第25話 悪党はそこに
翌日。
冒険者登録を済ませたレンドルは、魔石や魔物の素材を換金し、旅に必要な道具をそろえていた。
魔石と魔物の素材には思った以上の値が付き、手元にはいくらか余裕が残った。
ロングソードの手入れも終わり、今は腰に差している。
ギスカールは連日、商人ギルドに足を運んでいる。
今夜も、酒場を兼ねた宿屋で合流する予定だった。
レンドルとルテウスは、向かい合って腰を下ろしている。
ルベリアに到着してから行動をともにする中で、
レンドルは多くのことをルテウスから学んだ。
なぜ、ここまでしてくれるのか。
そう尋ねたことがある。
「他の奴は知らんが、何も知らないやつに背中は預けられない。
お前は剣の腕が立つ。
なら、連携が大事だからな、そのほうが生き残れる。
新米への助言くらい安いもんだ」
そう言って、ルテウスは笑った。
「特に、陰のある若者にはな」
「そう見えますか」
「最初に会った時から、いわくつきだ。
話せないことを抱えて剣を振ってる、違うか?」
「……」
レンドルは、すぐには答えなかった。
否定も、肯定もしない。
「悩みがない人間なんて、いません」
それだけ言って、杯に視線を落とす。
「ただ――
話せることと、話せないことがあるだけです」
「はは……そうか」
ルテウスは鼻で息をついた。
「じゃあ今は、話せない側ってことだな。
思い切って話してみると、意外となんとかなるものさ」
杯を傾ける音だけが、二人の間を埋める。
ルテウスは一瞬だけレンドルを見たが、何も言わなかった。
「ルテウスは、ダルトハットの冒険者なんだろ。
ずっとなのか?」
「いや、傭兵崩れだ。
途中で嫌気がさしちまった。
冒険者で何年かやってる。
俺にも悩みがあったわけだ」
ぐいっとエールを飲む。
レンドルは苦笑いをして、レモン水を口に運んだ。
「ギスカールの旦那の護衛を受けて、サンガードまで行った。
加護をもらいたかったが、俺は駄目だった。
祈祷料は高かったな。
まぁ神官にいた男に色々教えてもらったのがすくいだな。
それから、水都に行く途中にコルタナ要塞から帰還する兵隊とすれ違い、慌ててルベリアに向かう途中で、お前に水袋を渡したってわけだ」
ルテウスは、杯の底を見つめたまま続けた。
「サンガードの神殿の祭壇。
あそこは、星溜まりの聖域なんだとよ」
「星溜まり……それは?」
「人は死ぬと、青い月に還る。
そして星になり、別の世界へ渡る。
……知ってるか?」
「少しは」
「命が流れる、って言うだろ。
それを命の神リヴィータが抄いあげて、青き月に戻すんだとさ」
ルテウスは、指で杯の縁をなぞる。
「だが、零れることがある。
……そこが、星が溜まる場所だ」
レンドルは息を呑んだ。
「そこに触れ、祈ると、
その星が持っていた加護を受け継げる――
そういうことを言っていたと思う」
「つまり……」
「加護持ちじゃなきゃ、星溜まりにはならないのかもな。
それに、命の神が触れた星だ。
莫大な力を持っている」
「実際、直接見たわけじゃない。
俺が聞いたのも、言い伝えと、そう変わらなかった。
ただ、サンルードの聖域は本物だ。
英雄が生まれた」
「サンブラント皇帝……。
星って、結局なんなんだ?」
「魂、命、魔力――
まとめて、そういうものだと俺は思ってる」
レンドルは、静かに頷いた。
「たくさん話しちまった、酔いすぎだな。
ここはお前が払えよ。
新米への助言じゃないからな。
それでも安いくらいだ」
「分かったよ、ためになった」
「で、レンドルはどうする?
エルフの森に行きたいと言っていたな。
そういうことも、調べたいってことだよな」
「星のこともそうだけど、サンガードには父さんがいるから」
少しだけ言葉を選ぶ。
「今の状況だと難しい。
ただ――」
「ギスカールさんが言っていた、船でなら戻れるかもしれない。
当分は、ダルトハットとエルフの森の行き来になると思う。
剣や魔法、歴史に星、学ぶことがたくさんだ」
顔を上げる。
「冒険者で稼ぐにも、
知らないことが多すぎるから」
「その通りだ。
腕が立つだけじゃ駄目だ」
ルテウスは言う。
「ダルトハットは、人族やエルフだけじゃない。
他の亜人もいる。
考え方も、禁忌も違う」
「それを知らずに踏み込めば、
剣を抜く前に死ぬ」
「それに証紋契約には気を付けろ。
依頼によっては、契約を結ぶことになる。
中には、契約の破棄や不履行が、雷の神レイナダの裁きで死ぬ」
「……覚えておきます」
「それとだ」
ルテウスは続けた。
「お前は人より稼がなきゃならん。
船代が要るからな」
「ダルトハットには、ガイナール帝国の遺跡がある。
価値が分からなきゃ、宝もただのガラクタだ」
「ボロボロの紙切れ一枚が、
魔法の杖より高いこともある」
「金を払えば学べる街だ。
魔法も学べるはずだが、船代も一緒となると数年はかかるぞ」
店の中は、いつの間にか夜の客で満ち始めていた。
「すまん、遅れちまった」
ギスカールが戻ってくる。
「旦那もエールでいいだろ?
