンドル」


 シャルフは続けた。


「実際問題、お前に恨みを持つ者は多い」


 周りを見なくても、鎧がカチャカチャと鳴った。


「皆が皆、名誉を求める騎士ではない」


「だから、剣を抜く相手はアドラスです」


 レンドルは言った。


「強いなら、なおさら俺が必要だと思う」


「しかしな、これだけの戦力がいるのだ」


 シャルフは首を振る。


「お前が必要だとは思わんな」


「シャルフ隊長、失礼します」


 焚き火の外から、声が割り込んだ。


 帽子を落とし、一礼をする。

 簡易的なものとはいえ、正しい礼の尽くし方だ。

 ギスカールがするのを何度か見た。


「アドラスは恐ろしいやつです。

 でしたら倒せる確率は、上げておきたい。

 ルベリアの英雄を倒すほどなら、十分ですよ」


 商人だった。


「だから、戦い終わってから、使い捨てればいい」


 一瞬自分に味方してくれるのかと思ったが、

 全くそんなことはなく、自分たちのことだけしか考えていない。

 その打算的な言葉に、胸の奥がざらついた。


「ただ働きはしません」


 レンドルは即答する。


「若造が。

 お前が、それを言える立場か?

 だったら最後くらい役に立って見せろ。

 名誉の死だ、分かったか」


「いいえ。

 アドラスを倒したら、俺には手を出さない、と約束してほしい。

 命を懸けているのだから」


「国益だ」


 シャルフが言った。


「ルベリアの国益になるなら、だ。

 黄金騎士以上でなければならん」


「……ずいぶん吹っかけますね、隊長」

「赤髪が、少し気の毒になってきたぞ」


 押し殺した声が、あちこちから漏れる。


「いやいや」


 商人が肩をすくめる。


「駆け出しの冒険者一人に、それを求めるほど、

 ルベリアは弱くありませんよ」


「俺には剣しかない……」


 言葉を絞り出す。


「歴史も知らない。魔法もない」


「加護持ちだろ」


 騎士の一人が言った。


「あ……」


 舌の裏に、苦い味が残る。


「……いえ、なんでもない」


「んん?なんだ。

 言え。

 俺はそういうのが嫌いだ」


 シャルフが促す。


 唇を噛む。

 ここから先は、戻れない。


 そして、顔を上げた。


「俺は、加護持ちじゃない」


 空気が、一瞬で張り詰めた。


「は?」


「この期に及んで嘘をつくのか」


 殺気が立つ。


「違う」


 誰かが、無意識に剣の柄に手をかけた。


 レンドルは、逃げなかった。


「――加護を、奪われたんだ」


 焚き火が、爆ぜた。

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