第20話 エルフの森で終わりにしよう
――そろそろ、ジークを殺すか。
そう思い、ラクアは視線を巡らせた。
氷の森はすでに崩れ、同盟の場はただの死地となっている。
証紋官たちと共に、ジークはすでにラクア陣営へ移っていた。
この場にはいない。
「加護集めも、飽きたな」
独り言のように呟く。
「……あの女も、普通なら逆らえないはずなんだがな」
一瞬、思考が走る。
――なぜだ。
視界の端に、倒れたレンドルが映った。
ラクアは歩み寄った。
一拍。
「――こいつか」
頭を足で踏みつける。
「なあ、レンドル」
応える声はない。
「ジークと、ちょっといい感じだったじゃないか。
何をしたんだ?」
動かなくなったレンドルの胴体を、無造作に蹴り上げる。
鈍い音を立てて転がり、レンドルは仰向けになった。
「あの女、気が強くて扱いづらいんだよ」
吐き捨てる。
「孤児だったところを助けた恩も、すっかり忘れやがって」
背後で、足音が止まった。
「しかし……サンガードが暗殺を仕掛けてくるとはな。
止めたほうがよかったんじゃないか?」
ラクアは振り返らない。
「事前にバレている、とは思わなかったのか」
視線だけを横へ流す。
「なあ、ブルード」
「ラクア、皇太子には手を出すなよ」
ブルードの声は低く、感情がない。
「その約束は、必ず守ってもらう」
「分かってるさ。そうすごむな」
ラクアは軽く笑った。
「ヴォルテニア王の正統後継者だからな」
一瞬、間を置く。
遠くで、ざわめきが起き始める。
サンガードとラクロアン、双方の兵が集まりつつあった。
「では、俺は戻る。
本陣の諸侯に、この事実を突きつけねばならん」
ブルードは、サンガード陣営からの迎えに手を挙げて応えた。
その直後、ラクアが一歩前に出る。
「――聴け、サンガードの戦士よ!」
よく通る声が、雨の中に響いた。
「グリフォートが乱心した。
よって、ラクロアンとは決別となった!」
ブルードは振り返りもせず、去っていく。
サンガードの騎士たちはざわめいた。
だが、ブルードが戻れば、話はそこで終わる。
――はずだった。
数名の騎士が馬を駆り、ラクアの前へ躍り出る。
「貴様がラクアか!
この裏切り、許さん!」
騎士たちは馬を降り、それぞれ剣を抜いてラクアに向けた。
「裏切られたのは、こちらだ」
ラクアは冷ややかに返す。
「証紋官は保護している。
秤紋官も証人だからな」
一拍。
「疑うのも、剣を俺に向けるのも、構わない」
騎士たちを見据える。
「だが――証紋ギルドは、こちらに立つ」
静かな問い。
「それでも、やるか。若い騎士よ」
「……な、まさか本当に」
騎士の視線が揺れる。
「そちらのブルード侯爵は、生かしておいた。
話を聞け」
騎士は歯噛みし、剣をおろした。
「……分かった」
ふと、足元を見る。
「ん――?
そこの騎士は、レンドル!」
「一騎打ちだった。
――俺が斬った」
ラクア暗殺には加担していない。
そう理解し、騎士は黙って頷いた。
「あとで遺体はこちらで引き取らせてもらう」
誰も、それ以上は言わなかった。
騎士たちは周囲を警戒しながら、ブルードを馬に乗せて戻っていった。
「ふう」
ラクアは、つまらなさそうに息を吐く。
「サンガードは、これから大変だな」
遠くを見据える。
「さて……次は、エルフたちの森か」
唇が歪む。
「エルフは皆殺しだ」
淡々と。
足元の亡骸を一瞥する。
「じゃあな、レンドル。
名誉ある死に様にしといてやったからな。
お前は忘れるなよ」
笑い声が漏れた。
だがそれは雨音にかき消され、
誰の耳にも残らなかった。
******
ラクアが自陣へ戻ると、ラクロアンの騎士が血相を変えて天幕に入ってきた。
「報告します!
サンガード皇国で皇弟デオルグが反乱。
すでに王都は戦闘中です!」
この場に集っているのは、ラクアの家臣ではない。
独立国家共同体を構成する各国が派遣した、
代表者たちだった。
「はっはっはー。
このタイミングでか。
サンガードは勝手に滅びそうだな」
周囲の各国の将たちからも、低い笑いが漏れた。
「諸君――このまま、エルフたちの森へ向かうとするか」
「ラクア殿。
闇の森から多数の魔物が現れたとの報告があったようだ。
総数は五十は越えるだろうと」
「そうか。銀狼も現れたしな。
青き月が輝くときは、いろいろと面倒だ」
一拍。
「サンガードは、しばらく放置でいいだろう。
闇の森が通れないなら、先にルベリアを終わらせよう。
そのあとエルフの森に進めばいい」
各国の代表が各々頷いた。
異論は出ない。
「ジークを呼べ」
ラクアの直衛にあたる騎士が、少し困ったような表情をした。
「その……他の部隊と共に、親書を届けるため、すでに出立しました。
ユグ=シルヴァンへ向かっています」
「――また勝手なことを。
闇の森を通る気か」
「報告前でしたので……」
「加護について聞きたかったんだがな。
こちらも、タイミングが悪いらしい」
乾いた笑いが、天幕に広がった。
――どうせ殺すのだから、エルフの森で終わりにすればいい。
ラクアも、同じように笑った。




