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第24話 剣と魔法の伝説――剣聖は踊る

「これが、剣聖――」


 ルテウスは、剣聖と盗賊の首領との攻防に、息をのんだ。


「絵本で見た、伝説のエルフ……」


 剣と魔法の凄まじさに、レンドルは武者震いしていた。

 自分のロングソードに目をやり、そして剣聖の持つロングソードを見る。


 ――同じ剣でも、違う。


 これほどまでに滑らかで、これほどまでに強いのか。


 俺は、信じられないものを見ているよ――父さん。


 剣が振られ、弾かれた瞬間、氷の槍が盗賊の首領に向かって放たれる。

 一本、二本と時間差で撃たれた槍は、相手に到達する瞬間に揃った。


 ――速度を変えて撃っている。


 土魔法で生み出された壁に、氷槍が突き刺さる。


 その壁を割るように、剣聖が踏み込んだ。


 盗賊の首領の懐へと入った瞬間、

 最も早く放たれていた三本目の氷槍が突き刺さる。


 ――ロングソードの強撃。


 剣と魔法が同時に、

 速度を変え、放たれる数を変え、大きさの異なる攻撃となって飛ぶ。


 そう、剣と魔法が踊っている。


「俺の知ってる魔法の使い方じゃない、それに――発現が速すぎる」


 剣聖が跳ぶ。

 その先には、氷の柱。


 平地での戦いではない。

 上へ。

 さらに上へ。


 上空から、氷の礫が降り注ぐ。

 地面からせり上がった氷の柱が、盗賊の首領を挟み込む。


 上から、下から、横から。

 繰り出される連続の攻撃に、盗賊の首領の身体が徐々に削られていく。


 傷口が凍る。

 氷が破裂し、傷が広がる。


 広がった場所へ、さらに氷が、剣が入った。


「レンドル。

 相手は悪名で知られる盗賊で、精鋭のエルフだ」


 ルテウスの声は低かった。


「強いよ……。

 剣聖の動きにも、ついていってる。

 あれだけの魔法にも対処しているし、避けてもいる。

 だけど――」


 レンドルは息を呑む。


「剣聖は、桁が違う」


 俺は……閃光のラクアと剣を交えたこともある。

 とてつもないと思った、でも今は違う。


「剣が速い……いや、違う。

 なぜだ――剣の先に、敵がいる」


 ルテウスは、独り言のように呟いた。


「……魔法で、誘導している」


 盗賊の首領は、足を刺され、崩れ落ちた。


 すかさず、頭上に強大な氷の岩が発現する。

 それは、容赦なく上空から落とされた。


 下半身が潰れる。


 短い言葉が交わされた。

 次の瞬間、剣聖は首を刎ねた。


 その場に、青き月の光が強く降り注ぐ。


 青い光の中に、霞がかった靄が映し出された。


「……聖域だ!」


 ルテウスはそう言って、駆けだした。



 ◇◆◇◆◇◆



 ――数日前。


 ルベリア王国の城門は、ひどく落ち着かない空気に包まれていた。


 白い石で組まれた高い城壁。

 その内側には、石畳の大通りと、低く密集した家々が広がっている。


 露店は出ている。

 行き交う人も多い。


 だが、笑い声は少なく、誰もが足早だった。


 城門の両脇には槍を持った衛兵が並び、

 通行する馬車や旅人一人一人に、鋭い視線を向けている。


 ――ここも、か。


 レンドルは、城門をくぐりながら胸の奥で呟いた。


 革鎧はない。

 ここへ来る途中、集落に寄って衣服を揃えた。

 さすがにサンガードの紋章が入った外套(がいとう)や革鎧は使えず、物々交換に出している。


 ロングソードの修繕は一応できたが、王都で改めて整備する必要があった。

 道中、何度か小型の魔物に襲われたが、その都度ルテウスと対処した。

 その際に手に入れた魔石や魔物の素材も、ここで売らなければならない。


「止まれ」


 槍を持った衛兵の一人が、馬車の前に出た。


「どこから来た」


「南だ」


 御者(ぎょしゃ)が答えるより早く、衛兵の視線が馬車の中へと入ってくる。


 短槍(たんそう)を抱えたルテウス。

 そして――レンドル。


 その視線が、わずかに留まった。


「……お前」


 衛兵が言う。


「どこから来た」


 一瞬、空気が張りつめる。


「サンガードからだ」


 レンドルは、正直に答えた。

 ギスカールとは事前に取り決めている。

 ラクロアン出身と偽り、村の名まで答えられるか――無理だ。

 ならば、正直に堂々と答えたほうがいい。

 あとは俺が何とかする。そう言われていた。


「なに?」


 衛兵の声が、少し強くなる。


「サンガードだと?」


 槍の穂先が、わずかに上がった。


「おいおい、待ってくれ」


 間に入ったのは、ギスカールだった。


「俺は商人だ。

 こいつらは、俺が雇った護衛だよ」


 衛兵は胡散臭そうに短槍使いを一瞥し、

 それからレンドルを見た。


「……こんな若造が、護衛だと?」


 眉がわずかに動いた。

 レンドルは、何も言わなかった。


「そうだ」


 ギスカールは即座に答える。


「若造だよ。

 よくあるだろう?」


 肩をすくめた。


「貴族の家で、長男でも次男でもない。

 家を継げずに放り出されるやつだ」


