第21話 夕日に消える銀炎、沈む神殿
少し更新が空いてしまいましたが、第二章続きです。
構成を調整し、描写を整理しました。
時刻は、すでに夕刻だった。
本来なら、午前から昼にかけて高窓から光が差し込むはずの神殿に、
その気配はない。
石の床は冷え、影だけが長く伸びている。
城壁の向こうが赤い。
沈みゆく太陽の色ではない。
攻城の火だ。
投げ込まれた油が燃え、家屋が崩れ、黒煙が空を覆っている。
王都は、陥落しつつあった。
サンルードの加護を得た皇弟デオルグが挙兵し、王城はすでに戦火の中にある。
神殿には、手を出させていない。
そう約束させたのは、ネオネス自身だ。
神殿の鐘が鳴っていた。
本来は祈祷の刻を告げる、落ち着いた音のはずだ。
だが今は違う。
間隔が短く、どこか急いている。
人を集めるための鐘。
守るためではなく、縛るための音だった。
聖域に満ちているのは、もう香ではない。
血の匂いだ。
床を濡らす赤色は、夕日の反射ではない。
倒れている神殿騎士たちの血だ。
外から侵入した者はいない。
神殿は、内側から壊された。
ネオネスは、振り返った。
エルフの同胞たちだ。
「出るぞ」
短い言葉だった。
だが、誰一人として異を唱えなかった。
疲弊している。それでも、一同は頷いた。
正面入口に差し掛かった、そのとき。
「どこへ行こうというのだ、エルフの賢者よ」
声が、神殿内に響いた。
白銀の鎧を纏った神殿騎士たちが、扇状に広がって道を塞ぐ。
その中央に立つ男が、一歩前に出る。
レオニード。
剣は、まだ抜かれていない。
だが、通す気がないことは明らかだった。
何度か剣を交えたことがある。
訓練場で。
酒の席での、冗談半分の手合わせで。
口は軽い。
だが、剣は正確だった。
職務に対しては、いつも真摯な男だ。
「世話になった」
ネオネスは足を止め、淡々と言った。
「捕虜の生活は、どうにも窮屈でな。
行かせてもらう」
「中にいた神殿騎士はどうなった」
一瞬、言葉を選ぶ。
「倒れている。
今行けば、まだ間に合うかもしれん」
嘘だった。
通す気がないことは、分かっている。
それでも口にした。
剣を合わせずに済むならばと思ったからだ。
レオニードは、わずかに目を細めた。
「嘘つきめ」
責める声ではない。
分かっている、という響きだった。
それでも、ネオネスは続けた。
「……長年の付き合いだ。通してほしい」
情に訴えるのは、これが最後だと分かっていた。
それでも、言わずにはいられなかった。
――殺したくなかった。
「無理だ」
即答だった。
レオニードの手が、迷いなく剣の柄にかかる。
その動作だけで、十分だった。
一度通したとしても、必ず追ってくる。
そして、その刃が向かう先は――
自分ではない。
背後の巫女たちだ。
逃げる同胞たちだ。
ネオネスは、彼らを守るために捕虜になった。
自分だけ逃げる選択は、最初からなかった。
「そうか」
理解した。
レオニードの覚悟を。
次の瞬間、銀色の炎が噴き上がる。
床を舐め、柱を包み、神殿騎士たちを飲み込む炎。
白銀に近い光が、視界を焼いた。
「消せ! 水魔法を!」
詠唱が走る。
水流が、銀炎に叩きつけられた。
一瞬、炎が揺らぐ。
蒸気が立ちのぼる。
「消え――」
次の瞬間、水は霧のように弾かれた。
銀炎は、消えない。
むしろ、勢いを増して燃え広がる。
「な……なぜ……!」
言葉は続かなかった。
喉が焼け、声にならない音だけが漏れる。
神殿騎士は、その場に崩れ落ちた。
悲鳴が上がる。
その炎の中を――
ただ一人、レオニードだけが突き進んできた。
「ネオネス!」
剣と剣がぶつかる。
一合。
二合。
三合。
知っている剣筋だった。
だが、動きが鈍る。
「……なんだ」
荒い息。
「俺の加護が……
魔法が、効かなくなっている……
何をしたネオネス!」
「炎の魔法を、改良している」
一歩、踏み込む。
喉元へ――一刺し。
苦しませたくはなかった。
もがく姿を見るのは、耐え難い。
レオニードの身体が崩れ落ちる。
石床に倒れたその顔を、ネオネスは見なかった。
「……世話になった」
それが、別れの言葉だった。
神殿を抜け、王城の一角へ向かう。
捕らえられていたエルフたちを救い出すためだ。
「……ネオネス」
幾度かの戦闘を経て、捕らえられていた同胞すべてを救い出した。
その中の一人が、一歩前に出た。
「来ると、信じていた」
「全員で顔を合わせるのは久しぶりだな」
ネオネスは言った。
「だが、懐かしむ時間も惜しい」
地図を広げる。
「闇の森を抜ける。
王都に戻る軍と鉢合わせる可能性がある。
ルベリアにも、ラクロアンにも向かえない」
一瞬の沈黙。
ネオネスは背を向けた。
「我々なら、通れる」
みなが一同に頷いた。
神殿には静けさしかなかった。
夕日も城壁の戦闘も、神殿に流れた血にも、
すべてに背を向けて、ネオネスは歩いた。




