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第26話 水袋と黄金

「――今日は、ここまでだ!」


 夕刻、隊列の先頭から号令が飛んだ。


 長く伸びていた大隊列が、軋む音を立てながらゆっくりと止まる。

 馬車は円を描くように並べられ、外周には護衛が配置された。


 簡易テントが張られ、焚き火がいくつも起こされる。

 革袋の水が回り、干し肉と硬パンが配られた。


 夜の空気は静かだった。

 焚き火特有の、パチパチとした音がよく聞こえた。


 進軍一日目。


 敵は盗賊団だ。

 見渡してみると、十分な戦力が集まっている。

 訓練兵の頃に相手にしてきた連中を思えば――


 ――正直、負ける気はしなかった。


 この隊列は三分割されている。

 前衛、中央、後衛。


 中央には最も戦力が集中し、

 異変があれば前後どちらにも即座に駆けつけられる。


 レンドルたちがいるのは後方。

 道が詰まる前に逃げ出すため、

 小さく軽い馬車が配置されていた。


 やがて、夜営地が賑わい始める。


 あちこちで笑い声が上がり、

 商人たちの間では、酒が回り始めていた。


「俺たちゃ荷を運ぶだけだ。

 ダルトハットまで、目ぇつぶってても着く」


 と、誰かが言った。

 あちこちで、小さな笑いが起きた。


 御者台から、若い声が漏れる。


「……すげぇな」


 ギオルドだった。


「護衛は百を軽く超えてる。

 魔法使いもいるし、王国騎士までいる」


 声は弾んでいたが、どこか硬かった。


「大盗賊団が相手だ。

 荷を守る分まで勘定すりゃ、戦力はいくらあっても困らねぇ」


 ギスカールは焚き火を見つめたまま答えた。

 ギオルドの視線は騎士たちに向いたままだった。


 王国騎士の目配せを受け、兵士たちが動き始めた。


 夜営地を巡り、

 テントを、馬車を、積荷を、ひとつずつ確かめていく。


 鎧の擦れる音。

 規律の揃った足音。


 ギスカールの視線は、自然と自分の荷馬車へ向かっていた。


 兵士が、その前で足を止める。


 幌をめくった拍子に、

 夕刻の光が荷台の奥まで差し込んだ。


 その中に――赤髪があった。


「……信じられん」


 掠れた声。


 兵士は、何も言わずに槍を立てる。

 それに気づいた騎士がこちらに足を向けた。


 兵士に促され、レンドルは荷台から降り、騎士を見た。

 向かってくる騎士が、途中で柄に手をあてる。


 ギスカールの背中が冷えた。


 騎士は近くで立ち止まり、

 レンドルの目を、じっと見据えた。


「――俺は、あの時要塞にいたんだ」


 焚き火の爆ぜる音が、やけに大きく響いた。


「レンドル・ブレイズ」


 名を呼ばれたレンドルの表情は変わらない。


「商人たちに、剣を抜くつもりか?」


「……抜くとしたら」


 静かな声だった。


「アドラスに」


「……剣を置いて、ちょっと来い」


 レンドルは無言で剣帯を解き、地面に置いた。


 その様子を、

 焚き火の端で腕を組んでいたルテウスが見ていた。


「……お前、いったい何をした」


「黄金騎士を斬った」


 一瞬、夜営地の音が消えた。


「正気か……。

 お前は誠実な奴だと思っていたが……」


「一騎打ちで、だ」


 短い返答。


 ルテウスは、その場で頭を抱えた。


 ギオルドは、レンドルを見て口を閉じられなかった。


 ギスカールの乾いた笑いが焚き火の音に混じった。


「水袋が、黄金に化けちまった」


 ******


 夜営地の中央。


 王国騎士の隊長が、焚き火の前に座っていた。


「隊長」


「ん、誰だそいつは」


「敵国の英雄、レンドル・ブレイズです」


「――ぶっ!」


 口に含んでいた酒が吹き出た。


 集まる視線。

 騎士、貴族、随行者。


「……赤髪?」


 焚き火の音が、消えた。


「黄金騎士を斬った!」


 抜刀。


 乾いた音が、一つ。


 少し遅れて、もう一つ。


 それを合図にしたように、

 夜営地に、金属音が連なった。


 いつの間にか、刃が焚き火の赤と、

 沈みきらない夕刻の色を映していた。


 その中央で、レンドルは立っていた。


「剣は、馬車に置いてきました」


 その場にいる全員の視線が、

 無言のまま、彼の腰に集まる。


 一拍。


「……駆け出し冒険者レンドルです」


 次の瞬間、

 剣先が、はっきりと彼に向けられた。


 水袋は、もうただの水ではなかった。

 黄金の重さを、帯びていた。

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