「そんなやつを、護衛に?」


「ああ」


 ギスカールは平然と続ける。


「剣が使えるからな。

 馬車に乗せる分には都合がいい」


 そして、少し声を落とした。


「これも、よくある話だ」


 懐から革袋を取り出す。

 中身が、かすかに鳴った。


「ダルトハットまで行くつもりでして。

 ここで足止めを食らうと、商品が傷むんでさ」


 衛兵はしばらく黙っていた。


「ルベリアに、俺たち商人が喜びそうな話、ありませんかね」


「……ダルトハットまでの街道に盗賊団が現れている。

 アドラスだ、知っているな」


 ギスカールが視線を鋭くする。


「余計な騒ぎを起こすなよ」


 やがて革袋を受け取った。


「ありがたい」


 ギスカールは、にこりともせずに頭を下げた。


 城門を抜け、馬車が再び動き出す。


 ******


「……ギスカールさん」


 しばらく進むとレンドルは、小さく言った。


「何から何まで、ありがとうございます」


「なに」


 ギスカールは軽く手を振る。


「護衛は本当だろ。

 ここに来るまでに、魔物を倒したのは事実だ」


 ギスカールは、手綱を軽く揺らしながら言った。

 前を向いたまま、振り返らない。


「でもなんで、あの衛兵は、その……革袋を受け取ったんですか」


 レンドルは、少し言い淀んだ。

 声を落とし、周囲を気にするように視線を流す。


「そりゃ、受け取っただけなら賄賂になるからな。

 見つかったら、あの衛兵は職を失うだけじゃすまねぇ」


「……あれは、賄賂じゃなかった?」


 レンドルは、思わず聞き返した。

 自分の中で、何かが引っかかっている。


 ギスカールは、そこでようやく口の端を歪めた。


「情報を金で買った、ってことにしたんだよ」


「あぁ……そういうことか」


 言葉にして、ようやく腑に落ちる。

 革袋の重みが、頭の中で別の形に変わった気がした。


「いいか、レンドル」


 ギスカールの声が、少しだけ低くなる。


「俺たちは剣や槍は持てねぇ。

 だが、生きていくための武器はある」


 馬車が石畳を越え、小さく揺れた。


「なんだかわかるか?」


「商人なんだから……お金とか、商品、なんじゃ」


 自信なさげな答えだった。


「へ」


 ギスカールは、短く笑う。


「馬車も商品もなくてもいい。

 さっき俺は、何を買った?」


 少し考えて、レンドルは答えた。


「あー……情報を買った。

 そうか、それは……売ることもできるのか」


「そうだ」


 即答だった。


「そいつには値段が付く。

 価値があるってことよ」


「それに、片方だけが儲けたらだめだ。

 次からそいつとは取引ができない。

 売ってもいない恨みを買われるわけだ。

 いいか、みんなが儲けることを考えなくちゃならない。

 それが、商人ってもんだ」


 ギスカールは、バイコケットと呼ばれる、前が尖った羽根付きの帽子を軽く直した。


「だから、商人ギルドに俺は向かう。

 ここに来るまでに、集めたものを扱う。

 そして、そいつで商品を買う」


 馬車は、ゆっくりと街の中へ進んでいく。


 革袋の中身の重さと、腰に差した剣の重さ。

 使う場所が違えど、どちらも武器になる。

 ――そう、思った


 剣を握る以外の“生き方”を、

 初めて具体的に突きつけられた気がした。


「でだ」


 話は、そこで一度区切られた。


「魔物の素材や魔石は、すぐに金になる。

 さっさと売って、必要なものを揃えてこい」


 レンドルは、目を瞬かせた。


「ルテウス」


「ん?」


「レンドルのこと、頼むぞ」


「了解」


 ルテウスは、にやりと笑う。


「ぼっちゃんじゃ、買い物できなさそうだもんな」


「……剣以外のことは、何も分からなくて」


 レンドルが素直に言うと、


「まぁいい」


 ルテウスは、気にした様子もなく言った。


「俺も必要なものがあるしな。

 ついでに教えといてやる。

 お前、ロングソードの修繕も必要だろ」


 言われて、レンドルは剣を見る。


 刃には、細かな傷が残っていた。


「……ああ」


 ルベリアに来るまでの道中、ずっとふさぎ込んでいたわけじゃない。

 折角拾った命を、どうするか。

 それを、ずっと考えていた。


 自分がルベリアとの戦いで、最前線に立った理由は、サンルードの加護を得たからだ。

 だが――加護とは、なんだ。

 銀狼とは、なんだったのか。


 実は、何も知らない。

 知らないまま、剣を振るってきた。


 ジークの言葉を思い出す。

 ――歴史を知らない人は、だめね。


 知ろうとすることは、

 今の自分が何者なのかを知ることにつながる気がした。


 だから、エルフの森――ユグ=シルヴァンへ向かう。

 この大陸の、エルフたちの開拓史と、世界の歴史を学ぶために。


 市場を回った疲れが、今になってどっと押し寄せてきた。

 正門へと続く大通り沿いの宿屋で部屋を取り、

 揺れない寝台に身体を沈めると、レンドルたちはすぐに眠りに落ちた。

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