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第17話 月闇のアステリオ ―― 涙が頬に落ちるまで

 銀狼は殺意をむき出しにして吠えた。

 夕日に引き延ばされた影が、地面からずるりと剥がれ落ちる。


 影の内側から、無数の触手が湧き出し、レンドルへと殺到した。


 何本も、何本も斬り払う。

 斬られた触手は灰となって霧散する。


 速くはない。

 だが、逃げ場を埋め尽くす数だった。


 背中で、小さな声が詠唱を紡ぐ。


 レンドルの頭上に、氷の槍が十数本――

 いや、二十本近くも出現し、空間そのものを圧迫していく。


 その一本一本は、かつて黄金騎士が振るった氷槍よりも、明らかに巨大だった。


 レンドルが触手を断ち切るたび、

 その切り開かれた隙間を縫うように、氷槍が撃ち出される。


 数本をかわした。

 地面に突き刺さった槍が砕け、飛び散った氷片が銀狼の体を裂く。


 血が走った。


 さらに一本、二本と氷槍が突き立ち、

 数秒後には消え去るものの、そのたびに触手の数が目に見えて減っていく。


「レンドル、いま!」


 声に応え、レンドルは一気に距離を詰めた。

 切りつけ、死角へ滑り込み、さらに斬る。


 銀狼が爪を振るう瞬間、レンドルは身を翻し、ジークのもとへ戻る。


 次の瞬間、

 再び氷槍の雨が、銀狼を叩き潰した。


 ――いける。


 そう判断した、そのときだった。


 夕日はすでにおち、夜空から、青き月の光が降り注いだ。


 戦場を覆うように、淡く、冷たい光が満ちていく。


「……うそ、だろ」


 氷槍が突き刺さっていたはずの銀狼の身体が、

 まるで時を巻き戻すかのように癒えていく。


 そして――


 一体。

 また一体。


 影から剥がれるように、銀狼が生まれる。


 青き月の光が強くなるにつれて、

 その数は、もはや十を超えていた。


 そして、その牙が――

 四方から、同時にレンドルへと襲いかかる。


 腕に、脚に、脇腹に。

 体中へ、ありとあらゆる傷が絶え間なく刻まれていく。


 躱し、捌き、斬りつけても、

 倒れたはずの狼の影から、また新たな銀狼が立ち上がる。


 斬っても、減らない。

 防いでも、終わらない。


 それでも、レンドルは踏みとどまっていた。


 ――そのとき。


 一瞬、雲が月を覆った。


 青き月の光が遮られ、

 銀狼たちの輪郭が、同時に薄れる。


 だが――

 一体だけ、影を失ったままの狼がいた。


 ラクアは、その一瞬を逃さなかった。


 牙の欠けた銀狼へ、

 彼は迷いなく踏み込み、刃を走らせた。


 集まったサンガードの兵士や騎士、魔法使いたちの攻撃が、一斉に降り注いだ。


「おのれ……おのれ――人族ども!!」


 そう言い残し、銀狼は闇へと溶けるように姿を消した。


 戦場に、ようやく静寂が戻る。


「レンドル! 大丈夫――!」


 ジークが駆け寄り、深く裂けた傷を押さえた。


「あぁ……大丈夫だ」


 レンドルは、かすかに息を吐く。


「……ただ、少し疲れただけだ」


 そう言って、静かに目を閉じようとした。


 ――レンドル。


 ――レンドル。


 何度も、名を呼ぶ声が聞こえる。


 そのとき、

 レンドルの頬に、上から一滴の涙が落ちた。

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