たくさんしゃべっちまって、喉が潤いが足りねぇって騒いでやがる。
食事は適当に頼むとしよう」
ルテウスが料理と酒を頼んだ。
山から流れる川のそばにあって、川魚が豊富だ。
山菜や果実も新鮮で、腹を満たすには十分だった。
魔物の肉も高価だが、特に煮込み料理が人気があるようだった。
ルテウスは、この煮込み料理が気に入っていた。
「ラクロアンが、もう侵攻されたって?」
ルテウスが言う。
「本格的になる前の前哨戦、てとこらしい」
ギスカールが頷く。
「商人ギルドじゃ、ヴォルテニアの侵攻の話で持ちきりだ」
「ルベリアはどう動く」
「最初はラクロアンと手を組もうとしたらしい。
こんな状況なら、敵国同士でも、手を結んでもおかしくないだろうに。
だが、拒まれた。
それから、エルフの森に使者が送られた」
乾いた声だった。
「エルフ達もやぶさかじゃない、ってことなんだろう。
今朝、使者と一緒にエルフたちが、ルベリアに来たらしい。
そのエルフには大物が混じってる、て話だ」
レンドルは黙って外を見た。
石畳の道。
並ぶ家々。
掲げられた王国の紋章。
まだ、焼かれてはいない。
だが――時間の問題だ。
「……ここも戦火に」
誰に向けたわけでもない言葉が、口をついた。
沈黙。
「ダルトハットへ向かう。
お前たちの護衛、そのままでいいだろ。
他の商人から話が出てな。
十を超える荷馬車になる」
少し間を置いて、続ける。
「雇う護衛の数も、五十は軽く超える」
「大隊列を組むのか」
ルテウスが、低く言った。
「ルベリアからダルトハットへ向かう街道にはな……
名の知れた盗賊団が出る」
「盗賊? 昨日衛兵が話していた――アドラス」
レンドルは反応した。
サンガード周辺でも盗賊はいた。
訓練兵の頃、討伐に出たこともある。
傭兵崩れ、冒険者崩れ――様々だ。
厄介な騎士崩れに、魔法使いも。
商人にとっては死活問題。
治安は、盗賊がいるかどうかで決まる。
「ただの盗賊じゃない」
ギスカールは、酒場の喧騒を確かめてから続けた。
「エルフの森――ユグ=シルヴァンを追放された、
土魔法の使い手が率いている」
ギスカールは、エールを飲み干すと、追加のエールを注文した。
「二つ名持ちなんだよ、断腱のアドラス。
奴らは自分たちを『引き摺る足音』と呼んでいる。
捕まえた者の片足の腱を切る。
――生かしたまま、逃がす」
「その足音を、勝利の音楽だと言う連中だ。
笑えねえ」
悪党。
居てはいけない輩の部類。
レンドルは昨日のことを思い出しながら、口を開いた。
「市場で、長杖をつく人族が目についた。
足を引き摺り、杖で石畳を叩く、鈍い音――」
ルテウスが、確かにいたな、と相槌を打つ。
食事も、飲み物も、急に味を失った。
喉の奥に、飲み下せないものが残る。
「旦那、いくらなんでも多すぎる、それは護衛なのか?」
「護衛には違いない、が」
ギスカールは、短く息を吐いた。
「俺は戦を金にする商人じゃない。
商売ができないなら、死んだも同然だ。
だから、その話に乗った。
ルベリア王国にも、話が通りそうだ。
早い話が、寝てても街道を通れるようにするわけよ」
商人は戦えない。
逃げられない。
だが、生き残る算段は立てる。
この商隊は、防御であり、
同時に――覚悟でもある。
「どいてくれ! 誰か、助けてくれ!」
店の外から、切羽詰まった叫び声が響いた。
レンドルとルテウスは顔を見合わせ、武器を持ち同時に立ち上がる。
扉を押し開け、大通りへ出た。
正門の方から、荷車がいくつも連なって来ていた。
その荷台には、人が――いや、人だったものが、何人も横たえられている。
片足を押さえ、血に濡れた布を巻かれた者。
意識を失い、動かない者。
荷台に乗れなかった者たちは、
衛兵に肩を支えられながら歩いていた。
いや――足を引き摺っている。
石畳に、鈍い音が残る。
冒険者だ。
装備の端々が、それを物語っていた。
行き先は、神殿だ。
治療を受けさせるためだろう。
だが、この時間となると、難しいかもしれない。
通りにいた人々が息を呑む。
誰も、声を出さない。
レンドルは、喉の奥がひくりと鳴るのを感じた。
剣を振るう理由なら、もう十分にある。
――断腱のアドラス。
夜が、ゆっくりと街を覆っていった。




